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 人ではない、だが獣でもない。生物――と言っていいのだろうか。気味の悪い人型の“何か”は悪魔と呼ばれるものだ。

 

 凜は悪魔と呼ばれるものと対峙していた。

 身体能力の向上、外部からの魔力抵抗を上げる魔術を自身に付与し、『アイスエッジ』の魔法陣をいくつも展開していた。氷のつぶてが悪魔に向かって次々と飛んでいく。悪魔は口を歪めながらすべて躱す。


「ちっ」


 思わず舌打ちをする。

 これぐらい避けると予想していたがかっすてもいいだろ。でも、その調子で避けていればいいさ。

 凜は休むことなく氷を出し続ける。悪魔もよけながら反撃をしてくる。悪魔が魔法陣を展開するとそこから火の矢が飛んでくる。凜は魔術で反撃せず素手で叩き落とす。熱いがそれは一瞬で意に介すほどでもない。

 悪魔は凜に火の矢が効かないと分かると口を開き何か音を発する。

 凜は怪訝そうに眉を顰める。なんだ……?と思ったと同時に背後から魔力を感じ取る。とっさに体を横にずらすと先のとがった氷が地面から生えていた。

 避けていなかったら串刺しか。魔法陣はなし。つまり魔法か。しっかし黒い氷って気持ち悪いな。

 凜は悪魔の足元を凝視する。『アイスエッジ』よりも複雑な陣が悪魔の足元に現れる。悪魔はそれに気づき飛びのいた瞬間、陣から先ほど悪魔が出したのと形が同じ氷柱が現れる。色は透明だ。


「さっきのお返しだ。それとこれはプレゼント」


 ぱちりと指を鳴らすと悪魔の動きが止まる。よく見ると悪魔の避けた先には魔法陣がある。魔法陣からは植物のつるがのび悪魔の足に絡みついていた。

 つるから逃れようともがくが切れない。魔法で切ろうと口を開く。


「判断が遅い」


 凜が構えた指の先だ小さな魔法陣が展開されそこから純粋な魔力の塊が圧縮され放たれる。それは目にもとまらぬ速さで人間では心臓に当たる場所を貫通する。

 悪魔は悲鳴なく崩れた。死体からは赤い血が流れていた。


「ふう、終わった。やっぱり罠は楽しいな。『隠蔽』の魔術を上からかければよほどのことがなきゃばれないし。これはいい」


 凜が楽しそうに笑う。


「そもそもあんなに魔術を連発しなくても勝てるけど慣れとかないと」


 凜と乱がこの世界に来てからすでに一か月経っていた。日々、ガンジの手伝い、と言っても料理、洗濯、買い物とたいしたことではない。故に暇も沢山できその間二人は村の手伝いをしていた。店番に畑仕事に獣狩りに悪魔退治。今日はその悪魔退治をしていた。

 乱も今別のところで悪魔と交戦している。


「さて、帰るか。乱はどうせ終わって帰ってるだろうし」


 帰ろうと振り向く。凜はそこで臨戦態勢をとった。 

 いつから……、いつからいたんだこの女は……!

 凜が振り向いた先には一人の女性が立っていた。恐怖が凜の体を襲う。

 女性は凜と目を合わせる。凜がさらに深く構える。女性は凜の様子を見て口を開いた。


「ついてきて」


 もちろん素直についていくはずもなく押し黙る。


「ついてこないとガンジと乱をころすわよ」


 全身から汗が噴き出す。感情のない平坦な声。殺気がない。だからこそ間違いなく殺すだろうと確信せざるを得ず、女性の方へ踏み出す。


「そう、それでいいわ。やっぱりあなたはあの二人を人質にするのが効くのね」


 私の性格は把握済みか。


 女性は凜に背を向けて歩き出す。

 逃げ出すことも考えたが実行に移せるわけもない。乱とガンジを人質に取られていては。


 会話もなく森の中を進んでいく。森の中を進んでしばらくすると突然吐き気に襲われ下を向く。

 視界の端で女性が止まる。


「ついたわ」


 冷たい声で言われ、顔を上げると巨大な樹が目の前にあった。大きさもさることながら光る葉にも目を奪われる。吐き気は治まっていた。


「いらっしゃい天門院家の双子の姉の凜ちゃん」


 穏やかな声で呼ばれる。凜は驚いて声のする方を見る。杖を持った男が樹の下にいた。こいつ今“天門院”って言ったな。ガンジさんにも教えてないはずだ……。


「どうして私のことを知っている」


 すでに女と分かっているなら一人称は元に戻していいだろう。

 警戒心はかつてないほど高い。


「そんな警戒しないで。あ、ヴァレも案内ありがとうね」

「お礼よりもとっとと用件を終わらせてください」


 少し怒りを滲ませた声でヴァレと呼ばれた女性は返答する。


「ええ! ひどい! うう……わかったよ」


 ヴァレの冷たい目線に縮こまる男。凜もその様子を見て男に少し侮蔑を込めた目を向けてしまう。


「うわ! そんな目で見ないでくれよ……コホン! コホンコホン! 実は君に頼みたいことがあって……」


 男は立て直そうと背筋を伸ばす。それにしても咳払い多くないか? なんか締まらないなあ。

 

「今日君の元に王宮からの迎えが来る。君、いや、君と乱君にはそれについて行って欲しいんだ」

「なぜ。それをすることによってなにかメリットが」


 メリットに関してはこちらではなく男の方に関してだが詳しく言う必要はないだろう。こちらのメリットもしくは引く受けなかった場合のデメリットが提示されるはず。それを聞かないと。


