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本日二つ目の更新ですのでお気をつけください。
メルクからの提案にしばし瞬いている。どういう意図で言ったのかが皆目検討がつかないのだ。
「だってこれで帰れないことは気づいてるでしょー?」
ああ、やっぱりか。メルクの言葉は凜の予想を現実と変えた。ここに来てから誰も帰還について何も言わないのだ。訊ねてないから答えないだけかもしれないが人を勝手に巻き込んでいるのに言わないのはどうも信用に欠ける。帰す気がないと見るか帰せないと見るのが生きていくには都合がいい。油断よりも警戒をする。
「やっぱり帰れないんだな。それで研究をして帰る方法を探すと。これが一方通行の代物って教えていいのか?」
「えー別に言うなって言われてないから大丈夫でしょー。隠されるよりは教えて貰った方がいいでしょ?」
邪気のない笑顔を向けてくる。メルクとしては凜からは信頼を得たいのだ。
研究か……魅力的だけどそれをしている時間があるかどうかなんだよな。王命で学校に通わなくちゃいけないし逆らったらいいことはないだろうし乱に不利益が行くのは避けたい。いや、でも今の状況だったら私が乱の分の負の感情を引き受けるというのも一つの策だけど出る杭は打たれる、というより目立たない方がいいよな。口惜しいが断ろう。
「悪いけど王命で学校に行かないといけなくてな。中途半端な参加はかえって足を引っ張るだろうし、残念だけど断るよ。」
凜が丁寧に断るとメルクは首を傾げる。
「ん? つまり学校をサボれば出来るってことだよね? サボろうよ。」
「いや、さすがに……。」
良心というより学校はサボるところではないという意識がある凜は困惑を示す。
「別にサボっても問題ないだろ。」
凜が難色を示しているとサナが口を挟む。それはメルクと同じでサボりを勧めてきている。
「ここの学校に行く必要がお前にはあるか? ないだろ。ただの時間の浪費だ。あの学校に通わせるのは今後ここで飼うために貴族共のガキと親交を深めさせたいだけで、この世界で今生をおわらせる気なんてさらさらないだろ。なら、行くだけ無駄だ。それに魔王を倒すためなら戦闘訓練だけしていればいいだろうに本当に無駄が好きな連中ばかりだこと。」
辟易とした顔でため息をつく。どうも貴族相手にいい感情は持っていないみたいだ。
「で、どうする?」
凜を見下ろし確信めいた声音で問いてくる。ここまで言われたなら研究をするしかないな。それに私の目的は乱と帰ることだ。他がなんだ、すべきことをしないでどうする。
決心した凜は口角を上げてサナへと不敵な笑みを返す。
「ふっ──決まりだな。」
「やったー! これでサナと二人っきりから解放されるー!」
両手を上げ心の底からメルクが喜ぶ。
「へぇ、そんなに私と一緒にいたいのかメルク。」
サナが何とも邪悪な笑みを浮かべてメルクへと近づく。
「そんなに二人っきりが良かったか、そうかそうか。ちょうど今日の夜空いているんだ、一緒に、二人っきり、で、飯でも食おうじゃない──か!」
逃げようとするメルクを来た時と同じように俵担ぎをする。
「ぎゃああああああ! 嫌だあ! 助けて凜!」
「凜。私達はこれから夜の予定を立てるから先に戻る。しばらく魔法陣でも見てな。ジヴェストが来るだろうからさ、少しでも話していきな。」
「は、はあ……。」
ここの魔法陣を見れるなら願ったり叶ったりだけどどうして所長であるスタッカーさんが来るのか。不思議に思いつつ部屋から出て行こうとする二人の背を眺める。
「あ、そうだ。」
扉から出る直前でサナが振り向く。
「一回だけでも学校に行った方がいいだろ。行けっていう王命は果たせるからな。」
そう屁理屈を言い残して二人は消えた。メルクの悲鳴や文句がずっと聞こえていたが聞こえないフリをしていた。しばらくするとその声を完全に聞こえなくなる。
