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チョーク農家

作者: 村崎羯諦

 毎度バカバカしいお笑いを一席。噺家という職業柄、やはり職人気質な性格を持った人というものに憧れがあるもんでございまして、本業を疎かにしてテレビばっかり出ている噺家なんかを見ると、おいおいそんなんで大丈夫かいと老婆心ながら思ってしまう。


 けれどもやはり時代なんでしょうな。若い人たちはそんな一つのことをこつこつと続けることにそれほど魅力を感じていないようでして、最近入門したばかりの弟子なんて、私の目をじーっと見つめて、「よく師匠は毎日同じ噺をして飽きませんね」と感心した口調でのたまうほどです。


 そんな失礼な質問をするやつなんて破門だと言ってしまえれば楽なんですが、少子化の影響ですかね、最近はなかなか入門してくる人もおらず、そんなわけにもいかない。仕方ないので、最近は玄関に置いてあるそいつの履物をこっそりひっくり返してやっています。別に弟子と私が悪いわけではありませんよ。それもこれも少子化が悪いんですから。


 まあ、しかし、少子化の影響を受けているのはもちろん私たち落語家の世界だけではございません。近年の少子化問題というものは真に厄介な問題でありまして、子供が減れば、学校が減る、学校が減れば、学校で使う文具の需要も減るという具合でありまして、地方で働くチョーク農家の生計も深刻な影響を受けているわけであります。チョーク農家として長らく商売を続けている羽衣一家も例外ではございません。そんなわけでありまして、いつものように畑に生えた白いチョークを収穫し終えた後、羽衣一家は囲炉裏を囲み、今後の方針に関して話し合いをすることになりました。


「子供の数は減り続け、チョークの出荷数は減る一方。ここらでなんとか対策をしねぇと家も廃業するハメになる」と羽衣父。

「白いチョークばっか栽培しているのが駄目なんだ。大山さん家みたいに、うちも品種改良をやって、青色とかピンク色の色付きチョークを栽培したらどうだろう?」と羽衣息子。


 そんな羽衣息子を羽衣父がぎょろりと睨む。


「品種改良にどれだけ金がかかると思ってんだ、このアホタレが。大山の野郎は、でっかい畑をもって色々手をかけているからそれができるんだ。うちみたいな狭い畑しか所有してない零細農家じゃ歯が立たねぇ」


 羽衣息子がぐんぬと押し黙る。


「チョークの他に、違う商品作物を植えたらどうかしら。例えば、黒板とかホワイトボードとか。大山さんの奥さんの話だと、あれも畑に種を植えるだけで簡単に栽培できるって言ってたわ」と羽衣母。

「駄目だ駄目だ。あんなでかいもんを植えるスペースがどこにある。さっき、畑が小さいと言ったばかりだろう」


 羽衣母は不機嫌そうにため息をつく。そこで技能実習生のグエムくんが手をあげる。


「日本の農業は遅れてマス。時代はIT。もっと先進的な技術を活用すベキです」

「おお、確かにグエムの言う通り。そうそう、そういう話が聞きたかったんだ」と羽衣父の表情が初めて明るくなる。

「お父サン、AIとか、ディープラーニングとかって聞いたコトあるでしょウ?」とグエム。

「俺は毎日、新聞を読んでるからな。名前くらいは知ってるぞ」と羽衣父。

「それを栽培シマしょう。これは大山さんの家もやってなイハずです」とグエム。


 ひょっとしたら三浦の家をぎゃふんと言わせることができるかもしれない。羽衣父の目にとっくの昔に失っていたはずの闘志の炎がメラメラと燃え上がる。


「おい、グエム。どうやったらAIを栽培できるんだ。種や苗木があるわけじゃないだろう」と羽衣父

「パソコンを畑に埋めておいたらソコから生えてクルンじゃないデすか?」とグエム。


 羽衣父が考える。しばらくして、「おい、成久。お前の部屋に確か、パソコンがあったよな?」と羽衣父。


 羽衣父の言葉に羽衣息子の顔が一瞬で青ざめる。羽衣父がすくっと立ち上がり、大きな足音を立てながら羽衣息子の部屋へと歩いていった。必死に止めようとする羽衣息子。それを妨害する技能実習生のグエム。羽衣息子の抵抗虚しく、羽衣父はパソコンを右脇に挟み、そのまま畑へと直行していった。チョーク畑の一角に大きな穴を堀り、そこに羽衣息子のパソコンをそっと置く。泣き喚く羽衣息子を無視して、羽衣父とグエムがその上に土をかけ、畑の隅にパソコンを埋めてしまったわけであります。


