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「あー、もう嫌だ。毎度毎度王族、貴族の茶会に食事を断っては断っては参加して。もう二日。あいつが受ける分が全部俺に来てる。明日来なかった俺も消える。」


 ベッドに頭だけ乗せ枕を手繰り寄せると頭の上にお気愚痴を吐き出す。

 貴族からの誘いを全て断るわけには行かないのでたまには参加してるがなんだあれは胃が痛くなる。相手は変なおべっか使って取り入れる気満々でもう嫌だ。


「凜、とりあえず寝なさい。だいぶ疲れてるわよ。」


 疲れてる?ああ、疲れてるとも。ジュシアの優しい言葉も今の凜には効果がない。


「明日乱が来なかったら俺も消えますね。」

「……好きにしなさい。ほら、早く寝ること。」


 思考を放棄した凜は遠い目をしながら呟く。ジュシアはこれはダメだと寝させることにする。


「そうします。寝て消えるための英気を養います。」


 乾いた笑みを浮かべた凜はそのまま布団に突っ伏した。





 眠りについた凜を見てジュシアは息を吐く。


 流石に一人であんなに対応すればこうなるわよね。元の世界じゃ身分なんてなくて学生だって言うし。ほんと酷なことをさせるわよね、貴族って。


 ジュシアは凜に毛布を掛けてあげるとそっと部屋から出た。そのまま自身の部屋へと向かう途中瑠依と出会う。


「ジョア。もしかしてもう凜さんと蘭さんはご就寝に?」

「ええ。それにしてもルーの丁寧な言葉はいつ聞いても気持ち悪いわね。」

「なら、あの頃に戻せと? こんな風にか?」


 ざっくばらんな粗暴な口調となる瑠依。しかしジュシアは驚かずどこか懐かしむ様な顔をする。


「と、流石にこんな口調ではやっていけませんから。それでそっちはいつもの口調でやってるんですか?」


 瑠依は元の口調にすぐに戻ると今度はジュシアに訊ねる。


「ええ、どっかの誰かのおかげでね。でもそのおかげで関係は良好よ。そこには感謝してるわ。ありがとう。」

「どういたしまして。

「そういえば何か乱様、凛様に用事があったのかしら。それもこんな時間に。」

「こんなってさして遅くないでしょう。いえ、単純にこっちに来て後悔はしてないかと。連れてきたのは私ですから。」

「そんな様子は……。」


 ないと言おうとしたところで先程までの凜の状態を思い出して言葉に詰まってしまう。


「ない、とは言いきれないけれどでも二人とも頑張ってるから水はささない方がいいと思うわよ。」


 とても頑張っている。あの歳だ。まだ学校に通い友達と馬鹿なことをやる歳頃なのに。どうして大陸の運命なんぞ背負わされなければならないのか。


「そうですか。もし嫌になっていたら二人を連れて逃げようかと思ってましたので。それぐらいはしてあげようかと。無理やり意思に関係なくこの世界に連れてこられたのですから。」

「……ルーあんた王国騎士団の人間よね。」


 さらっと王国に逆らうような発言をしていないかこの男。


「そうですけどそれぐらい、いいじゃないですか。私はこの国に忠誠は誓ってませんし。」

「それ大声で言わないように。副隊長からおろされるわよ。」

「……できることなら辞めたいんですよね。私はただの隊員でありたかったのに。」

「それはご愁傷様。どうする? 久しぶりに飲みにでも行く?」


 この時間帯に会うのは珍しいから思わず誘ってしまう。


「いいですね。それならあの人も誘いましょう。」

「あの人って、ああ、あの子ね。いいわよ。三人で仲良く飲みましょう。あの子の結婚生活気になるし。」

「では私は誘いに行ってきますのでお店考えておいてください。待ち合わせはいつものところで。」


 それだけ言うと瑠依は足取り軽やかにあの人を呼びに行く。それを見送るとジュシアも足早に着替えるため部屋へと向かう。三人で会う。その事実にどうしても嬉しくなってしまうジュシアは少しだけ鼻歌を歌っていた。





