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夫の野望

 ここ数年は地球が暑くなっているのか、それともクーラーの普及し過ぎなのか、熱中症のニュースをよく見かけるようになった。アスファルトの地面から陽炎が立ち上りガードレールと塀の境目を歪ませる。

 

 大崎加奈子(おおさきかなこ)は、たまらず近くの喫茶店に避難した。自動ドアが開くと外気とは違ったひんやりとした空気の層がおもてなしをしてくれる。席について無難なアイスティーを注文する。学生バイトのウェイターが、かしずくようにうやうやしくコップに入れた冷水をテーブルに置く。水を飲んで一息つく。


「いつから日本はこんなに暑くなったのかしら」


 小学校の時も、ここまでは暑くなかったはず。アスファルトはあまりなく、むき出しになった土の上を運動靴で歩いていたが、上から来る日差しにだけ気を配っていれば過ごせた。ときおり吹く風が量を運んでくれる。日差しのきつい時間帯は木陰や塀の影で休んだ。


 買い物袋を下げ、地獄へと舞い戻る。先ほど飲んだアイスティーは、毛穴から湯気となって立ち上ってしまった。頬の内側からざらざらした粘膜を癒していた氷の感触を思い出し耐える。ここより暑いところ、例えば沖縄を想像して堪えようとしてみた。ネットで見た沖縄のコバルトブルーの海を思い浮かべ、あの中に飛び込んだらどんなに涼しいだろうかと空想してみたが、一瞬頭を冷やす程度の効果しかなかった。


 自宅について、エアコンのスイッチを入れる。屋外の雑音と張り合うように音を響かせて唸り始める。

もやもやした熱気はすぐにどいてくれず。しばらく時間を稼がなければならない。

買ってきた、野菜や肉を冷蔵庫に入れる。ついでに冷凍庫をチェックしてみたが氷菓は残っていなかった。

程なくして空気が入れ替わる。崩れるようにソファーになだれ込んでリモコンのスイッチを入れた。

TVではアナウンサーが「北海道でも猛暑です」と汗を拭きながら訴えていた。

それを見てげんなりする。原発が稼働しないから猛暑なのか、それとも宇宙が地球に与えた天罰なのか。

非科学的な妄想が脳内で駆け巡る。


 学生時代理科の類は弱かった。雲が日光を反射するから曇りの日は何故か温かい。ならば晴れの日はもう少し涼しくてもいいはずだ。いやまてよ。温暖化の原因は石化燃料の煙だっけ。煙自体が熱いのかな。

考えれば考えるほど答えがどんどん遠方へ走り去っていく。いいや、もう考えるのはやめだ。

いつかお金を貯めて、アラスカかどこかの寒い地方に移り住んでやる。


 暑さが続くとどうにも考えが極端になるようだ。


 夫の慶福よしとみが帰ってきたのは九時過ぎだった。

夕食を準備し、ビールを注ぐ。

ビールを飲み干した慶福は、恒例の話題を切りだした。

「話がある。いずれ沖縄に移住しようと思う」

いつものことなので、はいはいと合いの手を打った。

「前からの夢だったんだ。沖縄に鉄道模型文化を根付かせるのが」


 沖縄のどこかに鉄道模型専門店を開く、夫の昔からの願望だった。

現在はリフォームの営業をしているが、もともと口下手で客をつかむのは苦手だった。

手先は器用なので、自分の得意なものを生かしたいと常日頃から熱弁している。

確かに、夫の器用さには目を見張るものがある。マガジンラックが壊れた時、近所のホームセンターから材料を買い集めて、量販店で安価に売られているのと同じような物を作っていたのを見ていた。

見た目も小奇麗で、主婦仲間に自慢したくなるほどだった。


「勝算はあるんでしょうね」

「最近、沖縄に移住する高齢者が多いんだ。彼らの中には昔を思い出して鉄道を懐かしむ人も出てくる。

ところが沖縄にはモノレールぐらいしかない。鉄道模型取り扱い店も少ない。うちの独占状態だ」

「そう都合よく行くかしら」

いつものやり取りで、最後に夫がビールを飲み干して怪気炎を上げる所で終わる。

ストレス解消の無駄話に付き合ういつもの儀式。そう思っていた加奈子だったが。


「今度は本気だ。店舗もネットで見つけた。移住しよう」

「お金はどうするのよ」

「退職金を充てるつもりだ。貯金もある」

夫は自慢げだった。アルコールが言わせているんだ。

「今はネットショップがあるし、沖縄でやる必要がないじゃない」

「ネットで見るのと、現物を見るのじゃ吸引力が違うんだ」

あくまでも自分のペースに持ち込もうとする夫。ここで私がしっかりしないとお金や老後の安定が夫の夢に吸い込まれてしまう。


「とにかく今は乗る気になれないわ。少子高齢化の時代におもちゃが売れるかしら」

「おもちゃじゃなくて模型。それに買うのは老人」

夫は自説が正義であるかのように力説した。

わたしは「はいはい」といつものように軽く受け流し、ビール片手にバラエティ番組に見入っている夫を尻目に、夫の部屋に入りPCの電源を入れた。


 鉄道模型店の運営、沖縄でのプラモデル屋の状況、沖縄県での不動産価格、子供の人口など、知識を得て生活を防衛せねばならなかった。夢見がちの夫に押し流されてはいけないとの思いで、キーボードを打ち

マウスを使った。







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