男装少女の奮闘1
一
ハノンから引き出した証言に基づき、数日かけて兵士総出で野盗を一掃して、ようやく領内の治安も落ち着き始めた。しかし、未だに領民の食糧事情は逼迫している。支援を取り付けるのが次なる急務だった。
「どこか手を挙げてくれる領主は?」
わたしはゲラーを執務室に呼びつけ、進捗を尋ねた。
「……申し訳ありません。方々に文を送ってはいるのですが……」
答えるゲラーの表情は曇っている。わたしは半ば確信しつつも、予想が外れてくれることを祈りながら、
「……まさか、ここでもフィリップが邪魔してるってことかい?」
ゲラーが苦りきった顔で頷く。やっぱりか。
「フィリップ王子が圧力を掛けているらしい、という報告は事実、上がってきております」
こうなるとフィリップを敵に回したのは完全に失策だったが、このアガムをフィリップの手から奪わないという選択肢はわたしにはなかった。どのみち、フィリップとの対立は避けて通れない障害だったと思って、あまり自己嫌悪に足を取られないようにしなければ。
「となると、フィリップを懐柔するのが先になりそうだね」
「本当に申し訳ございません、私の力不足で」
「謝らないで、あなたは悪くないんだから」
ゲラーは力を尽くしてくれている。わたしは微笑んで手のひらをひらひらさせた。
借り物に近い部下の中でも、信じて頼っていい人がいると分かったのが、わたしの気持ちを前よりもずっと安定させていた。補佐官のゲラーの前で、彼の顔色をうかがいながら言葉を選ばなくて良くなったのは特に大きかった。無茶なことでも、やりたいことをやりたいと言っていいのだ。
「しかし、ハノンの件があってなお、このような嫌がらせを続行されるとは思いませんでした……」
ゲラーが陰鬱な表情をさらに暗くして、額の脂汗をハンカチで拭う。
「それは私も気になっていた。……フィリップはああいう人物だけど、単なる嫌がらせでここまでするかな」
「と申しますと」
「私を警戒していることの表れかもしれないなって」
ゲラーの落ち窪んだ目が見開かれる。
私がハノンの身柄を賭けた教会式の審判で「奇跡の生還」を果たした話は、いつの間にか領内に広まってしまっていた。もしもフィリップがその話を耳にしていたとしたら、わたしを警戒する理由にはなる。
「……そうですな、天の階が近い今ならば、フィリップ王子が殿下を警戒する可能性はないとは言えません」
「ね」
あれだけ周囲にもてはやされている第一王子なのだ、フィリップは天の階に呼ばれ、神の加護を受ける自信を持っているだろう。ところが先ごろユーファウスに神の加護があり、教会の審判に勝利したという。そんな話、フィリップが見逃すはずがない。
わたしは顎に手を当て、
「でもフィリップは短気だからね。近いうちに痺れを切らして、使いを寄越してくると思う。私の様子を直接確かめたいだろうから。交渉できるとしたらそのときだ。それまで、私たちに出来る限りのことをしよう」
「…………」
ゲラーはなぜか、わたしの顔を食い入るように見つめている。なんだろう、朝食の食べかすでもついているだろうか。わたしは頬を撫でながら、首を傾げた。
「……何かついてる?」
「いえ、そんなことは」
ゲラーはぶんぶんと首を横に振り、かろうじて分かるくらい微かに微笑んだ。
「何でもございません。殿下のお見立てに私も賛成です。私も引き続き、支援要請を行います」
何でもないってことはなさそうだったけどな。わたしは目を瞬き、腑に落ちない気分で「頼むね」と言った。
三日後、噂をすれば影というわけではないけれど、フィリップの使いがやってきた。彼の金緑騎士、バルディである。