そして三十分もしない内にジヴェストが人の悪い笑みを携えやって来た。
「よお、お目当ての情報は得られたか?」
からかいを含んだ口調で訊ねてくる。凜はジヴェストの目を見据えて答える。
「ええ、十分なほどに。」
「そうかい。それならなにより──。」
「スタッカーさんの伝えたいこともしっかりと、ね。」
目の前の男を睨みつける。ジヴェストは驚いた顔をしたがすぐに元の顔へと戻る。
「なんだいい顔をするじゃねぇか。で、まだ元の世界に帰れると思うか?」
ジヴェスト・スタッカーがサナとメルクを案内役にしたのはたまたま近くにいたというのと推測だがあの二人が一番ここについて詳しいからだろう。元の世界に帰れないと解らせ、魔王へと専念させるためとだろう。きっと諦めればこの世界で楽に生きれる。それが利口なのだろう。けれど──
「ええ、帰れますよ。俺には乱と帰る以外の未来はないですから。」
はっきりと少しの疑いもなく言い切る。
「それがこの世界を見捨てることになったとしてもか?」
「もちろん。この世界がどうなろうとも俺らには関係ないですから。そもそも自分たちの世界ぐらい自分たちでなんとかするべきでしょう。そうでしょう、スタッカーさん。」
ジヴェストと見つめ合う。静かに空気が張り詰める。
「く──く、くははは!」
突然、ジヴェストが笑い声を上げる。思わず後ずさりそうになる。
「そうだな! 確かにそうだ! お前達にとってはどうでもいいよな。それとスタッカーじゃなくジヴェストと呼べ。ここでは名で呼ぶのが基本だ。性で呼ばれるのは変な気分になる。」
「ではジヴェストさんで。」
「おう、それでいい。お前はこの世界を見捨てると言ったな。」
見捨てるまでとは言ってないがさして違いはないか。
「そんな薄情で利にならない穀潰しをいつまでもここに置いておくと思うか? それにもしお前が聖女だったらどうする? 逃げることはできないぞ。」
「逃げるも何も俺は男ですよ。聖女には慣れません。」
ジヴェストの言葉に凜は僅かに動揺する。女と見抜かれたかと。もし、バレていたとしたら面倒だなと男として答えながら心の中で舌打つ。
「聖女なんて称号にすぎん。性別はかんけいねぇよ。光の魔法が使えるかどうかだけだ。可能性は十分にあると思うが。」
ジヴェストの言葉にひとまず安心する。バレた訳では無いと。
「ないですよ。」
落ち着き答える。それにしても聖女と言うだけあって女限定と思ってたけどそうでも無いんだな。
「やけに自信たっぷりだな。」
怪訝そうに眉をひそめる。ジヴェストの様子からメルクが凜の魔法が使えないことに関して言ってないことが分かる。
「俺は魔法が使えないですから候補にすら成り得ませんよ。」
「はあ? 魔法が使えないだと?! はー、そりゃ聖女になるのは無理だな。悪いな、嫌なことを話させてよ。」
申し訳なさそうに謝ってくるが凜にとって魔法、魔術も元からなかったもので便利ではあるがなくて不便になるものでは無いので何一つ嫌なことはなかった。
「ああ、そうか。お前達の世界は魔法がないんだったな。それにしても魔法が使えないのか……悪魔相手に大丈夫なのか?」
心配そうに訊ねてくる。
「今の所はあまりに多い数だと厳しいですけど殺し方は分かるので。」
殺し方は単純。人と同じで首を吹き飛ばせば死ぬ。心臓を潰せば死ぬ。ただ手足を全てちぎっても生えてくるという気持ち悪さだ。ただしこれは魔力が無くなると生えないことは確認済みだ。
「そうか、それならいいんけどよ。じゃ、俺は用事が詰まってるんでそろそろ行くが、お前は?」
「俺も用事はないので戻ろうかと。」
これ以上ここにいても仕方ないしな。
「なら上まで一緒に行くか。お前の世界のこと聞かせてくれ。」
ジヴェストと凜が並んで部屋から出る。部屋から人が消えたからか二人の後ろで扉が一人でに閉まる。大きな音が響き予期していなかった凜の肩がビクリと反応しジヴェストに笑われた。