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お久しぶりです。いつも投稿が阿呆みたいに遅いので今後一話をなるべく長くしていこうかと思いました。目安としては1万字前後を目指していこうかと。

 去っていく瑠依の背を見ながら凛は賢者のことを考えていた。


 あの男の言った通りガンジさんが殺されるかもしれないところだったのか……? 乱が暴れるのは想定済みではなかったということか? だけども王宮から人が遣わされたのは事実であることは確かだな。でもどうしてそれが分かったんだ……?


 言い様のない気味の悪さを覚える。


 あの男の言葉の通り王宮に向かうのはいいが一体何が待ち受けて――――。


「――――ん! 凜! どうして王宮に行くなんて!」


 思考がある程度落ち着いた所で乱の言葉が耳に届く。


「それはさっき言った通りだ。帰る方法を見つけるためだ。」


 事実それはここに来てからずっと思っていたことだ。王宮とまでは行かずとも王都の図書館には足を運ぼうとは思っていたし、王都に住むことも考えていた。その矢先に賢者の誘いだ。あんなものただの切っ掛けにすぎない。


「だとしても……! 私は――――俺はここを離れたくない! ガンジさんともう少し……!」


 乱が切実に訴えかける。ここまでの乱は珍しい。地が出ている。それも仕方ないだろう。ガンジのように普通に接してくれる人なんて乱の周りにはほとんどいなかった。凜もガンジとは離れ難いと思っている。だが、ここにいても何も進まないことは二人ともわかっている。


「なんだ乱。まるで親離れできねえ子供(ガキ)みてえだな。」


 かはは、と笑う。


「なっ、そんなんじゃ!」


 乱が少し怒った声をあげる。そんなふうに言われたのは初めてだった。


「お前さん達がいるべき場所はここじゃねぇだろ。どっとと自分達の世界に帰る方法を探しやがれ。」

「俺は本当にガンジさんと……」


 ガンジが帰るように促すがそれでもすがろうとする。

 ガンジから笑みが消える。


「いい加減にしねえか! お前さんには家族がいるだろう! 本当の家族が! いつまでもここにとどまってどうすんだ! 向こうでお前さんらを待っている奴らがいるだろう! お前さんらも会いたい人が、大切な奴らがいるだろう! ここはお前さんらがいるべき場所じゃねぇだろ……!」


 それは本気で乱を叱った言葉だった。メータ・シルフィードが来た時よりも強い口調だ。


「俺はお前さんらが好きなんだ。だからとっととこんな所から離れて元の世界に帰ってくれ。お前さんらがいるべき世界によ。」


 ガンジの心からの思いだった。1ヶ月と短い時間だったが久しぶりの誰かとの暮らしはとても充実しており、二人のことを我が子のように思っていた。


「でも……やっぱり――――。」


 顔を伏せながら乱が呟く。ガンジが少し呆れながら乱に近づく。


「――――男だろ、根性見せろ。」


 乱の胸に拳を当てる。乱が顔をぱっと上げる。


 ははっ……、ここに来て男扱いって狡くない? 応えないわけにいかないじゃないか。


 乱は思い切り息を吸う。


「ああ。俺は絶対帰るよ。」


 異世界に来てから一番かっこいい笑顔で答えた。





 夜、ガンジと凜がいつもご飯を食べている席でお茶を飲んでいた。乱はすでに眠りについている。


「ガンジさん。昼間はすみませんでした。乱のせいでいたずらに騒ぎを大きくして。それと勝手に出ていくことを決めてしまって。」


 頭をテーブルに着く勢いで頭を下げる。


「別に気にするこたあねえよ。それよりもお前さんらの方が心配だがな。乱のやつ上手くやっていけるんか?」


 ガンジが不安そうに凜に訊ねる。ガンジが不安に思うのも無理もない。ここにいる間乱は凜も少し驚くほど自由で感情を発露させていた。


「大丈夫ですよ。乱がああだったのはガンジさんに気を許していたのと気を張る必要のある人がいなかったからですよ。元いた場所だと色々我慢を強いられてきたんですよ。」

「女装もそうか?」

「それはあの子の趣味です。」


 まあ、女装もある種の制約の一つだけども。元からあれに関しては本当に趣味だ。


「私達の家は代々長男が継ぐことになっているんです。」


 厳密には一番才能のある子供だが長男とした方が話が通りやすい。


「それで長男である乱は昔から跡取りはこうあるべきという人物像を叩き込まれていたんですよ。ああ、でも日常生活まではそうではありませんでした。跡取りであるべき時だけでした。でも幼い子供に使い分けはなかなか難しいですし、平時でも感情の発露は抑えるよう言われてきていました。簡単に言えば我慢しろと。」