 さてさて季節は巡り、秋。羽衣家のチョーク畑の一角で、それはそれは見事なAIが実りました。技能実習生のグエムは本国に強制送還されてしまっていましたので、羽衣家の三人でそいつを収穫します。採れたAIを道の駅で販売したところ、それがなんと大ヒット。パソコン一台分だけとは言いますが、それでもそこそこの小銭を稼ぎ、地元紙は羽衣父の取材までやるありさま。これに羽衣父が気を良くしないわけがありません。


「これほど大成功するとは思わなかった。これからはAIの時代だ。今年はチョークなんか植えている場合じゃないな。もっと沢山のパソコンを畑に埋めるべきだ」と羽衣父。

「駄目よ。うちは江戸時代からずっとチョーク農家としてやってきたじゃない。そんなことしたらご先祖様に合わす顔がないわ」と羽衣母。

「そうだよ、父さん。うちはチョーク農家だ。チョーク栽培も並行して続けていくべきだ。それに、AIで稼いだお金を使えば、三浦の家もやったことのないようなチョークがきっと作れるよ」と羽衣息子。


 しかし、小銭稼ぎに味をしめた羽衣父は聞く耳を持たない。


「うるさいうるさい。そんな前近代的なものを作って何になる。俺はそんなものを作るつもりは毛頭ないぞ」と羽衣父は羽衣息子と羽衣母の反対を押し切り、チョーク畑のすべてをAI畑にしてしまいます。これでうちは大金持ちだ。羽衣父はにんまり笑いながら、せっせと高機能なパソコンを何台も畑に埋めていきました。


 しかし、そうは問屋がおろさないのがこの世の常。羽衣家と隣接する豪農大山家が指をくわえて黙っているはずもない。大山家は商売敵を陥れようと妨害工作までやってのける悪いやつでありまして、ある朝、羽衣父が畑に行くと、びっくり仰天。畑一面に、磁石がばらまかれているではないですか。パソコンは水にも弱いが磁石にも弱い。羽衣父は真っ青になりながら、磁石を片付けたものの、畑に植えた半分以上のパソコンが駄目になってしまうありさま。


 不幸は得てして続くものでありまして、そろそろ収穫という頃合い、羽衣父がちょっと畑に様子見へ行くと、なんともまあ都会から降りてきたエンジニアたちが家の畑に群がっているではないですか。彼らは畑を掘り起こし、羽衣父が一つ一つ埋めたパソコンを次々と略奪していきます。羽衣父が鍬を振りかざし必死に追い払いますが、もう後の祭り。畑にはもうAIが実るだけのパソコンは残されておりませんでした。


 そういうわけでありまして、最初の成功が嘘のように、羽衣父の企みは失敗に終わってしまったわけであります。残されたのは散々に荒らされた畑と借金だけ。これからどうしたらいいんだと、悲観にくれる羽衣父。すると、そんな羽衣父に羽衣息子がそっと言葉をかけます。


「うちはチョーク農家として誇りをもって仕事をしてきたじゃないか。AIは片手間に栽培しつつ、本業でしっかり頑張っていこうよ」と羽衣息子

「馬鹿言え、チョーク栽培が行き詰まったからAI栽培に手を出したんじゃないか。なんか打開策でもあるっていうのかよ」と羽衣父。


 すると羽衣息子はポケットに入れていた一本のチョークを取り出します。まだ土が付いたままの収穫されたばかりの白いチョーク。一見、何の変哲もないただのチョークのようにも見えます。しかし、そこは半世紀近くチョーク農家を続けてきた羽衣父。そのチョークの隠された秘密にすぐに気がつきます。


「おい、成久。これってもしかして」と羽衣父。

「そうだよ、父さん。これは完全無農薬で育てたチョークだ。父さんに黙って品種改良を重ねに重ね、ついに完成したんだよ。確かにうちは畑の小さな農家だけれど、それでもずっとチョークを作り続けてきたプライドがあるじゃないか」と羽衣息子。


 羽衣父は手に握った無農薬チョークをじっと眺め、深い深いため息をつくわけであります。


「俺は大馬鹿者だな。目先のものに後先考えずに飛びついて、長い間積み重ねてきた大事なもんを見失ってしまってた」


 羽衣父の言葉に羽衣息子が力強く頷きます。そして、羽衣父はチョークを握り、自分に言い聞かせるようにこう呟いた。


「よし、チョーク農家の意地を見せて、この無農薬チョークでいっちょ勝負してやろうじゃないか。パソコンを土に埋めるのはやめて、これからはチョーク農家として、骨を(うず)めよう」

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