みんながみんなの主人公?
物語に主人公は必須だ。
例えば世界の為にひとり孤独に戦うヒーロー
例えば愛する人のために戦う正義の味方
多分、主人公というものは誰かと戦う運命にあるのだと僕は思う。よく人生を物語に例えられるけれどその主人公がいつも自分だとは限らない。僕の人生の主人公はいつだって彼女だ。
彼女、小春日和ひよりは春が嫌いだった。
あの名前で春が嫌いなんて言ってしまうと嘘みたいだが本当だ。"あの名前で"と言うよりは"あの名前だから"と言うのが正しい。
フルネームで名前を呼ばれる機会なんてそうそうあるものでは無いけれど、入園式、卒園式、入学式、卒業式では大勢の前で呼ばれる。その度に彼女は決まって
「私の両親は気が触れていたに違いない!何で"小春日和"って苗字で"ひより"って名前にしたんだろ!頭にきちゃう!」
と言うのだった。
僕も僕でその度に、
「別に秋山さんが秋に生まれる必要は無いし、海原くんが山で木こりをしていたって構わないじゃないか、名前に縛られないのは素敵だよ」
と、思い返せば意味のわからない慰め方をしていた。
そう言うと彼女は決まって真っ白な頬を真っ赤に染めるのだった。ぱっと赤くなって、ふっと白に戻るので、僕は"まるで桜みたいだな"と思っていたのだが血桜が咲いてしまいそうなので口にはしなかった。
けれども彼女の意見にやや賛成ではある。
何も知らず"小春日和 ひより"という名を聞くと、おっとりした性格、そして乱れ咲く桜の木の下で優しく微笑んでいる。そんな少女を連想するだろう。
だが残念なことに、彼女はそんな事を例え天地がひっくり返ってもしない。おおよそほとんどの人がその名前を聞いて想像するであろう人間の対極のような性格、それが彼女"小春日和 ひより"である。
僕はそんな彼女が大好きだった。
大好きだったんだ。




