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第14話


「ぶほっぁ!」


 ――突き出した短剣がモヒートの首を捉える直前、ジルーバは顔面を何かで強打され、食堂の壁まで弾き飛ばされた。

 それはブラスターライフルによる一撃ではない。いつのまにかモヒートの左手にはスパイク状のトゲが付いた鉄棍が握られ、それがジルーバの顔を強打したのだ。


「おぉ~惜しかったなぁ。だがわりぃな、俺の武器はこれ一つじゃねぇんだわ」


 してやったりと大きな笑みを浮かべるモヒートだが、吹き飛んだジルーバには暗闇に包まれていてよく見えていないだろう。

 モヒートが左手に産み出したのはシンプルな構造のスパイクメイスだ。野球バットほどの長さの鉄棍の先端に、いくつものスパイクが付けられた打撃武器。マナの消費を抑えつつ、以前から使い慣れている武器を即座に製造して横振りしたのだ。


 だが、その威力はモヒートの想像よりも遥かに強かった。スパイクメイスが強いのではなく、モヒート自身の力が以前よりも向上しているのだ。普通の鍛え上げた肉体を持つ人間ではなく。マナによって再構成された肉体は、その内包する莫大なマナを力に変えて発現することができた。


「ばぁ……ばぁはな……」


 接近したジルーバを追い払うだけのつもりで振った一撃でも、その威力は申し分ないものだった。


 顎が砕かれ、しっかりと声を発することができないジルーバは、モヒートの一撃の威力はもとより、暗闇の中で正確に顔を捉えたことに驚愕を――いや、恐怖を感じていた。


「うんうん、わかるよ~俺が武器を隠し持っているとは思わなかったんだよな? 部屋を暗くし、人数を用意し、邪魔者を引き離す――その準備は良かった。だが残念――」


 モヒートはスパイクメイスと自分の手で拍手をし、ジルーバのここまでの働きを称賛しながらゆっくりと近づいていく。


「――準備を誇る前に結果を求めるべきだったな、馬鹿がぁ!」


 そして躊躇ちゅうちょなく振り下ろされた一撃は、ボロ布に覆われたジルーバの頭部を床に埋め込むほどの一撃となり、その衝撃音は砦中に鳴り響いた。


 モヒートは食堂内を見渡して生き残った者がいないことを確認すると、叩きつけたスパイクメイスと右手に持つブラスターライフルを体内に取り込み、ナイトヴィジョンデバイスも外してメタルコームを取り出した。


「さ~て、この落とし前をつけに行くか」


 モヒカンヘアーを整えながら食堂の外へ出ようと扉に手を掛けようとした瞬間、まだ触れていない扉が勢いよく開かれた。


「今の音は何だ?!」

「おぉ~っと、あぶねぇ」

「い、今の大きな音は何だ! 中で何があった!?」


 廊下から食堂へ突入してきたのは、砦内部を警邏けいらしている警備隊員二名だ。


「あぁ~気にするな、気にするな。食堂で少しお喋りしていただけだ」


 モヒートは突入してきた警備隊員の前に立ち塞がり、中に入らせないように二人の肩を掴むと、押し出すように廊下へ連れ出した。

 食堂内を確認されては大騒ぎになり、砦中の警備隊員を相手にしなくてはならなくなる。

 警備隊員たちの動きを封じ込めながら、ジルーバの言動を思い返す――バストラルが自分を排除するつもりなのは判った。ルイザの能力を手元に置いておくために、盗賊どもに村の情報を流したのもバストラルの差し金で間違いない。


(こりゃぁ、戦争だな)


