第4話
モヒートはルイザが突然の別れから立ち直るまで待つ間、黒髪を少し不器用に撫でながら、荒らされた家屋を見渡してこの集落の、この世界の文明レベルを計っていた。
焼け落ちた家屋を含め、崩壊したどの家も粗末な物だった。石造造りではあるが、造りは荒い。集落に入ってすぐに気づいたが、何らかの機械製品がどこにも見当たらないところを見ると、科学技術が発展した様子はない。
散乱している木製食器や服、小道具の類を見ても、荒廃した旧アメリカ大陸よりも更に遅れた文明レベルだと判断した。
「申し訳ございません、モヒート様。この惨状は、魔族によるものではありません。これは――」
気持ちを落ち着けることが出来たのか、ルイザがモヒートの問いにやっと答え、うな垂れていた顔をあげ、モヒートへと視線を向けた時だった。
外から何かを爆破する爆音が鳴り響いた。
「よーし、扉が開いたぞぉー!」
「おぉー!」
「大量だぁー!」
続いて聞こえてくるのは、思い思いに上げる歓喜の声だ。
「どうやら……戻ってきたみてぇだな」
「そのようです」
モヒートたちが集落に戻った時には、生きている村民の姿はどこにもなかった。だが、現に人の声が聞こえてくるということは、それは集落の外からやって来たということだ。
誰が戻って来たのか――その答えは一つしかない。夜盗――いや、盗賊たちに違いなかった。
ガルムの遺体を家屋に残し、モヒートとルイザは身をひそめながら声がする方向へ、集落の食料を一ヵ所にまとめている食糧庫へと近づいていく。
そこにいたのは多数の男たちと、その倍ほどの大きさがある異形の人型が立っていた。
「おい、ルイザ。ありゃぁ……なんだ?」
「あれは――」
ルイザが異形の人型について語ろうとした瞬間――こちらに背を向けていたソレがこちらに振り向いた。
『生き残りがいるぞ』
異形の人型が少しくぐもった声を発し、モヒートはその声色から人が全身甲冑を着込んでいるのかと考えたが、着込むにしてはサイズがおかしい。そのデザインにしても、鎧というより何か人ではない生物のように見える。
その姿を見てモヒートは、使える資源を求めて廃墟となった崩壊都市を探索した時に見た絵本に、“悪魔”というのが描いてあったのを思い出した。
目の前に立つのはまさにそれだ。
「見つけ出して殺せ。他の奴らはついてこい!」
悪魔の声に反応して、食糧庫前に立つ男が指示を飛ばす。そして、それに対応するようにルイザが動き出した。
「モヒート様、ここは私が抑えます。一先ず退いてください!」
ルイザが駆け出すと、その全身が光に包まれていく――。
退けと言われても、モヒートはルイザを包み込む光から目を離せなかった。その輝きが瞬く間に強くなると同時に、その姿が変化していき――白銀のメイスを握る、純白の騎士が姿を現した。
その姿を見たモヒートの第一印象は――。
「――天使だ」
廃墟で見つけた絵本に描かれていた悪魔と相対する存在――それが天使だ。
天使となったルイザは全身甲冑に包まれ、腰からは四枚の白い翼が生えていた。手に持つ白銀のメイスには繊細な意匠が刻まれ、見るかに値打ちもの……とは過去の価値観か。メイスは鈍器に過ぎず、相手を殴り殺せるなら目を引く繊細な意匠など無意味。
そうモヒートが感じるのと、盗賊たちの一人が声を上げたのは同時だった。
「幻装騎兵だ!」
食糧庫に納められた食糧の量に笑みを浮かべていた盗賊たちの表情が一変し、恐怖と驚愕の声を上げて後退る――しかし、モヒートが悪魔と見間違えた全身甲冑は逆に前へと駆け出し、いつの間にかその手には巨大な両刃の斧が握られていた。
食糧庫の前で激突した天使と悪魔――幻装騎兵と呼ばれた全身甲冑の騎士が剣戟を重ね合う。
その姿にモヒートは目を奪われ、全く動けないでいた。
「ありゃぁ……一体なんなんだ?」
