休日2
話し込んでいたらいつの間にか正午を過ぎており、お腹もすいてきたので外食に行くことにした僕らは家を出て近くのファミレスへと向かっていた。
「そういえば、初花ちゃんは何でウチに来たんだ?」
四人並んで目的地へ行く途中、ふと疑問に思ったので借問する。
「それは、ですね。きょ、今日が水奈ちゃんの――」
「すとーっぷ!」
初花ちゃんが緊張しつつも答えようとしたのを水奈が咄嗟に手で口を封じ込める。
(まだ言っちゃダメって言ったでしょ!)
(あ、そうだった! ごめん!)
顔を寄せ合って何かを小声で言い合っているが、内容は聞き取れない。
「どうしたんだ?」
「いや、なんでもないよ? おにいちゃんには関係ないことー」
「なんか怪しいな……」
また妙なことを企んでいなければいいが。
それにしても、家で神梨が僕とのことを話していたときにてっきり水奈に茶化されると覚悟していたのだが、存外真剣に話を聞いていたのには驚いた。
いつもこうなら良いのだが。
「ほら、もう着くよ」
話題を変えるように、水奈が右手を上げてすぐ先に見えるファミレスの看板を指差す。
「私、友達と外食するの久しぶりだなぁ」
神梨が感慨深そうに言う。その声は、少し寂しさを含んでいた。
「そうなのか?」
「うん。最後に行ったのは中学の卒業パーティかな」
「高校の奴とは行ってないのか?」
「そうだねー。だから今日は初めて高校の友達と行くことになるね」
初耳だ。
こんなに友達想いで優しいのに、誰か誘ったりしなかったのだろうか。
(まあ、あまり深くは考えないでおこう)
あ、言うまでもないが当然僕は友達と外食なんて初めてだ。
それから数分足らずでファミレスに到着した。
店の中に入ると冷房がついており、夏の暑さと日差しから解放されて爽快な気分になる。
「あー涼しぃー」
気持ちよさげに背伸びをする水奈。
「いらっしゃいませ、四名様でよろしいでしょうか?」
出迎えた店員が尋ねる。
「は――」
「はーい」
僕が返事をしようとしたのを遮るように水奈が答えた。
「おいおい」
なんというマイペースぶり。
「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」
一方の店員はまったく動じた様子を見せず、微笑んだまま接客を続ける。
それから、二人用の長椅子がテーブルを挟んで向かい合わせになっている席に案内された。
「ご注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンを押してください」
慣れた口調で説明を終えると、店員はそのままカウンターの方へ去っていった。
「ねぇ、おにいちゃん」
「なんだ?」
唐突に水奈が話しかけてくる。
「この席二人ずつな訳だけど、どう座るの?」
「どうって、普通に別れて座れば良いじゃん」
なんでそんなことを聞くのかと思っていると、水奈が続けた。
「じゃあ水奈は初花ちゃんと座りたいから、おにいちゃんは明袮さんと座ってね」
そう言って、水奈は初花ちゃんの腕を引っ張ってそそくさと席に着いた。
「えっ? えっ?」
急なことに初花ちゃんも戸惑っている。
「おい、そんな勝手に!」
「もう座っちゃったから知らなーい」
棒読みで言いながらそっぽを向かれた。
「ほら、おにいちゃんも早く座りなよ、水奈お腹すいたー。ね、初花ちゃん」
「わ、わたしはそんな……」
「ね?」
「っ……う、うん」
小憎らしい言い草で急かしてくる水奈と、威圧されてほぼ強制的に返事をさせられる初花ちゃん。
「お前なぁ……」
ため息を吐くように言って、神梨を一瞥する。
「私は別に構わないんだけど……もしかして月影君、私の隣が嫌だとか?」
神梨が不安そうな目を向けながら言った。
「違っ、そうじゃなくて! 単純に恥ずかしいというか……」
誤解を解くためにすぐに否定しようとするが、途中で発言が曖昧になってしまう。
きっと、今の僕の顔は赤くなっているだろう。
ふと水奈を見直すと、いつの間にかこっちを見つめながらニンマリとしていた。
「……あー、わかったよもう。神梨、先に座って」
いつまでも立っていては仕方がないと判断し、諦めて水奈に従う。
「よいしょっと」
神梨が着席してから、僕もその隣に座った。
「うっ……」
覚悟はしていたが、いざ隣になると思った以上に緊張してしまう。
(なんかいい香りがする……)
横を向けば、すぐ目の前に神梨の顔。鼓動が早くなり、体が熱くなる。
(っと、いかんいかん!)
