17
つつがなく食事は進み、特にこれと言ったことは起こらず解散となった。
「はー、お腹いっぱーい!」
部屋に戻ってくるなり乱がベッドへと飛び込む。
「乱、スカートがめくれる。俺このままシャワー浴びてくる。」
「んーふっふふー!」
いってらー、とでも言おうとしたのだろうか。ベッドに突っ伏したままなので正確には分からない。
着替えを持って風呂場へと向かう。風呂場は部屋についており広さはそこそこだ。脱衣所で服を脱ぎサラシも取る。
コックを捻ると細かな穴からお湯が落ちてくる。ちょうどいいぬるま湯に体が休まる。
すっきりする。今日はびっくりするくらい緊張した。乱はいつも通りだったけど……。貴族に王族って下手したら首が飛ぶかもしれないのにやっぱり私とは大違いだ。
改めて乱と自分の違いを認識するといやに真剣な目つきとなる。
さて、問題は来週か。乱かもしくは坂本桜が聖女になる。そもそも聖女になった所でどうやって魔王を倒すのか。それによって乱には聖女を諦めて欲しいけど……無理だろうなあ。
乱のか自信に満ちた顔を思い出して脱力する。
あとは『異空間召喚』の魔法陣を探さないと。絶対ここにあるんだ。場所は見当つかないが。もしかしたらメルクが知っているかも……あ、ダメだ。メルクがどこにいるか分からない。ダメ元でジュシアさんに聞くか。
ひとまず今後のことを考え終えるとのんびりと体を洗い始めた。
王宮に来て二日目の夜。二人は今後の予定を話し合うことにしていた。昼間だとジュシアや貴族が乱もしくは凜の近くにいるので出来なかった。本音で語り合うには余人は邪魔だった。
「これからの予定の前に──何故私達は学校に行くことになった。」
そう語る凜の声には怒りが含まれていた。
午前中のこと。王弟のシーノがご丁寧に凜と乱の部屋まで赴き聖女の選出を謁見の間でやるということ。そしてその翌日から王宮の敷地内にある学校に通うよう伝えてきた。
凜は反対したかったが拒否権は存在しなかった。
学校には1ヶ月通うらしくこの世界に慣れるためという。
「学校に行くのはまあ、良しとしよう。いや、良くないけど。問題は聖女になった後私達が何をしなければならないか、それによっては諦めてもらうけど……?」
乱を伺う。
「諦める気はないわよ。聖女には必ずなる。」
胸に手を当て自信満々に凜を見返す。
「やっぱり……ま、それは別にいいけど。帰る手段は私が探す。」
「ふふ。早く見つけてね。で、魔法陣の場所に心当たりは?」
「それはある。ジュシアさんに今頼んでいるところだから。」
ジュシアさんにメルクという研究員がいるか訊ねたらどうも知り合いのようで、今度会いたいという旨を伝えてもらうよう頼んだのだ。あっさりと引き受けてくれてこちらが拍子抜けした。
「そう。じゃあ私は来週に向けて魔法の練習を今からしますか。あ、別に自信がないとかじゃないから。完璧に仕上げるだけだから。」
「それぐらい分かってるよ──て、今から?」
脳内で乱の言葉を思い出し聞き返す。
「うん。しばらく帰らないからよろしく。」
「は!? 私をここに一人にする気か!」
馬鹿じゃないかと乱に詰めよろうとする。
「大丈夫。前日までには帰ってくるから。じゃあね『転移』」
凜が乱を止めようと手を伸ばすがあっさり宙を切る。目の前から乱は綺麗に消えた。
「……あいつ、本当に行ったよ……馬鹿かよ。あー! 何て説明すればいいんだ!」
乱がいなくなったことを説明した後自分がどうなってしまうか。それを考えるととても頭が痛くなる。どう考えても悪いことにしかならない予感がしてしまう。そして現実逃避をするかのようにベッドへと潜り込んだ。
翌朝ジュシアさんからメルクが研究所に来て欲しいということを伝えられた。
「研究所までは私が案内するわ。先に朝ご飯だけど……蘭は? どこかに行っているの?」
どうしよう。どう返答するのが一番いいのか。いや、ここは正直に言ってしまおう!
凜は昨夜のことを全て包み隠さず話した。
「はあああ!? つまり蘭はしばらく戻らないということ!? これは……まずいわね。」
「はは……ですよね。これから食事とかに招かれたりしますよね。えーと、ジュシアさん変装とかは……。」
「無理よ。全然似てないもの。」
呆気なく断られる。
ああ……本当にどうしよう。乱の馬鹿……。
「……仕方ないわね。何とか誤魔化すわ。体調が優れない。聖女として修行中とでも言えば引き下がるわよ。乱が戻るまでは食事は部屋に運ぶわ。」
溜息を吐きながら朝食を取りに行くため部屋を出た。
かなり迷惑をかけてしまった。乱が戻ってきたらきっちり叱ろう。
ふつふつと怒りが湧いてくる。仕方が無いので布団を殴ることで済ませた。
「凜ー!久しぶりだねー。まさか凜から僕に連絡をくれるなんて思ってなかったよ。さて、ここが僕が働いている魔法研究所だよー!」
メルクが意気揚々と凜を出迎えてくれる。
朝食を取ったあとジュシアは凜をすぐ魔法研究所へと案内した。研究所は専用の魔法で作られた鍵が必要で、ジュシアはそれをメルクから預かっていた。
「久しぶりメルク。突然なのにありがとう。急で申し訳ないけど聞きたいことがあってきたんだ。」
「聞きたいこと? 僕に答えられることだったらなんでも答えるよー。」
特に怪しむことなくメルクは快諾してくれる。
「ありがとう。あ、でも無理だったらそう言ってくれ。」
『異空間召喚』のことがすんなりと分かるとは思っていない。機密事項の可能性も十分にある。
「なにー? プライベートなことでも聞くつもりなのー?」
ニヤニヤと凜を下から覗く。
「違う。」
「ぶー。そんなすぐに否定しないでよー。」
違うんだから仕方ないだろ。
凜は呆れながらも真面目な顔つきでメルクを見る。
「『異空間召喚』の魔法陣がどこにあるか知っているか?」
この質問は以前村でハギさんにもした。その時は王宮のとこじゃね、とそれしか答えが得られなかった。
さて、メルクは知っているか。知っていてもすんなりも教えてくれるか。
「うん。知っているよ。場所教えようか?」
そう。こんなすんなりと教えてくれるわけ──
「──え?」
「どうしたのそんなアホみたいな顔して。もしかして聞いてなかった?」
「いや、聞いてた。しっかり聞いてた。でもいいのかそんなあっさりと。機密事項とかじゃないのか?」
慌ててメルクに確認する。メルクはとてもいい笑顔で
「もちろん機密だよー。」
「だったら駄目だろ!」
思わず凜は叫んでしまう。凛としては願ったり叶ったりなのだがどうにも解せない何かがある。
誰だよこいつに機密事項を教えたのは。機密が機密じゃなくなるぞ。
「えーでもさー知りたいんでしょー?」
そうだ。帰るためには『異空間召喚』の魔法陣を調べるのは絶対必要だ。
「よし。決まったみたいだねー。じゃあ僕は鍵をくすねてくるから待って──痛て!」
「馬鹿野郎! 何が鍵をくすねるだ! 一言俺に言ってからにしろ!」
怒声が響く。メルクの頭に拳を落とした人物はメルクと同じ白衣を身に纏った大柄な男だった。