第16話
「どうやら来たみてぇだな」
「モヒート、探したわ~ンって、えぇ――ッ?!」
最初に貯蔵庫前に立ったのは、オネェ口調に紫のアイシャドウを入れている中年男性のライデンだった。ライデンがまず驚いたのはその明るさだ――食材の保存状態をよくするため、貯蔵庫内には蝋燭台を置いていない。薄暗く、冷えた場所であるからこそ、食材の保管に適しているのだ。
しかし、貯蔵庫内はまるで昼間のように明るく照らされ――何も置かれていない。
ライデンの表情はみるみる青ざめ、モヒートを指さそうと挙げられた手が震えている。額からは大量の汗を流し、凍りついた喉からは一切の声が出せなかった。
ライデンに遅れて駆け込んできた警備隊員たちも、一様に似たような表情を浮かべている。唯一違うのは、この貯蔵庫に何が納められていたかを知らないルイザくらいだった。
「ライデ~ン。どうしたぁ、顔が真っ青だぞ?」
「モ、モヒート……こ、ここにあった物を、どっ、どうしたの?」
「う~ん? 俺が来た時からこの状態だったぞ?」
「う、ウソおっしゃい! ここにはアクマリアに住む者たちを一年は食わせられるだけの食糧があったはずよ!」
「ほぉ~ぅ、そんなにか」
「あの食糧がなければ、この街は一週間と持たない! アクマリアを飢えで滅ぼす気なの?!」
ルイザは激昂するライデンとは対照的に、モヒートの言動が一段と冷たくなっていくのを感じていた。ライデンがいう通り、この倉庫に大量の食糧があったとすれば、それを全て消し去ったのは間違いなくモヒートの仕業だと判っていた。
「それが嫌なら……俺の下につけ、ライデン」
「なっ、なにを?!」
「バストラルの命は今日で終わる――その後のこの街を支配するには、資源の重要性を十分に理解しているお前が必要だ」
モヒートの言葉は信頼し合った仲間を求めるようなものではない――食糧を盾に取った脅迫だ。だが、モヒートにはライデンがこの提案を受ける確信があった。
ライデンと言うオカマ男は資源(少年)の無駄使いを良しとしていないし、スラムの老人たちの現状に満足していないはずだ。
「何をしているのだ。ライデン!!」
モヒートの提案に絶句していたライデンの後ろから、モヒートが待ちかねていた声が響いた。
貯蔵庫前に集まっていた警備隊員たちが左右に割れて道を作ると、その先の薄暗い通路の向こうに、玉座に座ったままのバストラルが現れた。
「ようやくお出ましか、待っていたぜぇ――口臭デブ」
「随分と我が砦で好き勝手してくれたようだな……」
「あぁ、もうすぐ俺の物になる場所だからな。貯蔵品含めて全て好きにさせてもらっているぜ」
貯蔵庫の少し前で玉座に座ったまま動かないバストラルだったが、そこから内の明るさや何もない空間を睨んでいた。その両手は玉座の肘掛を握りつぶさんばかりに力を加え、怒りに震える唇はみるみる内に真っ赤に変わっていく。
だが妙だ――モヒートはバストラルの姿を見てそう感じていた。
バストラルが座っている玉座は、今の今までどこにもなかった。座ったまま配下に担がせてここまで来たのかとも考えたが、玉座の周囲にそれらしき人員はいない。
そんな疑問の答えを考えていると、ルイザがゆっくりとモヒートの背後に回り込み、耳元で囁いた――。
「モヒート様お気を付けください。あの椅子はバストラル卿の幻装騎兵です」
モヒートは一瞬だけ背後に視線を向けると、ゆっくりとバストラルに視線を戻しながら、背後で淡い光が発しているのを感じていた。ルイザが幻装騎兵を纏ったのだろう。
「トサカ頭……我が財宝をどこへやった」
「おめぇの手には届かねぇ場所さ――」
『バストラル卿、私も貴方に質問がある――私たちの村に盗賊をけし掛けたのは、貴方で間違いないですか?』