 ここまでガンジは静かに聞いてくれている。凜は少し緊張しながらも話し続ける。


「乱はなんでも卒無くこなしていました。修行も勉強もなんのその。まあ料理だけは駄目でしたけど。でもそれが乱にとっては当たり前だったんですよ。全てを卒無く一点の瑕疵も許さない。だからここに来て魔法も物凄く頑張っていましたし。」


 凜も全ては知らないが乱が努力をしていることは知っている。天才であろうとする努力を。


「でもガンジさんみたいに乱が完全無欠でないということを知っている人は乱にとってはとても貴重なんですよ。感情を発露しても許される。突き詰めなくてもいい。それでも人間の枠を越えているんですが。」


 乱は本当に天才だ。元が人間の枠を外れている。そしてそれを不断の努力で高め続けいる。


「だから大丈夫ですよ。あいつが本気でやる時はやりますし。聖女候補に選ばれたなんてなったらあいつは本気で聖女になりますよ。一部の隙もなく。」


 凜は一息ついてお茶を飲む。家と乱について他人に話すのは久しぶりだな。ガンジさんはどう思うのだろう。ガンジの方を見るといつもと変わらない様子だ。言ったことが伝わらなかったのかと少し焦るとガンジが口を開く。


「なるほどな。なら、大丈夫だな。」


 口から出たのはあっさりとした言葉だった。凜がきょとんとしていると


「お前さんが大丈夫って思ってんなら大丈夫だろう。一番あいつを見て来たのはお前さんだろ?」

「え、ええ、もちろんですけど……」

「かかっ、そもそも俺はそこまでお前さんらに不安は持っちゃいねえよ。」


 お茶を飲み干すとガンジが立ち上がる。


「さあ、俺はもう寝るとするか。お前さんは?」

「え、じゃあ、私も。」


 凜も慌てて立ち上がりお茶を飲み干す。


 えーと、もう話は終わりでいいのか……? もっと心配されるかと思ったけど案外信頼されているみたいだ。


「そうだ凜。お前さんは一体どういう生活を送っていたんだ?」


 その質問は乱のことしか話題に上がっておらず乱の育てられ方が普通とは違っていたのだ。当然疑問に思うだろう。


「私は育てられたというより選んだんですよ。乱の隣いることを。だから、育てられ方はなんというか、乱の隣に立っても遜色ないように自分で育つ方法を叩き込まれました。」


 なんてこともないように言う。


「つまりお前さんが選ばなかったらまったく乱とは違う育てられ方をしていたということかい?」

「たぶんそうだと思いますよ。最初はまったく同じだったんですけど一度逃げ出してそこから私が選ぶまでごく普通に育てられていましたから。そのままだったら今とは全く違う私が出来ていたと思いますよ。」

「なんというか……お前さんら普通じゃねえ育てられ方したんだな……」


 ガンジさんが呆れながら言う。事実その通りで苦笑いを返すので精一杯だ。


「では、ガンジさん。おやすみなさい。」


 階段の所まで来たのでガンジに挨拶をする。


「ああ、おやすみ。」


 そこでガンジとは分かれ部屋へと入る。部屋では乱が穏やかに寝ていた。カツラは取っており凜も見ることがあまり無い短い髪が枕に投げ出されている。それを見て少し口元を緩めた。


「おやすみ。乱」


 優しい小さい声で言った後一度伸びをして布団の中に入り眠りに着く。

 それは、ガンジの家での最後の夜となった。






「ガンジさん今までありがとうございました。」


 太陽が登りきる前、早めの昼食をとり終わり、凜がガンジにこれまでの礼を述べる。現在乱は荷造りのため二階にいる。


「はっ!いいってことよ。こっちもお前さんらを扱き使わさせてもらったんだからな。」


 かはは、いつものように笑う。心の中でもう一度ガンジにありがとうございました、と言う。ここまで穏やかに暮らせたのはガンジさんや村の人達のおかげだ。午前中には乱と一緒に村で世話になった人にお礼を述べに行ってた。


