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お久しぶりです。
メータ・シルフィードは向上心の高い騎士だ。
――いや、これは彼が騎士になりたての時の評価だ。現在の彼の評価は
出世欲しかない馬鹿な騎士だ。
だが、そんな評価でありながら周りからの好感は高い。出世に少しでも関わるものであれば全精力をつぎ込み職務を全うする。人に対しても蹴落とす、ということはせず、己の力のみでのし上がることしか良しとしない。
先程の評価だがまた訂正させていただこう。
彼は出世欲しかない馬鹿真面目な騎士だ。
今回の聖女候補のお迎えの騎士に抜擢されたのもそういった評価があるからだ。彼は断ることはもちろん。難色を示すことも無く。喜んで聖女のお迎えへと旅立った。
しかし、忘れてはいけない。彼は出世欲しかない馬鹿真面目な騎士だ。馬鹿真面目な前に出世欲の塊だ。聖女のお迎えの騎士に抜擢されてから彼の頭には聖女を無事王宮へ連れて来、出世する。という未来しか見ていなかった。傍目からもわかりやすいほど。
その出世欲は乱にはお見通しで、そんな出世欲でガンジの生命が危ぶまれたとなっては我慢が効かず強制的に意識を落とした。
乱の目の前にはメータ・シルフィードが力なく横たわっている。メータ・シルフィードの意識が切れたのでガンジにかかっていた魔法も切れていたが動けずにいた。なぜなら乱の雰囲気が今まで感じたことの無いものだったからだ。
冷気でも出ているのではないかという冷たさ。目には感情などなく無慈悲にメータ・シルフィードを見下ろしている。
ガンジはどう声をかければいいか分からなかった。ただ呆然とするしかなかった。
二人が微動だにせずいると
「乱! ガンジさん!」
凜が息を切らしながら戻ってきた。
凜は家の中の状況を観察した。寝転がっている騎士と思しき男とその前に佇む乱を見て凡その状況を理解した。凜は乱に近づくと拳を躊躇なく振り下ろした。
「いったあ!」
鈍い音とともに乱から高い悲鳴が漏れた。
「もっと穏便に済ませることぐらい出来ただろう! 馬鹿が!」
凜が腹の底から怒鳴る。
乱であれば相手を会話だけで引かせることも十分出来たはずだ。
「だって! それはこいつがガンジさんを罪人として連れて行くって言ったのよ! ガンジさんを罪人として! ガンジさんを殺すって! 会話だけで済ますはずないでしょ!」
「それで事を荒らげたらますます酷いことになることぐらい分かっていただろ! お前は感情で行動し過ぎなんだよ! 天才が聞いて呆れる」
「はあ、なによ? じゃあ凜だったらもっと上手くられてたって言うの?」
「やってた。意地でもやってたさ。」
「意地でもやってたさって! 気持ちの問題なの!?」
子供の喧嘩みたいだな。ガンジは呆れて二人を見ていた。完全に蚊帳の外だ。
「必ず成し遂げてやるってことだよ! それお前だって分かるだろ、この男が一人で来ている可能性が低いことなんて。単独で来ることなんてまずないだろ。」
「たとえ他にいたとしても全部私が御してガンジさんを守る!」
「…………。」
凜は呆れた顔をした。乱が本気で大真面目に言っているからである。奇妙な沈黙が下りる。
「か――かははは!!」
ガンジが笑い声を上げる。ここまで大笑いするガンジを二人は初めて見た。
「かかっ! 俺を守るか。そうかお前は俺のためにやってくれたんだよな。ありがとよ。」
感謝を述べながらガンジは乱に近づき頭を撫でる。
「だけどな……ふん!」
「いたあ!」
本日二度目の拳をお見舞された。
「お前さんはあんなことする必要はなかったんだぞ。王都に行けばお前さんの言葉で俺は簡単に無罪放免になるわ。もしかしたら未来の聖女かもしれねえからな。王様に次ぐ発言権があるぞ。」
かははっと笑い乱の頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。
「うう……ごめんなさい。」
乱は素直に謝った。乱とてその事に気づかなかった訳では無い。感情任せに動いて事態を面倒なものにしてしまったことを悪いと思っての謝罪だ。
「さて、こいつをどうするかな。」
床にのびている男を全員が見下ろす。起きる様子はなさそうだ。起きてこられても困るのだが。
「外に捨て置けばいいんじゃない?」
乱がおざなりに答える。ガンジと凜が白い目を向ける。
「さっき凜も言ってたが単独で来るってことはまずないだろ。他にも騎士がいるんじゃないか? もし他の騎士に放置している所を見られたらそれこそ捕まるぞ。」
