第23話
デブった疫鬼をブラスターライフルの乱射で粉々に焼き潰したモヒートは、その焦げカスを踏み潰しながら大猿の前に立った。
「ニンゲ~ン! マサカ、一人デ俺様ト戦ウツモリカ?」
「おいおい、馬鹿言うんじゃねぇよ。すぐにデブどもを粉みじんにして、お前を囲うに決まってるだろ」
「ヒャーッハッハ! ナラ、疫鬼ガ倒レルヨリ先ニ、オ前エヲ喰ラッテヤロウ!」
そう言って大猿は真横に立つ雑木を巨碗で殴り倒すと、適当な長さで分断して棍棒代わりに持ち上げた。
モヒートも大猿が武器を調達するのを悠長に眺めているつもりはなかった。
ブラスターライフルに内蔵されている超小型永久機関アルキメデスの稼働状況に視線を向け、エネルギー変換率を確認して残弾ゲージが回復していくの確認すると、大猿に向けて発砲を開始した。
「俺の家に襲撃仕掛けるとどうなるか、そのバカでかい図体にしっかりと教え込んでやるぞ」
発砲と同時にモヒートは雑木林を走り始め、雑木を盾にするように動き出した。大猿が握る雑木の棍棒よりも、下腹部の大口から伸びる緑色の舌を警戒しているからだ。
もしも大舌に捕らわれれば、一瞬で大口の中へと運ばれて鋭い歯牙に噛み砕かれることだろう。雑木の棍棒は問題ではない。その攻撃範囲に近づくつもりはモヒートに全くなかった。
「エエェイ! ウットォシイ!」
一定の距離を保ちながら雑木林を駆け回り、アルキメデスが産み出すエネルギー量を計りながら途切れることなく射撃を続けていく。
しかし、大猿の耐久力はモヒートの想像を遥かに超えていた。エネルギー弾が全く効いていないわけではない。毛むくじゃらの巨体からは血液と思われる緑色の体液が吹き出し、体中に孔を開けているのは間違いない――だが、その動きが止まる様子がない。
「ハァ――ッ!」
一方的に攻撃を食らうことに業を煮やしたのか、大猿は棍棒代わりに振り回していた雑木を再び投擲し、モヒートが体を隠した雑木をへし折って林の向こうへと飛んでいった。
「あぶねぇ!」
姿勢を低くしていたため、運よく雑木はモヒートのモヒカンヘアーの少し上を通過していった。だが、危機はまだ去ってはいない――それどころか、モヒートの眼前へと舞い降りた。
「ミ~ツケタァ――ッ!」
大猿はモヒートが盾にした雑木にまで、大重量をモノともせずに一足飛びで着地し、同時に巨碗を頭上で組んで振り下ろした。
「ちぃ――!」
モヒートはその振り下ろしを間一髪で避けたが、眼前を通過した振り下ろしは地面を直撃し、その衝撃は爆発したように土砂を飛び散らせ、モヒートの体を吹き飛ばし、雑木の一本に激しく背中を打ちつけた。
「ッつぅ――デカいくせにいい動きしやがる」
「外シタカ~! デモ逃ガサナイヨ~!」
大猿は背を反らして大口を張り出すと、緑色の舌が一気に伸びてモヒートの足首を捉えたのと――。
「ターゲットロック――撃てぇー!」
モヒートがキャンサーの|FCS(火器統制システム)に攻撃命令を出したのは同時だった。
モヒートは背後の雑木にしがみつき、大口へと引き寄せられる力に抵抗したが、足首を引っ張る力は凄まじく、体ごと浮き上がった。
「オホォー! 抵抗スレバスルホド美味シク――」
大猿が大笑いしながら緑の大舌を引く力を強めるが、その笑いを遮るように二機のキャンサーによる集中攻撃が始まった。
アルキメデスの稼働状態が甲高い起動音と共に最高域にまで達し、二機の両肩に装着された計四門のビームガトリングガンから撃ち放たれたエネルギー弾は、光の帯になるほどの密度で緑の大舌を引き裂いた。
「イデェェェェ!!」
大舌が千切れ、大猿はたたらを踏みながら仰向けに倒れた。だが、キャンサーの攻撃は止まらない。
雑木を背から押し倒して動きを止めた大猿に向け、ビームガトリングガンの嵐が吹き荒れる。
