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第13話




 食堂に一人残り、果実酒の瓶が空になるまで飲み続けていたモヒートは、砦内の空気が変わっていくのを感じていた。


(背中がチリチリと何かを感じてやがる……)


 気づけば食堂にはモヒート一人になっていた。無言で周囲を見回し、食堂に流れる空気の温度が下がっていくのを感じる――上着の内ポケットからメタルコームを取り出し、モヒカンヘッドを整えながら次の変化を待つ――。


 変化はすぐに訪れた。


 壁に備え付けらえた燭台の火が突然消え、食堂内が闇に包まれる。


「随分と遅いじゃないか。食事も酒も全部食っちまったぞ!」


 暗闇の中でモヒートが大きな声を上げると、その声に反応して周囲からいくつかの跫音きょうおんが鳴る。


「自分の立場をご存知だとは驚いた」


 暗闇の中でモヒート以外の声が響いた。


「貴方は分不相応な御方と共に旅するおつもりのご様子……ですが、我々の主人はその御方にアクマリアの支配圏から出て行かれては困るのです」

「まぁ、そうだろうな。ルイザの人を治癒する能力って奴は、支配者にとって垂涎すいぜんの的だろうよ」


 暗闇の中でもモヒートに焦る様子はない――むしろ落ち着き払っていた。暗闇に乗じて対象を殺すのは暗殺の常套手段だ。だから――ソレ専用の装備品なんてモノもありふれている。

 モヒートの眼元には緑色に光るレンズのゴーグルが着けられていた――無明でも暗闇を見通す、ナイトヴィジョンデバイスだ。


(一……二……三……四……五人か)


 モヒートの視界は闇を見通す緑白色の世界に覆われていた。食堂のテーブルに座るモヒートを囲うように、手に長剣をもつ男たちが食堂の四隅に立っている。

そして、テーブルの反対側にボロ布を全身に巻き付けた細身の男――ジルーバが立っていた。


「そういうことです。ルイザ卿には、貴方が一人で出発したと伝えておきましょう」

「だが、俺と引き離した程度でルイザが手に入ると思ったのか? それに、この暗闇でどうやって俺を殺るつもりだ?」

「ご心配は無用です。彼女の帰る場所はすでになく、頼る相手はバストラル様だけです。それに――」


 そう言ってほくそ笑むジルーバだったが、特に何をする様子もない。動き出したのは部屋の四隅に立つ別の男だ。

 胸元から小さな瓶を取り出すと、モヒートの座るテーブルへとそれを投げつけた。


 小瓶がテーブルに当たり割れると、中に入っていた液体が零れて燃え出した。


「――空気に触れると燃えるように調合された特別な薬です。これで貴方の位置が見えましたよ?」

「馬鹿言えぇ、これじゃお前たちの姿も俺に見えるじゃねぇか」

「それも、心配は無用です」


 ぶちまけられた薬が燃えたのは、ほんのわずかな時間だった。テーブルに炎が燃え移る時間もなく、燃え尽きて消えていく。モヒートがその様子に気をとられた隙に、今度は別の男がモヒートへ小袋を投げつけた。


 投げつけられた袋がモヒートへと当たる直前、中に詰められていた粉が撒かれてモヒートの体に振りかかると、今度はその粉がぼんやりと光り出した。


「ふぅ~ん」


 モヒートはテーブルの上に両足を投げ出し、イスの背もたれに体重をかけて周囲を見やすく体勢を変えた。


「これで貴方の位置が正確に判るようになりました」


 暗闇の中でモヒートだけがぼんやりと光を放っていた。だが、ナイトヴィジョンデバイスを着けているモヒートには、そもそも暗闇など関係がない。

 ボロ布に覆われたジルーバの笑みを見つめながら、この暗殺者たちがどのような行動をとるのかを、今後の参考にするために黙って見ていただけだ。


「随分と用意周到だな、まるで――ルイザが誰かとここに来ることが判っていたみてぇだ。それに、お前らは幻装騎兵エクティスを持っているわけじゃぁねぇんだな」


 モヒートが唯一危惧するとすれば、この変身ヒーローとしか思えない幻装騎兵エクティスの力だ。モヒートにも体内の武器製造プラントで作り出した武器や装備品があるのだが、それらが幻装騎兵エクティスの装甲を撃ち抜けるのかはまだ不明だ。

 ブラスターで撃ち抜ければ世はすべて事もなし、抜けなければより攻撃力の高い武器を製造すればいいのだが、何かを産み出せばマナを消費する。その後の消えない空腹感は余り感じたくはない。

