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区切りが良かったのでかなり短いです。
使用人と共に現れた桜は凜と乱に気づくと二人の元に小走りで近づいた。
「先程会いましたよね!そちらの方も私と同じ学校の人ですよね!」
些か興奮気味にかつ嬉しそうに笑顔で話しかけてくる。体中から喜びが溢れているのが見てわかる。
それは嬉しいよな。同じ境遇の人間でさらに同じ学校の生徒だと分かったら。
乱は真摯に桜に向き合う。
「確かに同じ制服ですね。先程は失礼しました。初めまして……ではないですけど蘭と言います。」
「私は坂本桜って言います! そちらの方は?」
桜が乱の後ろにいる凜を見る。
「初めまして凜と言います。乱の双子の兄です。」
丁寧に自己紹介をする。
「蘭ちゃんに凜くんですね。よろしくお願いします! えーと、二人の名字はなんて言うんですか? 同じ学校なら聞いたことぐらいあるかもしれないですし!」
「ないわよ。」
「え?」
乱の簡潔な答えに呆けた声が出る。
「私達のいた世界の日本には名字はないわ。残念ですね。私達はきっとよく似た別の世界から来たのよ。」
悲しそうに眉を下げて嘘を告げる。その様子は儚げで触れれば壊れてしまいそうで桜はそれを事実として受け取ってしまう。
「あ、そうなんですか……少し残念ですが同じ状況の人がいるだけでもすごく心強いです! これから一緒に頑張りましょう!」
ガッツポーズをして笑う桜はとても好印象で乱と凜は少しだけ目を見張った。
「えーと、これって席は決まっていますよね?」
「坂本さんはこっち俺の隣。」
凜が椅子を引いて席を示す。
「ありがとうございます。わー! 美味しそうな料理ですね!」
椅子に座りながら沢山の料理に目を輝かせる。
「他の方はまだ来てないんですか?」
「うん。もうすぐ来るだろ。」
凜のその言葉通り十分もしない内に貴族達がやって来た。幾人かの貴族に三人は話しかけられたが内容はどれもこちらを持ち上げおだてるものだった。中には娘、息子を紹介してくる者もいた。しつこく話しかけてくる者もいたが王族が食堂へと入ると大人しく席へとついた。
「さて、皆集まったな。今日は異世界より召喚された者がようやくこの王宮へ招くことが出来た。今宵はそのささやかな歓迎会だ。おおいに食事を楽しんでくれ。」
ユーノが杯を持ち上げそれに合わせて他の人も杯を持ち上げる。
やっとご飯だ! 凜は表情を変えず目の前の料理にがっついた。綺麗な所作だがかなりのハイペースで料理が消えていく。
これは箸、いや、ナイフとフォークが止まらない。しかし、ガンジさんの所には箸はあったのにここにはないのだろうか。
ちょっとしたことが頭に引っかかったがすぐに気にするのは止めた。
大した問題じゃないか。文化が流行るかどうかはその時、その場所による。ここじゃなやらなかった、以上だ。よし、食べる。
凜の食事スピードは落ちることなく誰よりも早くその手を止めた。
「凜くんもういいんですか?」
「うん。料理が美味かったから手が止まらなくて気づいたらお腹いっぱいになって。」
「確かに美味しいですよね……さすがに毎日はきついですけど。」
困ったようにはにかむ桜はどこか愛らしさがある。
「桜さんよく食べますね。私も大食いの自覚はあるんですけど──同じくらい食べてませんか?」
乱が凜を越えて桜の皿を覗く。桜は既に凜より沢山の料理を食べていた。凜の速さに驚いていたわりにそれ以上の速さで食べていたのだ。
「あはは、ここに来たばかりの時も皆さんに驚かれました。少し恥ずかしいですね。」
頬掻きながら少し照れたように笑う。
「大丈夫ですよ。私もほら、沢山食べてますから一緒です。」
乱が優しく笑う。それにつられて桜も嬉しそうに笑う。二人に挟まれている凜はどこか居心地が悪くなる。
「うむ、異世界の者同士とあって話ははずんでいるようだな、良かった。皆の者、一度食事の手を止めてもらっていいか。」
ユーノの落ち着いた声が食堂に響く。ユーノの声に全員の手が止まる。
「既に皆が知っている通り『異空間召喚』で召喚された者が全員集まった。私はとても嬉しく思う。これでこの国に安寧が訪れたも同然だ。」
ユーノがとても満足気な顔を三人に向ける。しかし、それはすぐに悲しみを帯びた顔に変わる。
「だが残念なことに聖女は一人だけと決まっている。故に、三人の中からただ一人の聖女を選ばなければならない。」
それはそうなるか。凜は冷静にその事実を受け止める。何故かは分からないが伝承でも一人だってされているしな。
「それで選出方法だが、単純だ。一瞬間後三人には光の魔法を試してもらいその中で一番長けていた者を聖女にしようと思う。先の悪魔と魔王との戦い。実力がなければならないからな。」
食堂がざわめく。
わざわざ一人に絞る必要が……。聖女は一人だと決まっている……。しかし、それでは選ばれなかった者は……。市井に送られるのでは……。それはあんまりでは、王宮に……。だが、無意味に国庫を使うのは……。それなら金を渡して市井に……
様々な意見が飛び交う。しかし、徐々に選ばれなかった者は市井に送るという方向に傾いていく。
市井に贈られるのは困るな。市井で帰る手段が見つかるとは到底思えない。『異空間召喚』の魔法陣がある王宮になんとしても留まらないと。是が非でも乱には聖女になってもらいたいが……ま、乱なら大丈夫だろ。
「皆の者、少し落ち着け。選ばれなかった者に関しては聖女の補佐としてこの王宮に残ってもらう。仲間がいた方が心強かろう。──三人ともこちらの事情に巻き込んでおきながら勝手ですまない。」
一国の王が頭を下げる状況に貴族達がどよめく。
「頭を上げてください! この国が大変なことになっているのは十分に分かっていますから。」
桜が慌てて王に声を掛ける。
「すまない桜よ。その慈愛の心に敬意を表す。して蘭、凜はこのような勝手を許してくれるか?」
懇願の瞳で二人を見る。しかし、その瞳の奥には断らせない、逃がさないという強い意志が見え隠れしている。断る選択肢はないようだ。
「構いません。国の一大事ですから。」
胸に手を当て乱が国王に答える。凜もそれに合わせて首を縦に振る。
「そうか──そうか! 心から感謝する……! 詳しいことについては後ほど連絡をする。──さあ、堅苦しい話はここまでにして引き続き料理を楽しんでくれ!」
その言葉で再び食堂に明るい賑わいが灯る。しかし、凜はどうも腑に落ちないことがあった。
この国はそこまで悪魔によって被害を被っているか、だ。この世界に来てから悪魔には何度か遭遇しているが何も光の魔法でしか倒せない訳でもない。それにそんな数もいるとは思えない。…………ここの人間に気を許したらいけない気がする。どうにも嫌な予感がする。
杯の水を飲みながら凜は言い様のない不安を感じていた。