18
「所長ー殴るのは良くないですよー。」
頭をさすりながら大柄な男を所長と呼ぶ。
「それよりも言ったら見せてもいいんですかー?」
「ああ、別に見られても困るものじゃないからな。」
機密事項じゃないかと凜は再び突っ込みたくなったが堪えた。所長と呼ばれるのだそれなりに偉いのだろう。
「王様に怒られるんじゃないんですか?」
「ばれなきゃいいんだよ。」
あっけらかんとあくどい笑みを浮かべながら言い放つ所長にメルクは呆れ顔をする。
「──で、お前が凜か? 見たことない服だし顔も知らない奴ときた。そして、男。召喚された男は一人。凜で間違いないな?」
男は興味深そうに凜を見下ろす。男を見上げる。背が高く大柄なせいか威圧感がある。
「はい。凜と言います。あなたは?」
「俺はジヴェスト・スタッカー魔法研究所所長だ。『異空間召喚』について知りたみたいだな。どうだ? 暇なら魔法陣でも見ていくか?」
口角を上げ愉快そうに挑発してくる。
見せてくれるならぜひとも見せてもらおうじゃないか。
「見せていただけるならぜひとも。」
せっかくの機会だ逃す手はない。
「お、そうか。なら案内役はメルクとサナだな。」
「げ、サナと一緒なんてやだよ! 僕一人で十分でしょ!」
「なんだいメルク。そんなにアタシと一緒にいるのが嫌なのかい?」
メルクが抗議の声をあげるとその背後に白衣を着た長身の女性が音もなく現れた。
「当たり前だろ! 僕はサナ、お前が嫌いだ!」
はっきりと拒否をするメルクに少しばかり驚く。現段階でのメルクの印象ではここまであからさまな嫌悪を示すとは思えなかったからだ。
「悲しいなあ。私はお前と仲良くしたいのに……。」
と言いつつ悲しむそぶりはない。
この人がサナと言う人で間違いないな。案内役とか言ってたが。
そんなことを思いつつサナを見ていると本人と目が合う。
「──ああ、すまない。自己紹介がまだだったな。アタシはサナだ。ただのしがない研究者だ。」
「凜、と言います。サナさん。よろしくお願いします。」
軽く頭を下げ自己紹介を返す。
「よろしく、凜。で、ジヴェスト。アタシとメルクはこの子の案内をすればいいわけ?」
「話が早くて助かるな。そういうことだ。よろしく頼んだぞ。一番の適任者はお前たちだしな。」
確かにな、とサナは頷く。
「ちょっと待ってよ! 僕はまだ行くなんて──うわ!」
「さあ行くぞー。」
反対するメルクの言葉を遮り、サナがメルクを俵のように片腕で担いだ。
「サナのバカ、下ろせ!」
「やだよ。折角ジヴェストが気を利かせてくれたんだ。仲良くしようじゃないか。」
「いや、別にお前らの仲を深めようとか思ってないが……。」
「さ、凜ついてきな。」
ご機嫌な足取りで歩き出すサナにはジヴェストの声は届いてないみたいだ。ジヴェストは呆れため息をついている。
「嫌だー! 助けて―!」
叫びが研究所に響く。ジヴェストはもちろん他の研究員も助ける様子はない。見て見ぬふりかそれとも日常の風景と化した故の放置か。凜にはさして関係のないことであり触らぬ神に祟りなしと凜も助けることはなかった。
研究所から出るとサナは真っすぐと地下へと向かって行く。地下は倉庫と牢屋があるだけで人の気配はしない。ここの牢は国家反逆罪など王族、貴族、国家に関わる犯罪を犯した者だけに使う牢屋で使われることはほとんどない。
牢屋と倉庫が並ぶ廊下を進むと突き当りに異様な扉が現れた。異様というのはこの空間に対してであり一般的は堅牢で適度に装飾が施されている程度だ。そしてその扉には魔術で三重にロックされている。
「着いたっと。えーと、鍵鍵っと。」
白衣のポッケトを探り少し錆びている二つの鍵を取り出す。一つずつ鍵穴に差し込むとロックも一つずつ解除される。サナは鍵をしまうと扉に触れ魔力を流し込む。
「──我、二つの世界をつなぐ門の番人で使徒である──」
最後のロックが解除される。大きな音を立て扉が開く。
「さあ、ここが『異空間召喚』の魔法陣だ。」
ここ、という言葉に引っかかる。これではなくここ。少しの違い、それが意味するものがなにか部屋を見て一瞬で理解する。
部屋というより大広間。百人は余裕で入れる広さ。その部屋全ての床、壁、天井全てに赤い模様が描かれている。直線に曲線、様々線が不気味の広がっている。
呆然と、凜はそれを眺める。
「いい加減下ろせ!」
「ああ、わかった。」
「ば──ぶふっ!」
サナがそのまま腕を下したせいでメルクが地面と激突した。その音と声に凜は我に返る。
「そのまま離すか普通!」
顔の一部が赤くなったメルクがサナを睨む。
「お前が離せって言ったんだろ。で、凜。こいつを見てどう思う?」
悪びれることなく言い放ちながら凜に部屋の感想を訊ねる。凜は今一度部屋の中をじっくりと見る。
部屋一面にある赤い模様……サナさんのここがって言ったことからこの部屋そのものが魔法陣なのか? 何個かぱっと見で分かる魔法陣もあるけど重ねてつなげているせいかわからないのがほとんどだ。
「これには最低いくつの魔法陣が?」
「これが魔法陣っていうことはわかったか。」
口角を上げ微笑む。どことなく楽しそうだ。
「そうだなあ……最低千ってところか。」
「せ、せん!?」
最低でってことはさらにあるってことは間違いないよな。てことは魔力はどれぐらい必要になるんだ? 絶対一人二人でまかなえないよな。
「なあ、メルク!」
「なあに。」
凜の様子を見ていたサナが突然メルクを呼ぶ。メルクは壁を見ながら何かをメモっているのか返事だけだ。
「この間ここの魔法陣を使ったとき何人必要だった?」
サナの質問にメルクが少し首を傾げその時を思い出す。
「あれ? サナいなかったっけ? えーと研究所全員に他にも大勢いたから百人は超えてたよー。」
百人……どう頑張っても私達じゃ無理だ。
「あと王宮で備蓄されていた魔力も使ったはずだよー。」
メルクがいい笑顔で凜へと追い打ちをかける。
「だ、そうだ。これで凜の知りたいことが揃ったか?」
サナがにやりと凜を見る。
十分なほど手に入ったけどどれも最悪なものだよ。
「──ええ、今後の方針を決めるのには十分なほどに。」
眉間に皺を寄せながら答える。不服そうに、実際個人レベルでは使えないので仕方がない。
さて、『異空間召喚』について分かったはいいがおそらくだがこれは──
「ねえ、凜。僕たちとこの魔法陣研究しない?」
「え?」
突然の予期せぬ誘い、凜は呆けた声を出すしかなかった。