 満腹感を得るためにルイザとキスするのは大歓迎だが、マナの吸引にはまだ慣れていない、キスのたびに気絶されてはモヒートとしても困るのだ。


幻装騎兵エクティスだけが戦う力ではありませんので――」


 不敵な笑みを浮かべるジルーバの手には短剣が握られ、四隅の男たちも短刀を引き抜いていた。


(ふぅ~ん……村が襲撃された時に、俺がルイザと一緒にいたことを知ってやがったな。つ~ことはだ……)


「――むしろ貴方こそ幻装騎兵エクティスなしで、この状況をどう切り抜けるおつもりですか? 砦の門に置いたままの貴方の幻装騎兵エクティス、外部召喚型とでも言うのでしょうか、あのような幻装騎兵エクティスは初めて見ましたが……」

「あぁ、アリオンのことか? アレは気にすんな――と言っても無理な話か、いや……もう気にすることもないな」


 一歩、二歩と四隅の男たちが距離を詰めてくるが、モヒートは右手にブラスターライフルを取り出すと、イスの脚を軸にしながら体を回転させて四隅の男たちに向けて四連射――そのまま立ち上がり、暗みの中でジルーバに向けてブラスターライフルを構えた。


「――なっ!」


 ジルーバからすれば、モヒートに人を殺せる手段があるとは考えていなかった。幻装騎兵エクティスは門前に置かれ、酒に酔い、食堂の明かりを消して視界を奪った。

 ルイザは浴室に向かわせ、この作戦を聞いたバストラルが足止め役を買って出た――その裏の下卑た欲望をジルーバも見抜いていたが、ルイザの“白騎士”と呼ばれるほどの幻装騎兵エクティスを引き離せるのならば、逆にその欲望を歓迎するほどだった。


 しかし、暗闇の中を四本の赤い線が走ると同時に四人の絶叫が響き、爆発音にも似た聞きなれない音と共に床に倒れた音を聞いた。

 そして今、ぼんやりと光を放つモヒートが、何か筒状の物を自分に向けているのを見ている。


「ブラスターライフルって言うんだが、理解できるか? まっ、これも無理な話か――」


 モヒートの目には驚愕の表情で両目を見開き、開いた口が塞がらないジルーバの姿が見えていた。


「――それで、ルイザはどこにいる? まだ風呂に入っているのか?」


 モヒートの問いにジルーバが答えることはなかった。ボロ布に覆われた顔はゆっくりとだが冷静さを取り戻し、開いた口が強く結ばれ殺気立っていく。


幻装騎兵エクティスの部分装着ですか……あれだけの大きさを外部に置きながら、まだ装着できるパーツを持っているとは……正直、貴方を見くびっていました」

「お前ら、暗殺を生業にしていたんだろ? そのくせ自分たちがられる立場になるとは考えなかったのか?」


 モヒートの一言に、ジルーバは両目をさらに鋭く細めて睨み返す。




「おしゃべりはお終いにしましょう。この暗闇の中、貴方はわたしを捉え続けられますか?」


 そう言った瞬間――ジルーバの体が揺らぎ、モヒートの正面から消えた。


 朧気に見えたジルーバの動きに合わせ、モヒートが構えるブラスターライフルの銃口も追いかける。トリガーを三連射し、素早く動くジルーバを捉えようとするが当たらない。


 ジルーバは仲間が殺された段階でモヒートが手に持つ武器の正体を見破っていた。マナを放出する遠距離武器――その直線的な攻撃は弓を避けるのと大して変わらない。幸いにも射出の瞬間に赤く光るため、避けるタイミングすら取りやすい。注目すべき点は弓とは比較にならないほどの速度で撃ち出していることだが、常に闇の中を移動していれば当たりはしない。


 そんなジルーバの予想は大きく外れてはいない。ブラスターライフルに限らず、銃器に対する回避行動として動き続けることは間違いではない。


 ブラスターライフルの光線は食堂の壁を貫き、隣の部屋や砦の外へと突き抜けていく。


(ちっ、すばしっこ奴だ!)


 姿勢を低くしながら、食堂の床を這いずるように体を振るジルーバがモヒートへ迫る。


った!」


 右手に構えるブラスターライフルの死角に潜り込み、ついにモヒートの懐にまで迫ったジルーバが、短剣を腰に構えて急所である首を狙って真っすぐに突きを放った――。





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