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第1話




「今回も失敗したか……」


 洞窟神殿で祈りを捧げている集団の一人が呟いた。しゃがれた老人の声――フードを深く被っているため、その表情を窺うことはできないが、声色に込められているのは深い落胆の色。

 神殿の中央に置かれた台座を囲んでいた貫頭衣の集団は、一人……また一人と立ち上がり、神殿の外へと背を丸めて去っていった。


「ガルム殿……次の機会はいつ頃に……」

「今回を逃せば今後数十年はない……いや、これが最後の機会だったのかもしれないのじゃ」

「そ、それはどういうことですか?!」


 台座から去っていく貫頭衣の集団を横目に、ガルムと呼ばれた老人は問いかけてきた壮年の男へと答えた。


「この神殿に溜まっていたマナが尽きようとしておる。ここでの儀式はもうできぬ。ここほどのマナ溜まりを新たに見つけることは、不可能に近い……」

「そ、そんな……」


 壮年の男は膝から崩れ落ちるようにバランスを崩し、その場に泣き崩れていった。


「こ、今回の儀式が……さ、最後ですとぉ……。この異世界人召喚の儀は、ただでさえ成功率が低い儀式――異世界人の中でも有数のマナを持つものが死んだとき、その魂とマナが異界の体と乖離した瞬間に召喚し、この世界に適合する体へと作り替える。そんな奇跡のような召喚儀式を、今度こそ――今度こそと――」


 俯き、涙を流し悔やむ壮年の肩をガルムが優しく叩き、支えるように立ち上がらせて神殿の外へと歩き出した。

 ガルムは壮年の男を支えながら、僅かに後ろを振り返った。その視線の先にいるのは、まだ一人――台座の前で跪いて動かず、静かに祈りを捧げ続けている者だ。


 だが、ガルムは最後の一人に声を掛けることはせず、ほんの数瞬だけ見つめ――神殿の外へと去っていった。




 洞窟の神殿は静けさに包まれていた。石の台座を中心に出現していた巨大な魔法陣の光は薄れ、その円陣が全て消え去ろうとしても、その者の祈りが終わることはなかった。

 

 やがて、最後の一人の祈りが終わり、石の台座を背に神殿を去ろうとした時、背後から溢れんばかりの光が溢れ出し、背を焼くほどの熱風が吹き荒れた。


「ま、まさかッ!」


 洞窟神殿に響く、凛として通る低い女性の声――振り返った最後の一人のフードが一凪の熱風によってはためき脱げる。


 フードの下に隠れていたのは、艶やかに光る長い黒髪をなびかせ、どこか不健康そうに見える青白い肌――その目には強い意思が感じられる光を宿す、美しい女性だった。


 そして――吹き荒れる熱風と魔法陣から溢れ出る光が弱まり、静寂を取り戻した洞窟神殿に残るのは、一人の男だった。


 歳は二〇代に身長は一八〇㎝ほどだろうか。体型は痩せ形だが、それは栄養不足のためではない。鍛え上げられ引き締まった体は所々傷跡があり、瓜のような顔と真っ赤な髪はトサカのように天を衝く。そんな一人の男が台座の上に立っていた。


 なぜそれが判ったか? 答えは簡単、その男は上から下まで何も身に着けずに立っていたからだ。


「はっ? ここどこだよ? あれっ? 何で俺、素っ裸なんだ……」


 台座に一人立つのは――武器製造プラントの爆破に巻き込まれたはずの赤いモヒカンヘッドの男、モヒートだった。


「よ、ようこそお出で下さいました。私の言葉がわかりますか?」

「あぁ、もちろんだ、ネェちゃん。ここは……どこだ?」

「ここはサルムの森の奥深くにある岩山に造られた……隠し神殿です」

「サルムの森? それは旧アメリカのどの辺りだ?」

「きゅうあめりか? それは貴方が依然生きていらした場所の名前だと思いますが、そことは違う場所です。正確にはフェイム大陸の南東、サルムの森です」

「どこだよそれ……と言うか、ネェちゃん、あんたは誰だ」

「私は……ルイザと申します」

「俺はモヒート。ついでに聞くが、俺が素っ裸でここに立っている理由を何か知っているか?」


 吹き荒れた熱風による熱さはどこかに消え失せ、洞窟神殿の中は冷えていた。


 モヒートは自分の体を擦りながら静かに燃える松明へと歩いていき、小さな炎に手をかざしながらルイザへと視線を向けた。

 だが、モヒートへと返されたのは問いに対する返答ではない。モヒートの視界全てを覆うほどに近づき、なぜか自らの貫頭衣を脱いで同じように裸になったルイザの姿だった。


「なんのつもりだ?」

「モヒート様をお呼びだてしたのは私たちです。まさか御召し物を纏わずに来られるとは思いませんでしたので、ご用意しておりませんでした。今はどうか、私のころもを――」


 そう言いながら跪いたルイザは、自分が着ていた貫頭衣を高級な反物でも持つかのように恭しく持ち上げ、モヒートへと差し出した。


 私のを――と言われても、それをそのまま受け入れるほどモヒートは考えなしではなかった。顔を伏せ、下着一枚も着けずに跪くルイザを見下ろし、この急展開が何事なのかと考えていた。


 まずは自分が今までどこにいたのか、記憶をたどってみる――たしか、レッドスパイクの仲間たちと共に武器製造プラントを襲撃し、それの成功が間近に迫った時、赤い光に包まれて――。


「俺は……死んだんじゃないのか?」

「はい。貴方は異世界にて亡くなられた瞬間、その魂とマナと共にこの世界へと召喚され、新たな生命を手に入れられました」

「……はぁ? もうちょっと詳しく話してくれよ」

「少し――長くなりますがよろしいですか?」

「もちろんだ――」


 自分の身に何が起こったのか、まずはそれを確認しなければならない。そうモヒートは直感で感じたが、同時に目の前に跪く裸の女にも興味があった。

 病的と感じられるほど青白い肌をしているが、貧相とは思えない体つき。低く通る声は耳に心地よく、長い黒髪はモヒートが今までに見てきたどの女よりも艶やかに輝いていた。


「――薄暗く冷たい洞窟に男と女が裸で向き合っている。体を温めながら話す寝物語には丁度いい、そうは思わないか?」

「……はい」


 よくわからないが、自分の身に何が起こったかを知りたいと同時に、ルイザと名乗るこの女のことも知りたい――その隅々まで。


 それが召喚されたモヒートと、召喚者であるルイザの出会いだった。



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