 翌朝、目が覚めるのが早い凜は『不覚空間(ヴァニティルーム)』から適当な本を取り出して時間を潰していた。


「おはようございます、凛様、蘭様。ジュシアです。」


 挨拶とともにジュシアが部屋へと入ってくる。その顔はどことなく機嫌が良さそうだった。


「おはようございます。今日はいくつお誘いがありますか?」

「午前に二つ、午後に三つに夜に一つ。午前の二つと夜のは断っておいたは。午後の一つは凜の方を誘ってきたからそれだけは行っておいて。」

「ありがとうございます。はあ、いい加減誘っても意味の無いことだと知って欲しい。」


 深いため息と共に肩を落とす凜はジュシアの目から見ても疲労が手に取るようにわかるほどだ。


 どうする?このまま朝ごはん食べるかしら、と聞こうとした所で誰かが走る音が聞こえる。そしてその音ははこの部屋に近づいてくる。


「凜! 大変だよ! 謁見の間に細工が!」


 ノックもせず慌てた様子のメルクが部屋へと入ってくる。息を切らしており急いで来たのがわかる。


 謁見の間って言っていたのでそこから走って来たのか。結構な距離があるな。


「ノックぐらいして入ってきたらどうなのよメル。」

「あ、ジョア姉。そっかジョア姉が凜と蘭についてたんだっけかー。」

「そうよ。でなきゃ凜とメルクの連絡を取ることなんかできないでしょ。で、慌てて何しに来たのよ。」


 ジュシアのいつもの口調に愛称で呼び合う関係に二人がある一定以上の仲である事が伺える。姉と弟、そんな感じだ。でも本当の姉弟ではないだろうし、今はそんなことよりもメルクだ。


「そうだよ! 大変なんだ! 凜、謁見の間まで来て!」


 そう言って凜の手を掴み部屋から飛び出す。突然のことだが気になるのでそのまま部屋を出る。


「待ってください! まだ朝食をお召になっていません! せめて朝食だけでも!」


 ジュシアさんの言う通りまだ朝ごはんを食べていない。それにしてもジュシア部屋から一歩でも出るとちゃんとするなあ。


「すぐに戻ってくるので!」


 それだけなんとか伝えるとメルクと一緒に謁見の間へと向かう。


 謁見の間には魔法研究所の人が二十人ほどいた。


「おいメルク! どこに行ってたんだ──って凜じゃないか。どうしたんだこんな所に。まだ一週間経ってないぞ。」


 謁見の間に入って一番早く二人に気づいたのはメルクと同期のシュタイツ・バーナーだった。


「いや、メルクに連れられて……。」

「シュタイツ! 所長はどこ!」

「所長ー?奥で『防護(プロテクト)』と『シールド』の魔術を仕込んでるよ。」

「ありがとう!」


 それだけ言うとメルクは奥へと走っていってしまう。


「なんなんだあいつ……。」

「さあな。俺も行ってくる。」


 遅れて凜もメルクに続いて奥へと足早に行く。他にも研究員はいるので邪魔にならないように注意しながら進む。


「所長!」

「あ? なんだメルク。お前勝手にどっか行きやがって。今日はサナがいねぇからお前はあっちだって言おうと言おうとした所でよ。」

「それどころじゃないよ! ここに魔術が仕組んであったんだ!」


 所長の言葉を遮ってメルクが大声をあげる。その言葉を聞いてメルクをすっと睨む。


「それは、本当か?」


 その声は緊張を孕んでいた。


「うん。間違いない。はっきり見た──。」

「──分かった。俺にも見せろ。」


 メルクがジヴェストへと手を差し出す。それをジヴェストとは乱暴に握り返す。


 なんで手を握り始めたんだとメルクの顔を見るとメルクの瞳に魔法陣が浮かんでいた。


「こいつは、上手く『隠蔽』しやがったな。」


 苦々しい顔で何故か少し嬉しそうな声を出す。顔は悔しさと愉しさが混じっており凶悪な顔になっている。


 しかしメルクは魔眼の持ち主だったのか。魔眼は数が少ないと本に書いてあったけどまさか会えるとは。メルクが魔術があると分かったのは魔眼のおかげか。


「メルク。こいつを消すことはできるか?」

「えー、無理無理。だってこんな大きいし、一気にこの大きさの魔法陣は展開できないよー。」

「だよな。ちっ、面倒なものを仕掛けられたな。対象はあの小娘二人のどっちかだよな。」

「それはそうでしょ。あ、でも、もしかしたらだけどなんとかなるかもしれないよー。」


 メルクがこっちを見てくる。えーと、もしかして私にさせる気か?