「イ、イイカゲンニロォォォ!」
大猿は押し倒した雑木を掴んでキャスターの一機へと投げつけると、すぐに起き上がってもう一機へと跳びかかった。
「ニンゲンノ分際デ! 俺様ノ――ギャリドン様ノ大舌ヲ!!」
雑木を投げつけられたキャスターは脚部盾を構えて防いで見せたが、大猿に跳びかかられた方は巨碗の一撃を喰らい、ビームガトリングガンの砲門は折り曲げられ、馬乗りに近い形で殴打され続けていた。
大舌を引き裂かれた怒りに我を忘れていたようだが、力任せに分解したキャスターの中に人の姿がないことを知ると、大猿は不意に赤いトサカ頭の存在を思い出した。
「ニンゲン! ニンゲーン、ドコダァァァ!!」
周囲を見渡し、破壊した脚部盾を振り回しながらモヒートの姿を探すが、どこかに隠れたのか、それとも逃げ出したのか、大猿の視界のどこにもいなかった。
「ドコニイッタァァァ!!」
ビームガトリングガンの嵐に晒された毛むくじゃらの巨体や大口から緑色の体液を垂れ流し、雑木の直撃から体勢を立て直したキャンサーの頭上には、手に持つ脚部盾を叩きつけて粉砕した。
怒り狂う大猿は動かなくなったキャンサーを破壊し続け、モヒートを探す声は雑木林どころか、防壁を超えてアクマリアの砦にまで響き渡りそうな程だった。
『今の声はまさか!』
『魔族の叫び――なんて悍ましい声なのよッ!』
魔族来襲の報告を聞き、ルイザとライデンは幻装騎兵を纏って湖畔を駆けていた。
純白の白騎士を纏うルイザは、腰の四枚羽を羽ばたかせて低空を滑空するように走るのに対し、ライデンが纏う藤紫色の全身鎧は可憐な華の様に細く、それでいて鋭利な刃物のように鋭い、そして――。
『ルイザ、アタシの方が速いわ。先に行くわよーン!』
『モヒート様をお願いします』
――ライデンの全身鎧が輝きだし、細部の繋目が放電現象を起こして全身を駆けめぐる。駆ける速度は一段と増し、迸る雷光となってルイザを置き去りにした。
その雷光を追うルイザも飛翔速度を上げ、白銀のメイスを握る手にも力が入った。
キャスター二機を完全に破壊した大猿は、怒りの矛先を探して暴れ続けていた。
「ニンゲェェーン! 許サンゾォ! 隠レテイルノハ臭イデ判ル。必ズ見ツケ出シ、オ前ノ腸引キズリ出シテ喰ラッ――」
空高く怒声を上げる大猿だったが、その頭部に雷の如き藤紫色の蹴りが入った。
「――ッグァハ」
再び雑木を押し倒しながら仰向けに倒れた大猿の胸部に、藤紫色の全身鎧を纏ったライデンが降り立った。
『この猿野郎が! アタシの街を襲うとはいい度胸してるじゃねぇか!』
ドスの効いた低音で凄むライデンが胸部を踏み込むと、大猿の全身に電撃が走った。
「コ、コノ、ニンゲンメガァ!」
大猿は何度も踏みつけて電撃を喰らわせるライデンを煩わしそうに巨碗を振ったが、その一撃を見透かしたようにライデンは胸部から飛んで避けていった。
『どうやら脳筋タイプのようね~ン。よかったわ~扱いやすい奴で』
「エクティス! エクティス!! エクティス!!! トサカ頭トイイ……オ前ラ人間ハ本当ニ頭クル!」
大猿と距離を取りながら、ライデンは周囲を見渡してモヒートの姿を探していた。
大猿の激昂を見れば、モヒートがバストラルの時と同じように、相手を小馬鹿にしながら一杯喰わせたのは間違いない。
その激昂が治まっていないのは、モヒートがまだ生きている証拠でもある。
だが、モヒートの姿も気配も見つからない――ライデンは一抹の不安を抱きながらも、再び意識を大猿に集中させて疾走する――。
「フンッ!」
交差する雷光と大猿の巨碗、そして飛び交う雑木と雷撃は激しさを増していく。
そして、二人目の幻装騎兵が戦闘に参加する――。