「ルイザの村を?! バストラル、あんたまさかアタシを騙したの!」
幻装騎兵を纏ったルイザがモヒートの前に立ち、バストラルに最終確認とも言うべき問いを投げかけた。だが、その問いをバストラルは無視し、代わりにライデンが驚きの表情で反応を示した。
そんな話は聞いていない――そう言わんばかりの表情でライデンはバストラルに食って掛かった。
「えぇい、うるさいぞライデン! 貴様がさっさと奴を殺さないからこんな事になっているのだろうがぁ!」
バストラルは正面に立ったライデンを振り払うように手を振ると――それに連動するように足元の地面が隆起すると、ライデンを通路の壁へと弾き飛ばし、同時に隆起した土がライデンの体を覆いつくして壁に磔にした。
「ぐっ! バストラル、これを解除しなさい!」
「貴様は少し黙っていろ!」
モヒートはライデンとバストラルの仲間割れを面白そうに見つめ、“白騎士”を纏ったルイザは、その少し前で何が起きても対応できるように白銀のメイスを構えていた。
『バストラル卿、それが貴方の答えか――』
ルイザがさらに一歩前へ進み、バストラルと相対しようと動き出すが――。
「まぁ、待てルイザ」
それを後ろからモヒートが止めた。座っていた木箱から飛び降り、前に立つルイザの肩に手を当てて後ろに下がらせる。
「こいつとは俺がやる」
『それは危険です!』
幻装騎兵は生身の人間が相手に出来るほど柔ではない。たとえモヒートが異世界人召喚の儀で呼び出された勇者だとしても、その絶対的な力の差は変わらないはず――ルイザはそう考えていたが、当のモヒートはそう思ってはいなかった。
むしろ、アクマリアを手に入れると決めた段階で、幻装騎兵との一騎打ちをする必要性を感じていた。
その相手がライデンになるか、それともバストラルになるかは判らなかったが、自分の体と産み出す武器が幻装騎兵の装甲にどれ程通用するのか、もしくはその能力にどれ程耐えられるのか。この二点は早急に確認しておくべき問題だった。
そしてなによりも、アクマリアに力を示す必要があった。集団で最も力ある者が誰なのか、それを証明せずして支配は始まらない。
「ルイザ、これは今やっておかねぇと後で困る問題だ」
『し、しかしっ』
モヒートは上着のポケットからメタルコームを取り出し、モヒカンヘアーを丁寧に整えると、メタルコームをバストラルへと突き向けて宣言した。
「バストラル、これは街の支配者を決めようじゃねぇか」
「ふんッ、小賢しいわッ!」
やる気になったバストラルの殺気を感じたのか、貯蔵庫内外を固める警備隊員たちが我先にと逃げ出し、騒めきと共にバストラルの後方へと走っていく。
ルイザもモヒートの強い意志を感じ、一歩二歩と横へそれ――睨み合う二人の中央に立つように、貯蔵庫の壁際にまで下がった。
「その椅子、幻装騎兵なんだってなぁ――ひょっとして、それしかないのか? つ~か、どうやって動くんだよ、それ」
バストラルが座る玉座の幻装騎兵は、どこからどう見てもただの椅子にしか見えない。肘掛や背もたれには豪華な宝飾品がはめ込まれ、真っ赤な布地はまるで鮮血のように赤い。
そこに大量の贅肉をはみ出させたバストラルが座るのだが、モヒートの挑発を下卑た笑みで返していた。
「心配するな、すぐに轢き潰してくれるわッ!」
バストラルが叫ぶと同時に、玉座の真下から何本もの帯が伸びて玉座の上部で結合し、玉座を包み込む球状へと変化した。
「ほぉ~ぅ」
『モヒート様、お気を付けください。バストラル卿の幻装騎兵“回転玉座”です!』
モヒートが感心した声を上げていると、玉座を包み込む帯が回転し始め、内側に座るバストラルの姿が見えなくなっていく――。
『挽肉にしてくれるわッ!』
高速回転していく球体の接地面が波打つと、弾かれたようにモヒートに向かって射出された。