「そうだ。お前さんに渡したい物があったんだよ。」


 ガンジがポケットを漁る。取り出したのは青い石がついたネックレスだった。


「これは?」


 凜が手渡されたものをまじまじと見る。


「その青い石は俺が昔あちこちをふらふらと旅していた時に見つけたもんでな。それをちょっと加工して紐を通してネックレスにしたもんだ。乱には昨日ちょっとしたもん渡したからお前さんにはそれをやるよ。」


 青い石を見ると向こうが透けて見えるほど透明度が高かった。


「ありがとうガンジさん。大切にするよ。」


 かははっとガンジが笑う。それを真似したように凜もかははっと笑った。


 しばらくした後瑠依がやってきた。


「どうも昨日ぶりですね。こちらから少しした所に馬車を用意してあります。準備が出来ましたらそこまで案内致します。」


 凜と乱は既に準備を終えており瑠依に連れて行くよう促す。


「分かりました。では、着いてきてください。」


 瑠依に続いて家を出る所で乱が振り返り


「ガンジさん! 今までありがとうございました!」


 これでもかと言うほど笑顔でガンジにお礼を言う。ありったけの感謝を込めて。

 ガンジさんは片手を上げて応えるだけだったが乱にはそれで十分だった。


「お二人共この馬車に乗ってください。」


 瑠依に連れられた所には綺麗な装飾が施された白い馬車があった。馬車と言っても馬は魔法によって作られたゴーレムで疲れ知らずで馬より速く走る魔術がかけてある。

 単純な魔術だと魔法陣はとても簡単な物でそういったものはまだ使われている。

 馬車には凜、その隣には乱が。最後に瑠依が向かいに座る。瑠依が座ると馬車は走り始めた。


「そういえばあの男はどうしたの?」


 馬車が走り出して少しもしない内に乱が瑠依に訊ねる。あの男とはメータ・シルフィードのことである。最初瑠依は首を傾げていたが直ぐに気づいたようだ。


「隊長は先に王都に返しました。見事昨日のことはすっかり忘れていましたよ。良かったですね。」

「……ええ、それはよかったわ。」


 乱は少し腹の居心地が悪くなったがそれはおくびにも出さなかった。


「お二方の名前を聞いてもいいですか? 昨日聞きそびれてしまったので。」


 申し訳なさそうに瑠依が申しでる。

 それぞれ家名を名乗らず下の名前だけ告げた。


「凜様と蘭様ですか。家名はお持ちでは? 聖女、いえ、もう一人の聖女候補の方は家名をお持ちだったので。」

「いえ、ないです。それと様はいりませんので。瑠依さんの方が年上でしょう」


 凜は平然と嘘を吐いた。

 ここでは一定以上の者しか家名を持っていない。メル村にいた時誰も持っていなかった。村でもガンジさん以外に家名は名乗らなかった。これからもそうするつもりでいたが、もう一人の聖女候補が家名を名乗ったのか……。それで瑠依さんが私達に家名の有無を訊ねたということは何かそいつと類似点があったということか……?


「いえ、さすがに聖女候補の方には敬称を付けない訳にはまいりませんので。でしたら凜さん、蘭さんでよろしいでしょうか」


 瑠依の立場上おいそれと二人のこと呼び捨てには出来ない。二人もそれがわかったので首を縦に振る。


「ありがとうございます。凜さん、蘭さん。しかし、家名をお持ちではないということはあの方とお二人は別の世界の方なんでしょうか?」


 どうにも釈然としないようだ。


「……服が一緒なんですよね。違うところが見当たらない。ですが、あの方は誰もが家名を持っていると」


 蘭の服をじっと見つめる。もう一人の服を思い浮かべ違う点を探しているようだ。


「似たような世界から来たのではないかしら。世界がたった二つというわけではないでしょう。もしかしたらその方と私達は類似した別の世界から来たのではないのでしょうか?」


