夢の棚卸し
あれからひと月経つが、夫は晩酌後の夢を語ることがなくなってしまった。
自分の計画に関して予算的なダメ出しを食らったせいかもしれない。
PCを見てみたら、地図の履歴があり、米軍基地らしい囲われた部分と沖縄県の市街地が映されていた。
慶福の選んだ店舗予定地は、米軍基地の近くだったようだ。
二人とも、沖縄には足を踏み入れたこともない。だから住所を知ったところで、それがどのような立地条件なのかはわかるはずもなかった。
慶福は、家賃の安さにひかれて、基地近くの店舗を候補地に選んでしまったのだろう。
自営には素人の私でも、夫の計画はざるだということがわかる。なぜ、夫は沖縄での鉄道模型店経営を退職後の夢に選んだのだろうか。
そういえば、夫の夢に対して共感も、ともに語るということもなおざりにしてきた。その清算を今果たさなければ、夫は不調のままだ。
妻として、配慮に欠けていたことを振り返り、対話を持たねばと意識が変わる。
九月になり、少しずつ夏の気が抜けていく頃、暑さという苦手な気候から解放されつつある加奈子に元気が戻ってきた。
ある日の休日に、以前と比べて覇気が薄れている夫に、過去の夢について、話を振ってみることにした。
「ほら、依然よく話していた。沖縄で鉄道模型店をやるって話、進んでる?」
「ああ、あれはもういいんだ」
「何かあったの?」
「いいんだ。ただの夢に終わった」
「どこがまずかったのか教えてくれない。何かいい打開策を考えましょう」
夫の顔を覗き込むと、視線を宙にさまよわせた。しばらくして、頭の中の思考を確かめるように、ゆっくりと語り始めた。
「まず。船便になるため送料が高くなる」
「本土から遠いからね」
「前に大手の玩具店が扱ったけど、あまり売れずに撤退したらしい」
「そうなの。大手が手を引いたのなら無理目だわ」
「俺は、ただ単に人がやっていないことをやりたがっていただけかもしれない」
昔から、夫は奇をてらったようなことをするのが好きだった。夫との初めてのデートは、ダムの見学で、二人で放水を見た記憶がある。
この人の興味のベクトルを、このまま消えさせてはいけないと、直感が加奈子に伝えた。
「定年で、暇になったら、沖縄のレイアウトを作ってみない」
「大丈夫かな。レイアウト制作は金がかかるし、次の仕事先も探さなきゃならない」
「沖縄で模型店をやることを考えたら、レイアウト趣味ぐらい安い物でしょ」
彼の抱いているフラストレーションを、何かで発散させないと、その必要性を加奈子は感じていた。ならば彼が差し当たって熱中できる鉄道模型がいい。確かに趣味としてはお金がかかるが、下手にギャンブルにはまったり、事業を起こすよりはましだろう。
「本当にいいのか」
「仕事を探しながら、合間にね」
「レイアウトのことを考えたら少し元気が出てきた」
今までは、仕事が忙しくて、鉄道模型どころではなかった。もともと夫は手を動かすのが好きだから、これを機会に、夢を描いていたころの夫に戻ってくれるように祈った。
「日常のあらゆるものがレイアウトの材料になる」
夫の持っていた『レイアウトエクスプレス』という鉄道模型雑誌を何気なくめくったら、このコピーが飛び込んできた。レイアウト制作の許可が出てから、夫の目に映る日用雑貨はすべて宝の山に変化したように思える。夫の眼に輝きと力が戻ってきつつある。