夢の意味
私が、夫の夢について調べ始めてから三日経過した。
調べるにつれて、夫の計画が無謀な物だとはっきりしてきた。まず、模型店自体の経営には、資金が大分必要で、夫が調達できるであろう額を越えていること。たとえ格安の物件を借りたところで、利益を出すのは難しい。それに気候の問題もある。比較的平均気温の高そうな沖縄では、熱に弱い鉄道模型は変形する恐れがある。夫が見つけたらしい、格安の物件も何か裏がありそうだ。沖縄では水不足になることがあり、多くの建造物では雨水タンクを設置していると聞く。それが備わってないのかもしれない。
夫はなぜこんなことがわからないのだろうか。夢の真意とはなんだったのか。修羅場になるかもしれないが、そこを突き詰めていかなければならないと思い、加奈子は気が重くなった。
翌日、ネットショップのパートに出かける。アクセサリーやパワーストーンなどを販売し発想する業務だ。クーラーの効いたオフィスで注文を確認したり、メールを作成していると気が休まる。私が暑さに弱いということを、長年連れ添っていながら気づいていない夫に呆れていた。慶福自身は暑さに強く、冷房がなくても平気なことを自慢することがあった。それも空威張りなのかもしれない。
同僚の品川ゆかりと机の上をかたずけ、PCの電源をオフにして弁当を広げた。
「旦那さんさぁ。まだ夢を追ってるの」
「今回は本気らしくて滅入ってくるわ。調べたけど成功する可能性は低そうなの」
「夢の理由に欲求不満があるかもよ」
「確かに、今の仕事は合わないと言っていたわ。でも、もうすぐ定年だし」
「定年になれば、また気分は変わるわよ」
「そうかしら。それならいいんだけど」
ペットボトルのお茶を飲んだ後、デスクの前で軽く体を動かす。
座り仕事は楽だけど、肩がこるのが悩みでもある。特に年を取ると首の付け根が経年劣化なのか、不快感が付きまとう。PCなどという余計な機械ができたせいかしら。
仕事を終えて、近所で買い物を済ませ帰宅する。今日も慶福は、自慢の計画をぶち上げるのだろうか。
それを思うとうんざりする。老後の脱サラに夢を馳せるのもいいが、その何割が成功しているのだろうか。
とにかく、退職金をつぎ込んでも運営資金にはまだ足りないということをわからせなくてはいけない。
調理を済ませ、自分の分を食べる。大根と豚バラ炒めにオクラのサラダ、オニオンスープで夕食を済ませる。テレビをつけリモコンで適当に番組を変える。どこかでまっとうな第二の人生を考えてもらう番組はないかと探す。できれば、定年後は、再就職してもらいたいという気もあるが。当人が営業は苦手だと考えているから難しいだろう。
一時間後、慶福が返ってきた。ネクタイを緩め背広を脱ぐ。軽く汗をかいているようだった。軽い加齢臭が鼻先をかすめる。料理をレンジで温め、ビールを出す。今日、夫の計画の甘い点を突くのは無理だと感じる。夫自身、今日はローギアモードのようだ。無口なまま食事をとる。やがて酔いが回ってくるはずだが、いつもの元気はない。
「今日は大変だったの」それとなく探りを入れてみる。
「いや別に、仕事は普通だった」
ここで、夫のPCでネットサーフィンした時に、履歴をそのままにしていたことを思い出した。もしかして履歴を見たのかしら、でもまだ数日しか経過していないはず。
「ちょっと別のことで気疲れがあるんだ。今日は早めに休む」
夫は食事を少し残して、PCのある部屋へと歩いて行った。
何か避けられているような気がすると加奈子は思った。いつもなら、沖縄で展開する予定の自分の模型店について、とうとうと語るはずなのだが。それがない。それとも私の履歴を見て、自分の計画がいかに実現不可能か悟ったのだろうか。
もちろん無軌道な計画で、老後を振り回されるのは反対だったが、夫の夢を奪ったことになってなんだか悪いことをしたようなばつの悪い気分になった。
食器を片付けて、スポンジに洗剤を含ませて洗う。洗剤の泡が明かりを反射して、ケミカルで透明なあぶくに、人工的な彩を添えている。洗い桶には、油や食べ物の切れ端が泳いでいる。
翌日から夫は、夢を語らなくなってしまった。彼の支えになっていた希望が空蝉のように力のない物になってしまったようで、どことなく生気が失せたように感じられた。このままではいけないと加奈子は思った。しかしどうすれば、夫は元気を取り戻してくれるのだろうか。夢のハードルは、かなり高く個人のアィディアや計画では越えられないと思った。夢の代わりになるものはあるのか。加奈子は必死にそれを見つけようと思った。