 乱が動揺することもなく答える。


「まあ、そうですよね。そこまで気にすることでもないですし。」


 思いのほかあっさりと瑠依は追求をやめた。少し疑問に思っていた程度なのだろう。


「そうそう。私ずっと気になっていたことがあったんですよ。」


 艶やかに微笑みながら瑠依を見つめる。嘘を吐くことを許されないと瑠依が感じ取る。


「王宮には召喚された者の位置を示す地図があるのでしょう? それがあるなら私達を迎えに来るのに一ヶ月も空くはずないと思うだけれど?」


 笑みを絶やすことなく穏やかに訊ねる。だがそれ故に恐怖がある。だが瑠依は平然としていた。


「それはですね――――」


 瑠依の話によるとその位置を示す地図は『聖女の地図』と言うみたいだ。名前がかっこ悪い気もするが置いておこう。この地図は召喚された者の場所を示すのだが数分間だけという。しばらくすると召喚された者の特異な魔力がこの世界に馴染んでしまい分からなくなると。


「一つは王宮にしっかり表れました。ですがそれ以外に二つ。一つはシルフ王国とブルガ帝国に一つでした。」

「ま、待ってください。それは本当ですか?」


 凜が慌てて訊ねる。だってそれはおかしいのだ。


「ええ、間違いありませんよ。」


 嘘を吐いているようには見えない。そもそも嘘を吐いても意味が無い。つまり本当のことということ。

 凜と乱はありえないと同時に思った。

 二人が目を覚ました時確かに一緒にいた。別の地点に印が出るのはおかしい。そもそも二人が目を覚ました場所はユノメリア国内だった。

 もしかして龍樹が……? いや、それだと数は合わないから龍樹はこの世界に来ずに済んだんだな。仮に龍樹が来ていたとしても印が別の場所に示された理由にはならない。

 もしかしてあの賢者がバラけていた私達を一緒にしてくれたのか? あの賢者なら可能だ。一瞬で人をあそこまでの距離を転移させる魔術があれば可能だ。現段階ではその可能性が高いか。だが、これも一応調べておくか。どうにも嫌な気分がする。


「国外にいたということであの方の持ち物が体から離れて地図に表れたということで見送っていたのです。シルフ王国、ブルガ帝国から人間が迷い込んだという報告は受けませんでしたので。」


 それは、そうなるよな。ブルガ帝国はほぼ国交がないと言っても神獣達は基本穏やかで人間が迷いんでもしっかりと送ってくれる。シルフ王国はユノメリア王国と親交が深いから『異空間召喚』について知らされているはずだからすぐ知らせるはず。


「でもそれならどうして今頃になって私達のところに来れたのかしら?」


 乱は心底不思議そうに訊ねる。それはそうだ。地図にはもう示されないんだ。どうやって来たんだ?


「あの方が突然『メル村に私と同じ力を感じる』と言ったのですよ。聖女候補の、いえ、その時は聖女でしたがお言葉を無下に出来るわけもないですから使い魔を飛ばしてメル村の村長とコンタクトを取ったところ私達が召喚を行った頃新しい見たことの無い服を着た人間がやって来たと。それで地図の二つの印、聖女のお言葉とからあの方以外の召喚された者が、といった感じで一ヶ月経ってしまいました。」

「なるほどね……それはそうなりますね。聖女は一人のはずですものね。」


 乱の言葉に瑠依は頷く。


「こんな具合ですよ。一ヶ月の真相は。」

「いいえ、十分でしたよ。ありがとうございました。」


 乱が笑顔でお礼を述べる。先程のような雰囲気ではなく、馬車の中は緩やかな空気となった。


「いえ、この程度でしたらいくらでも。ところでお二人はキョウダイでしょうか?」


 馬車は速いと言っても着くのは夜になる。時間は沢山あるのでそれを潰すための質問だろう。あまり興味はなさそうだ。


「確かに兄妹(きょうだい)ですが、双子で一応俺が兄で、乱が妹です。」


 瑠依が少し目を見開く。


「双子でしたか。それにしては似ていませんね。」

「まあ、双子だからといって似るわけではないですし。瑠依さんはキョウダイなどは?」


 凜が訊ねる。話の流れ的に自然な問だ。


「……弟が一人いますね。」


 少し間を置いて答える。


「弟さんとは仲が良いのですか?」


 何かあると踏んで乱が笑顔で間には気づいていませんといった体を装って突っ込む。


「いえ、最悪ですよ。」

「…………それは、すみませんでした。」


 乱も一瞬閉口してしまい、謝るのが遅れた。瑠依から間髪入れず出た言葉は恐ろしいほど平坦で乱がいくつか予想していたものとどれとも違っていて驚いた。

 そんな乱の様子に気づいたのか眉尻を下げ申し訳なさそうにする。


「気にしないでください蘭さん。最悪と言っても趣味が恐ろしいほど合わないということですので。私は特に気にしませんので、謝ることではないですよ。」


 あくまで平坦な声でそこに感情はない。本当に何も思ってないみたいだ。馬車に重たい空気が溜まる。

 ここまで感情を出さないってことはわざと抑えているってことか……?