ガンジが諭すように言う。だが、続けて、俺も正直そこら辺に放置しておきてえけどよ、と言う。凜も小声で俺もと言う。
三人の共通認識としてメータ・シルフィードはどうでもいい存在となっていた。
「……俺が村の方まで行って連れがいるか見てくるよ。」
このままでも事が進まないと思った凜が提案する。
「どうせ同じような格好をしているだろうしすぐ見つかるよ。」
凜が村に行こうと玄関の戸を開けるとそこには若い男が立っていた。服は派手ではないがしっかりした布で出来た上質なものだと分かる。
「お取り込み中だったみたいで少しここで待っていたのですが――。」
男は凜の背後を盗み見て
「そこで寝そべっているのはメータ・シルフィードで間違いないですか?」
これは、不味い。
そこに立つ男こそ凜が今から探そうとしていた連れの騎士だとすぐさま気づいた。
どうする。これは今とても疑わしい状況だ……。――いや、別に乱がそこの男に危害を加えた所を見た訳では無い! ここはこの男が倒れていた所を助けた体でいこう。ああ、そうしよう。というかこの男の名前初めて知ったな。
凜は突然のことに上手く頭が働いていない。杜撰な計画しか思いついていない。
「名前は知りませんがお知り合いの方ですか? どちら様で。」
「これは失礼しました。私は王国騎士団三番隊副隊長留依と言います。留守の留に依存の依で留依と言います。」
落ち着いた声で自己紹介をしながら騎士の勲章を見せてきた。勲章には三つの星がついており騎士団の三番隊だとすぐ分かる。
「確かに騎士のようですね。」
凜が納得すると勲章をしまった。
「納得して頂いて良かったです。私はその男を回収しに来ました。その男がそこでそうなっているのは大方予想がつきます。どうせ地位や名誉のためにあなた方に不快な事をしでかしそれで当然の報いを受けたのでしょう。」
やれやれ、といった感じで呆れている。
こういったことは何度もあり慣れているようだ。
留依は家の中に入りメーター・シルフィードを担ぎ上げる。その動作は淀みなくなんども担ぎあげてきたのが伺い知れる。
「さて、この状態で失礼なのですが――お二人は異世界のかたですか?」
凜と乱を見て問いてくる。二人とも素直に頷いた。この人相手に嘘をついても意味が無い。そんな漠然とした確信が二人にはあった。
「やはりそうでした。それにしても合流されたのですね。さすが聖女候補ということですか。では、この男も言ったと思いますが改めてお二人を王宮にお誘いさせていただきます。この阿呆――いえ、失礼。この男が無礼を働いたのを承知でお誘い申し上げさせて頂きました。本当に――虫のいいことですよね。」
凜と乱の顔を真っ直ぐ見つめてくる。乱は冷たく留依を見ている。
今の留依の言葉――虫のいいことってところ別の意味を含めてたな。男の無礼じゃなくて勝手に呼ばれてあまつさえ助けを求める王宮の人間全員に対するものか。
凜の中で留依に対する好感が少し出てきた。
「本当に、虫がいいわよね。それとその男も王宮にいるのでしょう。報復が怖くて近づけたものじゃないわ。」
「それなら問題ないですよ。都合の悪いことは全部忘れる性質なので。」
「それは、なんていやあいいのか……人生楽しそうだな。」
ガンジが思わず言葉を吐く。ええ、楽しそうですよ、と恨みが幾ばくかこもった声が返ってきた。
「それとその男がいなくても行かないわ。」
「なるほど、わかりました。では来ないということで王宮には死んでいたと伝えますね。そうすれば二度と王宮から人が――」
「――待て、俺は行かないとは言っていない。」
留依の言葉を遮って凜が意思のこもった声を発する。
「は――!? 凜!? 何を言ってるの!」
乱が今にも掴みかかりそうな勢いで凜に向かって吠える。理解出来なかった。凜がその選択をすることが。
留依も目を瞬かせ驚く。彼にとっても予想外みたいだ。
「王宮で知りたいことがある。ここでは情報が圧倒的に足りない。帰る方法を探すためだ。」
なんともちゃんとした理由だが、乱は訝しんでいた。何か隠している、と。
「ああ、そういうことですか。」
留依が納得した声を上げる。そして初めて笑った。
「何かおかしいか?」
凜が睨め付ける。
「いえ、帰ることを諦めないその姿勢に好感を持っただけです。出立はいつ頃致しますか? 早ければ今すぐにでも可能ですが」
「明日の昼だ。」
間を置くことなく答える。
「わかりました。明日の昼にこちらに伺います。ではこれで。」
頭を少し下げて留依が家から出ていった。
中途半端な終わりとなりましたが、続きは早めにアップしたいと思います。もう少しで村ともおさらばです。