「んー世界を救えるとか色々あるけど君にとってはこれが一番だよね――ガンジさんが殺されるよ。聖女候補をさらった罪で」

「な! おかしいだろ! 聖女はもういる! なのに候補なんて……!」


 怒りにまかせて男に問い詰める。


「落ち着いて。逆らってお迎えを倒す手もあるけどそんなことしたら帰る手段なくなるよ? 君たちを喚んだ魔法陣は王宮にあるからね。一度逆らえばそこに行くことは二度と叶わなくなっちゃうよ? だから素直について行って相手のご機嫌を取って王宮に行ってくれないかな、ね?」


 手を合わせて上目遣いでこちらを見てくる。男の頼みを聞かないとこちらにだメリットしかないのは十分に分かった。だが、どうしてこいつはそんなことがわかるんだ……。


「……お前の目的は」

「僕の目的ねー。――世界の安定」


 ふざけるなと言いたかった。でも、男の真摯な顔と声に本気なんだと悟り言葉を飲み込んだ。


「……わかった。王宮に行く。受けた方が利益があるしな」


 凜の返答を聞くと男はにっこりと笑う。


「そう言ってくれると思ってたよ。あ、自己紹介をしていなかったね。僕は賢者さ。本名は忘れたから賢者と呼んでね」


 語尾に音符でもつくのではないかというほど明るく言い放った。

 忘れてはいないな。凜は直感で分かったが、どうでもいいことなので捨て置いた。


「そろそろ戻りたいんだけど……ここはどこなんだ?」


 途中で吐き気がしたことで魔法で違う場所に飛ばされたということはわかっていた。


「ここはシルフ王都の近くだよ」

「はあ!?」


 今日一番の大きな声が出た。

 

 シルフ王国はユノメリア王国の西に位置している。ちなみにこのイースト大陸にはユノメリア王国、シルフ王国、ブルガ帝国の三つがありそれぞれが残りの二つと隣接している。

 ちなみにシルフ王国は深い森ですべてが覆われている。王都は王国の中央にあり、シルフ王国に一番近い村は凜たちのいる村だがそこからでも王都にはかなりの距離がある。この距離を飛ばすにはかなりの魔力が必要になる。


「あっはっは! いい反応だね。安心して僕がまた一瞬で飛ばすから」

「そうしてくれ」


 私も魔術で戻れないこともないけど、距離がおおまかにさえもわからないとどれくらい魔力を消費をするかわからないからな。

 

 凜の足元に魔法陣が現れる。凜が驚いて賢者の顔を見る。


「僕は魔法、魔術どちらも使えるよ。こんど暇があったら凜ちゃんと一緒に魔術の話をしたいな。今までできる人なんてそうそういなかったからさ。さて、最後に一つ。僕は君を推すよ」

「本当か!? ってそうじゃなくて私を“推す”ってどういう――」


 言い終わる前に凜が消える。


「どういういうってそのままだよ」


 賢者は悲しそうに笑った。







「さ、はやくいつものをよこしなさい」


 凜が消えてヴァレが賢者に手を差し出しながら催促をする。


「えー、そんなすぐじゃなくてもー。会話しようよー。僕ヴァレとお話ししたいなー」


 駄々をこねる賢者。第三者から見たらただの気持ち悪い男にしか見えない。


「気持ち悪い。早く出しなさい」


 冷たく言い放つ。賢者は唇を尖らせながら懐から小瓶を取り出し、それをヴァレの手に乗せる。

 ヴァレは中身を確認すると小瓶をしまい、早足に立ち去ろうとする。


「待ってよ! 本当にひどすぎるよ! 僕と親交を深めたいとかないの?!」

「ない」


 即答をする。このやり取りを二人は会うたびにやっている。ヴァレの態度が軟化したことはないのに賢者は何度もめげずにヴァレに話しかけている。

 賢者はがっくりと肩を落とす。


「本当に懲りないわね。私がここに来るのは主のためなの。決してあなたと仲良くするためではないの。何度も言ったはずよ」

「えへへ、あきらめないのが取り柄だからね」

「……そう。それとどうしてあの子をここに連れてこさせたの。別に聖女は誰でもいいはずでしょ。わざわざ王都にいる聖女に魔法をかけてまで二人の居場所を教えて。あまり干渉するのはよくないわ」


 ヴァレがたしなめる。


「あなたはすでにこの世にいないことになっているの。知っているのは私達と私達の主。それとシルフ国の王だけ。知られてはいけないのよ。分かっているの?」


 微かに怒りを滲ませている。男はまあまあと窘める。


「ちゃんとわかっているさ。僕がここにいるのはヴァレの主と世界のためさ。そこはわかっているさ。でもね、ユノメリア王国は痛い目を見ればいいと思うんだ」


 暗い目になる。


「君の主――僕の友に伝えておいて。ユノメリアに双子を送ったと。大丈夫。彼らはきっとユノメリアには染まらない。さあ、その瓶を届けてあげて。今日はありがとうね」


 持っていた杖でこん、と地面を叩くとヴァレの足元に魔法陣が現れヴァレが一瞬にして消えた。


 一人なった賢者。ただ風が木の葉を揺らしていく。

 長い間一人でいたせいか人が来るとどうにも気分が落ち着かない。

 さて、およそ五百年ぶりに召喚された聖女。これで、ようやく――。






 吐き気が凜を襲う。二度目だったので下を向くことはなく、視界が一瞬で変わるのがよくわかった。飛ばされたのは村のはずれだった。家と反対の。

 元居たところより離れているじゃないか! あの賢者!

 胸中で賢者に怒りをぶつけた。怒りを抱えたまま凜は家へと急いだ。乱一人だと暴走しかねない。

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