「おっ、おい、どこまで連れて行くつもりだ」

「俺たちには警邏任務があるんだぞ?」

「まぁまぁ、いいじゃねぇか。お前ら砦内の配置に詳しいんだろ?」

「そ、そりゃぁ警邏が任務なんだからな、詳しいに決まっているだろ」

「なら、案内してもらいたい場所があるんだが……それと」

「それと?」


 警備隊員二人の肩を抱えて通路を歩いていたモヒートだったが、不意に足を止めると横にある扉に視線を向けていた。


「そこはいま使われていない、ただの空き部屋だ」


 警備隊員の一人が教えてくれたが、モヒートは眉を顰めて――。


「本当にそうか? 中で物音がしたぞ?」

「え? ここからか?」

「あぁ聞こえたぞ? お前にも聞こえたよな?」


 モヒートはもう一方の警備隊員に確認を求めたが、その表情からは同意を得られたようには見えない。だが、同意が得られようと得られまいと関係なかった。


「ほぅら、こいつも聞こえたって言っているぞ? お前はこの空き部屋を確認してこい、俺の案内は一人で十分だ」


 モヒートは空き部屋の扉を開け、警備隊員の一人を押し込む瞬間――その首筋に手刀を叩き込んで意識を刈り取ると、空き部屋に放り込んで扉を閉めた。


「さぁ、いこう」


 と、その瞬間が見えなかったもう一人に満面の笑みを見せると、再び通路を進みだした。




 浴室でバストラルの女たちに体を洗われていたルイザは、やっとのことで女たちを払いのけると、体中を覆う泡を流すことなく立ち上がり、浴槽に体を沈めるバストラルと距離をとって向かい合っていた。


「今の音は?」

「防壁にたかった羽虫どもを追い払った音だろう」


 モヒートのブラスターライフルが食堂の壁を貫き、スパイクメイスの一撃が床を破壊した音はこの浴室にまで聞こえていた。


 バストラルは羽虫を追い払った音だというが、ルイザはその言葉を――いや、そう言い放つバストラルの表情を信じていない。

 立ち上がったルイザの体を上から下へ――また下から上へと舐めるように視姦し、下卑た笑みは更に卑俗な笑みとなって浮かんでいた。


 その視線を遮るように布で前を隠し、僅かに目を細めてバストラルを睨みつけると、振り返って浴室を出ようとした瞬間――手を伸ばした先の扉が開き、そこにはアクマリアの騎士ライダーの一人、ライデンが素っ裸で立っていた。


「あらルイザ、相変わらず病人みたいな肌ね。だけど、それが貴女の魅力でもあるわ~ン」

「ライデン卿、男性用はここではありませんよ」

「判ってるわよ、そんなこと。あの淫獣と一緒にしないで欲しいわ~ン」

「ライデン、ここは満員だ。向こうへ行け」

「バストラル~、貴方が入った浴槽に浸かるのはさすがに御免よ。それより、貴方にお客さんよ」


 浴室の入り口に立ち塞がっていたライデンが道を開けると、警備隊員の男が中へと駆け込んできた。


「バストラル様! 砦内で戦闘です!」

「場所はどこだ」

「食堂です。親衛隊に……死者が出ています」

「あぁ、それなら構うことはない。賊を討ち取ったのだろう。ジルーバはどこだ、なぜ奴が報告に来ない」


 警備隊員の男は横に立つルイザへ視線を向けて顔を少し赤くさせると、再びバストラルへと向き直す。その動きだけでルイザは何が起こったのかを悟り、一瞬だけバストラルを睨みつけると、すぐに浴室の外へと駆けだした。


「ジルーバ隊長は食堂で死亡……犯人と思われる男が警備隊員を人質に取り、砦内を移動しています」

「ジルーバが死んだ……だと?!」


 それまでは余裕の笑みを浮かべて浴槽に身を沈めていたバストラルだったが、報告を聞くと同時に巨腹を震わせて立ち上がり、怒りの形相でライデンを睨んだ。


「ライデン! 今すぐあのトサカ頭を探し出し、殺せ!」


 バストラルの怒声が響き渡り、浴槽の縁を掴む手は怒りに打ち震えながら木枠を握り潰していた。

 その狂乱とも言える変化に女たちは恐怖し、ルイザに続くように浴室から逃げ出した。ライデンも素っ裸の腰に両手を当てて溜息を一つ漏らし――。


「はぁー判ったわよ。彼は気に入っていたのだけど、アルマリアの支配者は貴方――アタシはその部下、命令には従うわ~ン」


 ワザとらしく腰を振りながら浴室からライデンが出て行き、残された警備隊員は震えながらバストラルの次の言葉を待っていた。


「砦から鼠一匹逃すな。誰一人として、許可なく砦から出ることは許さん」


「はっ、はいっ!」


 絞り出すように吐き出されたバストラルの指示に返事をし、警備隊員の男も駆けるようにして浴室から出て行った。


 バストラルはその背を見ながら、治まらない怒りに目を血走らせていた。まさかジルーバを失うことになるとは、そんなことは全く考えていなかった。命令自体には従うが、バストラルに忠誠を誓っているわけではないライデンと違い、ジルーバはバストラルにとって忠実な――犬だった。

 どんな汚れ仕事も嫌がらず、尻尾を振って命令に従う忠犬だ。それを失う悲しみ――いや、殺された怒りをどのようにして鎮めるか。


 バストラルはありとあらゆる拷問と苦痛を与える方法を思い浮かべ、再び下卑た笑みを浮かべて巨腹を揺らした。




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