嫌でも明日はやってくる
肌寒さで目が覚めた。
遠くでキジバトの鳴き声が聞こえる。昔、この鳴き声が何だか長閑で好きだったのを思い出す。
今は特に何も感じないけれど…
ぐうぐうと寝息を立てている日吉を見てふっと頬が綻んだ。
彼女が居なくなったと知った瞬間、世界にたった一人残されたような感覚になったけれど、僕には頼れる友達がいる。
僕はもう大丈夫だ。
大丈夫なんだ……。
大丈夫なはずなのに、言葉にならない思いや感情が積もり、それらは涙となって目から溢れた。
もうどうにも止められない。どれだけ楽しい事を、面白い事を思い出そうとしても、そのどれもに彼女が居て僕に笑顔を向けている。
なあ、誰か教えてくれよ。
僕は何を希望に生きればいい?
誰の為に生きて、何の為に死ねばいい?
やっと見つかった瞬間に失った希望を、何をもって埋め合わせればいい?
誰か…教えてくれよ。
今更になって僕は、彼女を大好きだった事を知った。
きっと傍から見れば一目瞭然だったのかもしれないけれど、目を逸らしていた僕はそれに気づけなかった。
これから先ずっと不幸でいい。
ずっと暗闇でいい、毎日雨でいい、明日なんて無くてもいい、世界が終わってもいい。だからもう一度、もう一度だけ…
彼女に、会いたい。
話したい事が山ほどある。力いっぱい抱きしめて、好きだと伝えたい。聞きたい事が山ほどある。君の笑顔に触れて、好きな物とか行きたい場所とか聞いてみたい。
少し外の空気を吸おうと思い、寝転がっている日吉を跨いで外に出る。
ガチャリと扉を開けると、インターホンを押そうとしている徒花さんと目が合った。僕は慌てて涙を拭う。
「あ、色取くん!ほ、ほはよ!」
顔を赤らめ、やたらと焦っている様子の徒花さん。
「ほはよう、徒花さん。日吉ならまだ寝てるよ」
「まあ、まだ7時前だしね…」
7時前…か。そういや部屋で時計を見ていなかった。
もうてっきり8時は回っているように感じていたけれど
「ところで、徒花さんは何時から居たの?」
「えっ!えーっとね…4時前くらい、かな」
えげつない。僕らが昼間まで寝ていたらどうするつもりだったんだろう、多分健気に待っていたんだろうけれど…
「それじゃあ僕の両親とも鉢合わせたんじゃない?」
「うん、牛乳配達員の振りをして乗り切ったよ。それにしても、色取くんのご両親、いかにも仕事人って感じだね」
「それを言うなら仕事人間だろ。仕事人ってまた別の仕事を想像してしまう…ってそれはともかく、なんで僕の家の前に?」
「い、いやあ、まあ、何となく…」
何となくで3時間も家の前に居られちゃ敵わない。
「部屋汚いけれど、それでも良い?」
「うん!お邪魔しまーす!」
潔いな…
「日吉起きろ、お客様だぞ」
眠っている日吉の頭を叩く。
「ふぁーあ、ほはよー色取」
流行っているのだろうか"ほはよー"
「って、まだ7時前じゃん。10時になったら起こしてー…」
「お前この状況で寝れるってなかなかの猛者だよな」
「ん、んん。徒花も来てたのか……わあ!何でここに!?」
あいにく、その答えは僕も知らないので答えられない。徒花さんも僕と日吉のコントのようなやり取りを見て笑っているので答えそうにもない。
もしかして本当に何となくで4時前から居たわけじゃ無いよな…
「ちょ、顔洗ってくる!」
そう言って日吉は部屋を飛び出して行った。
「………」
日吉が出て行き、しんと静まり返る部屋。
ちょっと気まずい。早く帰ってこい日吉。
「私ね、今日初めて両親に嘘ついちゃった」
徒花さんは唐突に話し出し、僕は"嘘?"と聞き返す。
「うん、友達と約束してるからって早く学校に行く置き手紙して来たんだ」
「ああ、そう言えば今日は平日か」
今更ながら制服姿の徒花さんを見て思い出す。
今日学校があるだなんて頭の片隅にもなかった。
知っていたとしても、多分行かなかっただろうけれど…
「大切な人につく嘘は、心が痛いね」
「それは徒花さんの心が綺麗な証拠だよ。僕なんて嘘をついても心は痛まないよ」
「色取くんの嘘は、誰かを守る嘘だよ」
誰かを守る嘘。
それは、いつか僕が言ったセリフだった。
「嘘をついて傷付いているのは、誰かじゃなくていつも色取くんだよ」
なんで…なんで徒花さんが泣くんだよ。
泣きたいのは僕の方だ。きつく歯を食いしばる。
「あー、サッパリした」
何とも悪いタイミングで日吉が帰ってきた。
「あ、あれ?どったの?徒花さん、色取に何かされたのか?」
徒花さんは黙って首を振るだけで答えないので僕が代わりに答える。
「僕の心配をしてくれているんだよ」
「む、俺だって心配してるんだぜ」
「分かってるよ、ありがとう二人とも。僕はもう大丈夫だよ」
「明日は、学校に来るの?」
徒花さんが目を擦りながら聞いた。
僕は一瞬、戸惑う。
「あ、朝起きれたら…行くと思う」
本当はもう行くつもりなんて無かったけれど、朝起きれないと言うより夜眠れるか分からなかったけれど、2人の悲しむ顔が見たくなかったので…
僕は嘘をついた。