 凜が怪しむと瑠依と目が合う。顔に出ていたのだろうか。目があった手前黙っているのも変なので口を開く。


「……正直なところ俺はあなたが弟をどう思っていようと興味はないんですよね。あ、そういえば瑠依さんは何歳なんですか?」


 前半思っていたことを素直に言ってしまいまずい、と思い話題をなんとか変える。瑠依さんは特になんとも思うことなく答えてくれた。


「23歳ですよ。それと敬語も敬称もいりませんので。童顔なのでお二方と同じ年齢に見えるでしょうし。」

「年上の方に敬語と敬称を取るのは難しいのでそれはまた今度でお願いします。それと童顔というより顔が小さいんですよ。俺は普通に20歳超えていると思っていたので。」

「それは本当ですか。若く見えることが多かったので嬉しいですね。」


 あくまでも穏やか。先程の平坦な感情が少しも感じ取れない声は嘘のように消えていた。

 凜と乱は瑠依を要注意人物の一人に位置づけた。感情が読めないということは思考も読めない。この先もし瑠依が敵に回るようなことがあったらとても厄介な人物としてチェックをつけた。


「私の話はここまでにしてお二人の世界の聞かせて貰えませんか?」

「私達の世界ですか?」

「ええそうです。他の世界の話を聞くなんてまず絶対ないでしょう。」


 瑠依が嬉々とした目をこちらに向ける。


「確かにそうですね。でしたら、こちらからも質問にも答えてくださいね。」


 乱がここぞとばかりに条件をつける。


「もちろんいいですよ。時間はまだありますから。」


 瑠依はそれを喜んで迎い入れた。

 それから王都に着くまで乱と瑠依の質疑応答が果てしなく続いた。その間凜は暇そうに外をずっと眺めていた。





 太陽が沈み月が顔を出し、星が無数に輝いている。

 凜が気怠そうに空を見ていると城壁と門、さらにそのずっと奥に大きな城が見えた。すぐに王都だと気づく。

 馬車は徐々にスピードを落とし門の前で止まる。


「王都に入るには一度門番に検査をされてから入ることになっているので下りてもらってもいいですか?」


 三人は馬車から下りて検査を受ける。門番は三人に白い粉をかけると粉をじっくりと見る。


「問題はないようですね。精神汚染の反応もなし。馬車の方もおかしな所はない、と。お名前はなんと?えー、瑠依様、凜様、蘭様。家名は御三方とも無し、と。ご協力感謝致します。どうぞお通り下さい。」