 恐る恐る自分に指差すとメルクがにっこりと笑う。


「あ? なんでここに凜がいるんだ?」


 今頃になってジヴェストが凜に気づく。

「ふふーん。凜は魔術が使えるらしいんですよー。もしかしたらと可能性にかけて連れて来たのー。」


 メルクが自分のことのように胸を張る。


「……まあ、メルクがそう言うなら言いけどよ。今時魔術使いなんて居ないだろ。」


 渋々と納得しながらこちらを疑っている。やったとメルクが喜びながら凜に向かって手を差し出す。魔法陣を見せるためか。その手を強く握る。


「いっ!」


 ちょっとした意趣返しだ。朝ごはんぐらい食べたかったんだ。

 メルクから魔力が流れてくる。すると視界が一瞬暗くなったかと思うと目の前には床一面に広がった魔法陣。

 これは上から見た方がいいな。


「メルク飛ぶぞ。」

「へ?」


 手を繋いだまま別の手でメルクの腰を抱く。『飛行』の魔術を使い浮かび上がり上から魔法陣を見る。


 魔法陣はそこまで複雑ではなかった。ただ普通のと違い一部網掛けになっており使用者が限定される者だった。


 魔法陣は基本誰でも使える。しかし、魔法陣を作る時特定の魔力に反応するように作ることは可能で、その証拠があの網掛けだ。描いた人間と対象の人物が違うのはハッキリしたがそれぞれが誰かは全くわからない。けどこのタイミングにここに対象の魔力を底上げする魔法陣。乱か坂本桜を狙ったものであるのは間違いない。


 凜は一旦地面を下りて魔法陣に触れると魔力を流してみる。


「──!」


 慌てて手を離す。静電気みたいなものが走ったのだ。魔法陣からの拒絶。分かっていたけど私ではないことは確か。可能性としては一応私というのがものすごく低い確率であったけどそれもなし、と。


「凜、どう? 消せそう?」


 以前抱いたままのメルクが訊ねてくる。


「できるけど……このままにしておきたいんだ。」


 メルクの腰から手を離してそう答える。


「そいつはどういうことだ。まさかお前じゃないだろうな?」


 ジヴェストがこれでもかと睨みつけてくる。凜は涼しい顔のまま答える。


「もし俺が犯人だとしたらわざわざそんなこと言いませんよ。俺は犯人とこの魔法陣の対象の人物が誰か知りたいだけです。狙いは乱か坂本さんのどちらかで間違いないですけど。」

「別に本気で疑っちゃいねぇよ。でもよ、この魔法陣を、仕掛けた犯人を見つけるのは大変だぜ。」

「分かってます。だからまず対象は誰か。そして目的を先にハッキリとさせます。」


 自分にも言い聞かせるようにジヴェストに答える。乱の邪魔をするようなら野放しにしておけないからな。


「目的? あー! そうすれば犯人も絞れてくるってことだねー!」


 メルクが閃いたと元気よく声をあげる。


「その通り。だからこれから二人の魔力を持ってきてこの魔法陣に流し込みます。前日までには突き止めますので暫くここに入る許可を頂いてもいいですか?」


 ここまで来たらあとは勢いで許可を貰うしかない。普通なら絶対任せて貰えない。

 ジヴェストは凜の言葉を聞いて息を吐いた。


「……分かった。本来俺らがやることだがこの魔法陣を消すにはお前の方が適しているからな。いいだろう。ただし前日の昼までだ。昼を過ぎたら魔法陣を消せ。それが条件だ。」


 ジヴェストの出した条件はなんとも緩いものだった。少しばかり面食らってしまう。


「いいんですかーそんな簡単な条件でー。」


 メルクからも指摘が入る。


「いいんだよ。俺としちゃまず試験が無事済めばいいんだよ。その過程で犯人が見つかるか見つからないかの違いに過ぎないからな。さ、メルクお前は他にも何も仕掛けられてないか探せ。」

「はーい。」


 メルクはジヴェストに指示されるとあっさりとその場所から離れてしまう。


「さて、凜。お前は犯人を見つけてどうする?」

「今はまだなんとも。そいつ次第ですよ。」

「そうか。なら俺から一つ言っておくと犯人とはあまり接触しない方がいい。それだけだ。俺は仕事に戻る。」


 その言葉通りジヴェストはまた魔法陣を描く作業へと戻った。凜もここにいる必要はもうないので朝ごはんを食べるために部屋へと戻った。


「あら、おかえり凜。二日ぶりね。」


 そう言って優雅に笑ったのは乱だった。

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