四枚の羽根で浮遊し、滑空するように舞い踊る天使のルイザと、巨大な両刃の斧を振り回し、旋風巻き起こす悪魔の斬り合いから目が離せないモヒートだったが、その二人の向こうでは食糧庫の中へと入っていく盗賊たちの姿が見えた。
(あれが何かは判らねぇが、全員で囲まないところを見ると……変身できる奴とできねぇ奴がいるのか……)
その動きに冷静さを取り戻していくモヒートだったが、盗賊の数は一〇を超える――だが、ルイザの相手をしているのは悪魔の一体のみ。盗賊たちが斧や棍棒を持っているのを確認すると、モヒートはこの世界の武器が非常にレトロなものばかりだと見当をつけた。
しかし、モヒート自身はそんなレトロな武器すら持ち合わせていない。
『えぇい鬱陶しい! 燃えろ!!』
くぐもった悪魔の声が響き渡り、モヒートの視線もそちらへと引き寄せられた瞬間、ルイザへと差し向けた悪魔の左手から勢いよく火炎が吹き出した。
「火炎放射器でも内蔵しているのか?」
悪魔は両刃の斧を振り回しているだけだったが、何もないように見える空間から炎が噴射されている。左腕のガントレットに武装を仕込んでいるのかとも考えたが、腕周りの太さを見ると違うようだ。
モヒートは火炎がどこから出ているのかを考えたが、思いつくのは旧アメリカでも度々見かけた怪しい宗教集団がホラ吹く“神秘の力”とか、“奇跡の力”くらいだった。
その火炎に晒されているルイザは滑空しながら悪魔と距離をとり、悪魔と同じように空いている左手を前に突き出すと、次の瞬間にはそこに羽ばたく翼の意匠が施された円盾が出現していた。
ルイザに迫る火炎は円盾を避けるように四散し、その後ろに立つルイザには全く影響がないように見える。
「大丈夫そうだな……」
噴き荒れる火炎を軽やかに躱し、防いで見せるルイザの姿に一安心すると、モヒートの視線は再び食糧庫の方へと向いた。
食糧は生きていく上で最も重要な物資の一つ。この世界が旧アメリカと似たような惨状だとすれば、日持ちする食料の確保は急務だ。食糧庫に保管されている食料はまさにそれのはず、モヒートはルイザと合流するまでに集落の中を見渡したが、家畜の類は見つけられなかった。
すでに盗賊が一度持ち帰ったのか、それとも集落を囲う森で狩猟を行っていたのかは判らないが、すぐに腐るナマモノよりも、日持ちする穀物の方が重要だ。
モヒート自身の今後を考えれば、それをみすみす奪われるわけにはいかない。
天使と悪魔の激突を横目に、モヒートの心中が急速に冷えていき――その冷たい眼差しには明確な殺意が浮かび上がっていた。
「ガイがやられるとは思わないが、こんなところに幻装騎兵がいたとは予想外だ」
「あの幻装騎兵……もしかして白騎士じゃないですか?」
「白騎士?! 噂の白い奴か!」
「白騎士ってあれだろ? 幻装騎兵の能力で――」
「馬鹿いってねぇでさっさと食糧を運び出せ、あの男からは白騎士がいるなんて情報は聞いていねぇ! 早くしねぇとガイの火炎が飛び火して、全部燃え尽きちまうぞ」
「はっ、はぃッ!」
盗賊たちの中でも一際体の大きい男が声を張り上げると、無駄話をしていた盗賊たちが口を噤んで動き出した。
盗賊たちは食糧庫に置かれている籠を次々に開けると、中身を確認して食糧庫内で仕分けをしていく――持ち出す食糧を選別しているのだ。
モヒートはその様子を食糧庫の入り口から覗き見ると、盗賊たちをどう処理するか考えていた。
(“エクティス(幻装騎兵)”ってのは、あの天使と悪魔のことか……白騎士ってのはたぶん、ルイザのことだな……)
武器がない――食糧庫を荒らす盗賊たちを処理しようにも、一〇を超える数と素手でやり合うのは無謀すぎる。
モヒートは策を巡らせるタイプではないが、力技で物事を解決していくタイプでもない――そして、正々堂々と戦うタイプでもなかった。