 門番そう言い門柱の魔法陣に触れると門が開く。門の先には煌びやかな街が広がっていた。


「ここから先は馬車は必要ないのでこちらの馬車を騎士団三番隊厩に届けておいてください。」


 瑠依が門番にそう告げると門番が驚いた顔をする。


「もしかして三番隊副隊長の瑠依様ですか!? もしやと思っていたのですが」

「様いりませんので。ただのしがない平民上がりですので」


 瑠依が困ったように笑う。だが門番は興奮していて困っていることに気づかない。


「だからです。平民で副隊長までなった方は数少ないので。さらにその若さで! 平民の憧れです!」

「少ないだけで不可能ではないので。それに私は運が良かっただけですので。それではお仕事頑張ってください。」


 瑠依は早々に話を切り上げて門を通る。瑠依が通ると門は一人でに閉まった。凜と乱はすでに街に入っており、瑠依を待っていた。


「申し訳ありません。少し捕まってしまいました。」


 二人の元に行くなりすぐさま謝る。それにしても瑠依は有名人みたいだな。平民で副隊長、確かに有名にもなるな。


「いえ、大丈夫ですよ。これからどうするのですか? すぐにでも王宮に向かうのでしょうか?」

「いえ、さすがに遅いですし馬車には慣れていないようですか疲れているでしょう。王宮には明日行きましょう。今晩は私の家に泊まってください。」

「いや、さすがにそれは……」


 凜が難色を示す。さすがに昨日今日会った人の家に泊まる訳にはいかない。それに乱は女だ。いや、男だけども。今は女だ。知らない若い男の家に泊まらせる訳にはいかない。


「安心してください。僕は外に出ますので。」

「それはもっと駄目です!」


 とてもじゃないが決まりが悪くて泊まれる訳が無い。凜がなんとか瑠依を説得しようとするが首を縦に振ることなく瑠依の家で一晩過ごすことになった。家主はもちろんいない。



「騎士団の人の家のわりに大きくないわね。それに物もないわ。」


 凛が風呂から上がると突然そんなことを言ってきた。乱の言葉通り瑠依の家は最低限の部屋と物しかなかった。


「お金持ちが全員大きな家を持ってるわけじゃないし、物も大量に持ってるわけないだろ。」

「それぐらいわかるわよ。そうじゃなくて無さすぎるのよ。台所なんてフライパンと皿と箸しかなかった。」


 布団に腰かけながら平然と台所を盗み見たことを告白する。いつの間に見たんだか。


「凜がお風呂に入ってる間に決まってるじゃない。」

「……壊したりしてないよな?」

「しないわよ! いったいなんだと思っているの!? 人様の物を勝手に壊したりしないわ。今回は戸棚を開けただけよ。」


 今回は、か……。適当にかまをかけたけど見事当たったみたいだな。知り合いの家でないことを祈ろう。


「てか、髪の毛ちゃんと乾かしなさい。痛むよ。」

「めんどい。どうせすぐ乾くからいいだろ。それより明日国王に会うから大人しくしろよ。昨日みたいなのは御免だからな。」


 凜が忠告すると後ろめたい声で乱がわかったと返事をする。さすがに反省しているようで、凛は一安心した。


「さて、私は本を読んでから寝るけど乱はどうする?」

「私は朝ごはん買ってくる。まだ外は灯りが沢山あるしお店やってるみたいだし。」

「了解。あ、行くならカツラとって男で行け。危ないから。」

「心配性だなー。ほら、外して行けばいいんだろ? じゃ、行っくる。」


 カツラを凜に放り投げ家から出る。歩き方は普段の美しい歩き方ではなく荒々しい歩き方だった。誰が見ても乱と気づくことは無い。

 凜はハギから借りている魔術の本を読み始めた。村から出て行くとき返そうとしたが断わられてしまいそのまま持ってきている。

 基本覚えたことは人は忘れないが思い出せないことはある。

 昔師匠から教えられた言葉だ。それをずっと心に刻み凜は毎日一度は本に目を通している。思い出せない、ということがないように。見たかった部分を見終えると本を閉じる。


「片付けるか。あの魔術は魔法陣がえらく難しいんだよなー。最近使ってないけどいけるか? まあ、物は試しだろ。」


 虚空を見つめて魔法陣を思い浮かべる。魔力が体から消えるのが分かる。宙に複雑な魔法陣が現れる。それを見て小さく、よし、と言うと陣に向かって本を投げる。本は陣に綺麗に吸い込まれていった。

不覚空間(ヴァニティルーム)』――――視覚出来ない空間を作りそこに収納が出来る。魔法、魔術両方にあるもので魔法で会得するのは難しい。


「これ本当に便利だな。でもこれ一体どういう構造なんだか。視覚出来ないということは四次元なのか? だとしたらこれを編み出した人はかなり凄いな。だがそれにしても魔法の呼称で漢字とカタカナというより英語が混じっているのはなんなんだ? 確か前の聖女が伝えたとされているけどわざわざどうして?」


 凜がこの世界来てからずっと不思議に思っていたのは言葉だ。自分達と同じ言葉を話す。そしてそれが聖女によって定着させられた。どうして聖女がそんなことをしたのか謎だが死人に口なし。解き明かす術がなくずっともやもやとしている。


「ふあ……。考えても仕方ないか。乱はしばらく帰ってきそうもないし寝るか。」


 凜はベッドに潜りこんだ。


「温い。」


 そう一言呟いて目を瞑った。



誤字脱字ありましたらご報告お願いたします。

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