沖縄のレイアウト
慶福が定年退職した。送別会を終え、向いてない仕事からも解放されて、表情が晴れやかになっていた。加奈子はというと、まだネットショップのパートを続けていた。夫はしばらくレイアウト制作をしながら、ハローワークで仕事を探すことになる。
加奈子は、配送用の商品を梱包しながら、今後のことについて漠然と考えていた。いつか、ただの観光でもいいから、沖縄の自然を共に楽しみたいと思っている。夫があこがれ続けていた南の島。そこにどのようなこだわりがあったのか、知りたくなったから。
帰宅すると、シーサーの小さな人形が作業台の上に数体転がっていた。今度作るレイアウトに飾る予定なのだろう。その他に赤い瓦屋根の家が製作途中になっていた。沖縄の古くからある家屋である。夫は、沖縄に鉄道を通した情景を作り上げたいのだろう。ひとつひとつ手作りで仕上げられた、サトウキビ畑のサトウキビが精巧にミニチュアサイズで再現されていた。サトウキビ畑やパイナップル畑を潜り抜け、夫の列車は走りゆくのだろう。
最初は600×1800の小さなレイアウトだけど、すでに線路は敷きまわされていて、あとは少しずつ現実の情景に近づけていくだけだった。
加奈子は、レイアウトの完成と再現されるだろう沖縄の情景を心待ちにする。夫の知らない、生き生きとした表情が、はつらつとした感情を垣間見るにつれて、心血を注げるものがある人はなんて魅力的なのだろうかと思うようになった。仕事が終わってビール片手に、夢をぶち上げていた酔っ払いとは違う人間がそこにいた。
慶福が仕事を見つけてきたのは、数日後のことだった。行きつけの鉄道模型ショップの店長が高齢で、店のサポートとしてアルバイトを探しているとのことだった。夫はその場で、店長と面談して採用してもらった。
鉄道模型中心だが、他にもプラモデルなどを販売している、商品の扱い幅が広い店だった。おそらく夫の器用さと、営業の仕事で培われた、客あしらいが買われたのだと思う。
「給料は大したことはないが、これで商売の基本を覚えることができる」
「よかったわね。あなた」
もしかしたら、夫の無謀な夢が再燃する可能性もあったが、今の加奈子にはどうでもよかった。夫が元気を取り戻してくれたことが何より嬉しかった。
ラッカーやシンナーの臭いが強い作りかけのレイアウト、最初はその臭気に参っていたが、だんだん造形物として、具体的な姿を見せつつあるようになると、臭いによる違和感も少しずつ軽減されていく。
「プラモデルみたいなものだから仕方ないよね」
自分に納得してもらうために、独り言をつぶやいた。
レイアウトの山よりの際に斜めに交差した崖のようなものが見える。「あれは何?」と夫に訊いてみる。
「御嶽だよ。沖縄の聖なる場所、信仰の対象さ」
「今度、本物を見てみたいわね」
「そうだね」
完成したレイアウトを、シルバーの近代的な二両編成の車両が走っている。「何の電車なの?」と尋ねると「沖縄で唯一の鉄道であるゆ〇レールをフリーの車両として模型化したものだ」と答えた。「フリーって何?」と再度尋ねると、自由にデザインした実在しない車両だという。ゆ〇レールはモノレールであって、鉄道とは違うらしい。
アルミでできたような車体の列車は、いまいち農村を主体とした風景から浮いているように見えた。
「ねえ、もっとこの情景に合った色の車両はないかしら」加奈子は素朴な疑問をぶつけてみた。