男装少女の孤軍奮闘2
二
夜に沈んだ森の深く。ジンは目当ての奇草をやっと見つけて、それを採取した。
人間の手のような形と厚みをした、ぶよぶよした葉は茎から切り離されても勝手にうねうねと動いている。ざらついた葉の表面から霧のように放たれている粉は魔力の結晶だろう。
「やれやれ。これを口に入れるのは俺でも御免だな」
昼間、あの王子が自分の提案に二つ返事で頷いたことを思い出す。自分の安全を全然どうでもいいと思っているわけではあるまい。それより優先すべきものを躊躇なく優先できる気質なのだろう。
しかしそれは王族らしい精神性ではない。ジンは経験上そう思う。むしろもっと身分の低い、個よりも全体の利に寄与することこそが最善とされる人々の精神性に近い。
病弱で父王にすら見放され、ただ王妃にのみ溺愛されていた末の王子が、どうやってあんな性格に育ったものやら。
ふいに、背後で草が動いた。
振り返ったジンは、その方向に馴染んだ気配を感じ取り、かすかに笑った。
「アランか」
呼ばれた男が太い樹の陰から姿を現す。
くたびれてくすんだマントをまとっている、長身の男。伸び放題の銀色の髪はぼさぼさで、顔のほとんどを覆ってしまっている。腰に帯びた剣だけが丁寧に手入れされていた。
「どうした?」
「分かっていることを訊くな」
アランは億劫そうにとけとげしく言った。
「なぜフィリップの元にいない?」
ジンはちょっと考えて、真剣な顔で、
「それが俺にもよく分からん。思いつき、みたいなもんかな」
「馬鹿なことを。俺たちにそんなものは起こらない」
ジンはアランと問答をすることのむなしさを知っているので、「そうだな」と素直に応じる。
「そっちこそ、エソナバクの皇帝はどうだったんだ?」
アランは緩くかぶりを振り、
「期待外れだった。堕落した魔術師など侍らせている男だ」
「……魔術師だと?」
ジンが顔色を変えて聞き返すと、アランはうんざりと頷いた。
「ああ。といっても、その魔術師のほうに近々見限られるだろうが。それで俺も見切りをつけてここに来た」
「…………」
「お前が行かないのならば、俺がフィリップの元へ行こう」
「いや、それには及ばん」
ジンがそう言ってアランを止めたが、それは彼が強く意図したことではなく、思わず出た言葉だった。しかし引っ込みもつかない。きょとんとするアランに、慌ててジンは続ける。
「あれは駄目だ。うちの王子殿下ごときにやられちまうし、世評の数倍小さいやつだった」
「……そうか。ならばやめておこう」
アランは不審がることなくジンの意見を容れ、踵を返す。
「俺はしばらくこの国を巡ることにする。お前も、寄り道は早めに切り上げることだ」
言い捨てて、アランの姿は暗い森の奥へ消えていった。