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渡しそびれた抹茶オレ

作者: 走馬灯

席替えをしてから僕の前の席は藤田美優さんになり、僕の目はしばしば彼女に釘付けになることがあった。


ボブと言うには長くロングというには短い髪の毛が光を反射して鮮やかな茶色に輝く。

少し開けた窓から吹き込む風が彼女の髪の毛を揺らしてその細く柔らかい髪の毛の綺麗さを更に際立たせた。

綺麗にまくられたワイシャツでさえまた彼女の美しさを十分に表現していた。

すべてが美しく見える彼女を見ていると彼女は突然振り返り僕を見てから『話聞いてた?』

と微笑みながら言った。


『ごめん聞いてなかった。何話してた?』

申し訳なさそうに僕がそう答えると

『しっかり聞いててよね』

とその微笑みを崩すことなく言った。


本当にこれから何をするか分からないので『で、何?』と聞くと『前後の席で英文を読み合うんだって』と答えた。

周りを見るともう既に英文を読みあっていて僕達が読み終わるのは周りが終わった後になって大変目立つだろうことを申し訳なく思った。


英文の最初を読み上げようとすると彼女はいたずらをする子供のような顔をして

『ねえ、今日の放課後暇?』と僕に聞いた。


『暇だけど』


『じゃあ放課後屋上に来てね』


『屋上って開いてないよね?』


『今日は私が開けるから、絶対来てね』


分かったと返事をしたが『そろそろ終わったか?』と言う教師の声に掻き消された。

そうして曖昧なまま話は終わってしまった。


『放課後何をするの?』と聞けないまま黙って彼女の小柄な背中を見ていた。

先生がチョークを持って黒板に体を向けると彼女はまた僕の方へ振り返って『昼休みの話は内緒ね』と口角を上げながら嬉しそうに言った。


その小学生みたいな無邪気で屈託なく笑う顔やキラキラと輝く瞳に僕は見蕩れてしまった。

生きていくうちに大半の人が失くすものを彼女はきっとまだ持っている。

希望に満ち溢れたその表情はしばらく僕の頭から離れなくなった。

目を開けているのに彼女のその顔が見えるような幻覚が見えるまでその表情は大きな衝撃を僕に与えた。

月並みに言ってしまえば魅力的だった。

頭の中に授業や先生の話など入る余地がなかった。

ずっと彼女のことだけを思った。


鐘が鳴ると彼女は『じゃあ先に行ってるね』と言い僕から離れていき少し離れたところで振り向いて僕と視線が重なったことに気づいて小さく手を振った。


僕は1階に降りて自動販売機で僕の分と彼女の分の抹茶オレを買ってから屋上に向かった。


普段鍵がかかってる埃をかぶって錆びた屋上への扉が開いていることが階段で風を受けて分かった。


一つ一つ階段を上っていくと同時に己の鼓動が早まるのを感じた。

緊張と期待が頭の中でグルグルと渦巻いて彼女のことさえ考えられなくなっていた。

きっとこの先で僕と彼女との関係は変わる。

それはただの早とちりや思い違いや勝手な想像かもしれないけどその時の僕はそう信じてやまなかった。


屋上へと入るとすぐに彼女は僕へ顔を向けて

『来たんだね』と言った。

彼女の近くに腰掛けて疑問を口にした。


『それで僕達はなんで屋上にいるの』


『私が鍵を開けたから』


『そうじゃなくてなんで呼び出したのって』


そう言うと彼女は下を向いて何かを言い淀んだ。

言葉にならない言葉が彼女の喉で消えていく。


僕が『言いづらいならゆっくりでいいから』と言うと

彼女は安心した顔を見せて『じゃあこのジュースを飲み終わってからでいいかな?』と首をかしげながら言った。

『いいよ』と返して僕は彼女を待った。

待つ時間少し気まずかった。


それでも僕は言いかけた言葉をもう一度君が口にするまで待った。


食べ終わって顔を赤くして俯く彼女はとても脆くて触れたら消えてしまいそうなように見えた。


彼女は思い立ったように顔を上げて僕の方を見てゆっくりと言葉を告げた。

『ずっと前から好きでした』


僕はその言葉に並々ならぬ重みを感じた。彼女と僕との関係はきっとこの瞬間から大きく変わってしまう。

ここから先の行動には大きな責任が伴う。

そう思うと僕はなんて答えたらいいのか分からなかった。

僕は彼女を一番に考えたいからこそ答えを出すには長い時間が必要だった。


彼女に『やっぱ迷惑だったかな…?』と聞かれるまで時間が流れていることに気づかなかった。


『僕もずっと前から好きでした』


そう告げると彼女は今にも泣き出してしまいそうな顔をしたが悲しい気持ちでは無いことは明白だった。


『これからよろしくね』

彼女が僕に向かって微笑む。

『よろしく』と返して僕も笑う。


渡しそびれたぬるく甘ったるい抹茶オレがこの夏の全てだった。


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