『生きる長さ』
「あ、あのねっ・・・」
「私は、猫だからさっ・・・」
「あなたよりも早く死んじゃうけど・・・」
「それは、当たり前のことでさ・・・」
「私、もうこんなになっちゃったけど・・・」
「目も耳も声も歩くのも食べるのも・・・」
「もう、何も出来ないけどさ・・・」
「あなたと一緒に居られて良かった」
「でも、もう二度と逢えないからさ・・・」
「だから・・・」
「だから、さようならって言うね」
この猫と私が出逢ったのは16年前。
道端に捨てられた箱の中、他の仔猫は既に冷たくなっていて
鼻の先から尻尾の先まで本当に真っ黒な仔猫1匹だけが
消え入る様な声で震えながら鳴いていた。
これは、夢なのかも知れない。
幻覚なのかも知れない。
今、私の膝上で横たわる16年連れ添った黒猫の上には
薄ら白っぽい猫が、こちらを向いて座っている。
猫というのは、簡単な人間の言葉なら100以上を覚え
それを理解していると言われているけれど・・・
「なんだ・・・ 私よりも大人じゃない・・・」
まだ体温は残っているけれど
もう鼓動を伝える事のない黒猫に代わって
その薄ら白っぽい猫が私に別れを伝え
ゆっくりと、その姿を消した。
「そうだね・・・ さよなら・・・」
きっと、人間よりも『さよなら』の意味を
この猫は理解しているのだと想う。
そんなに悲しまないで。
そんなに苦しまないで。
生まれ変わりとか無いけれど
来世でとかも無いけれど
他の猫とも暮らしてあげて。
あの日、私を救ってくれた様に
さよならの言葉の中で
そう言われた気がした。