危うく逃げ出してしまうところだった。
「と、とりあえず好きなの選んで注文しよう!」
切り替えるように声を上げ、メニューを取ろうとする。
「「あっ」」
しかし、同じ場所にあるメニューを取ろうとした手は二つ。
神梨と手が触れ合った。
「ご、ごめん!」
慌てて手を引っ込める。
「わ、私の方こそ!」
流石の神梨も動揺を隠せないようで、二人して顔を紅潮させる。
「ぷぷっ……くくく……」
その様子を見ていたのか、水奈が笑い声を漏らした。
「お、おい!」
「ぷっ……」
水奈の隣いた初花ちゃんも、水奈につられるように小さく笑う。
「初花ちゃんまで!?」
「あ、ご、ごめんなさい……ぷっ」
「いや笑ってるし!」
あの控えめな初花ちゃんにまで笑われるとは……屈辱だ。
「かしこまりましたー」
一悶着あったが、なんとか冷静を取り戻して注文を終えた。
「まったく、水奈は……」
「水奈なにも悪くないしー」
明後日の方を向きながら相変わらずの態度を見せる水奈。
根はいい奴なのだが、小学生特有のイタズラ好きな性格には困ったものだ。
「……ん? どうした、初花ちゃん?」
水奈から視線をずらすと、初花ちゃんが惚けた顔でこちらを見ていた。
「おにい……ちゃん」
呼ばれた事に気付いていないのか、遠い目で独り言を呟いている。
「おにいちゃん?」
「えっ? ――あっ、すみません! なんでもないです!」
両手を顔の横で左右に振り、勢いよくその手を膝の上に落とす。
「そうか?」
今の反応からして明らかに何かあると思うのだが。
それにしても、初花ちゃんには僕と話すことに早く慣れてもらえるとありがたい。
「……そういえばさ」
間を埋めるように神梨が会話を挟む。
「月影君のご両親はどうしてるの? 今日は見られなかったけど」
「……ああ、それはだな」
家では聞かれなかったが、そのうち聞かれるとは覚悟していたので特に押し黙ることもなく続ける。
「僕の両親は五年前に失踪したんだ」
「失踪? ……それって、いなくなったってこと?」
不可解そうな顔をし、僕を見つめる神梨。
「そう。まだ見つかってなくて、今は水奈と二人で暮らしてる」
「二人でって……家事とかはどうしてるの?」
「両親が失踪してからここに入学するまでの五年間は祖父母の家に預けてもらってて、そこで家事の手伝いとかしてたらいつの間にか慣れてた」
「――――」
驚愕。その気持ちが伝わってくるほどに、神梨は動揺していた。
ふと横目で初花ちゃんを見ると、神梨とは対照的に驚いた様子は見られない。
「あ、わ、わたしは水奈ちゃんから聞いて知っていたので……」
僕の目線に気付いたのか慌てて答える。
「そうなのか」
焦点をずらして水奈を見ると、肯定するように笑顔を見せた。
「……」
神梨に再度視線を向けるが、黙ったまま。
「大丈夫か? 神梨」
「……えっ? あ、ごめん! びっくりしちゃって!」
我に返ったように反応する。
「いや、こっちこそ折角の休日なのにこんな話してごめんな」
素直に謝る。
「ぜ、全然気にしてないよ! ……気にしてないんだけど、なんていうか私、月影君のことまだまだ知らないんだなって思って」
「そりゃあ、まだ出会って数日だし、僕だって神梨のことほとんど知らないよ」
互いに顔を見合わせ、言葉を告げ合う。
「そう、だよね……」
僕が両親について話したせいか、神梨も少しシリアスな気分になっているようだ。
「……それなら、もっと知ればいいよね。もっと月影君とお話しして、もっと仲良くなって、気持ちが伝わり合うようにしたい」
心からそう思っているのだろう。真剣な態度で言葉を放つ神梨。
だから、僕もそれに応えるように述べた。
「僕も、もっと神梨のことを理解したい。……初めての友達だけど、神梨となら上手く話せているから。だから、これからも友達でいて欲しい」
言い終え、二人揃って笑顔を見せ合う。
他の誰にも劣らない友情を感じた。
そんなもの、友達のいなかった僕に知れたことではないかもしれないが、確かに感じたのだ。
何にも変えがたい宝物を。
「……あのぉ、水奈たちがいるの忘れてないですか?」
完全に自分の世界に入り込んでいたところに、あっさりと水を差された。
◯●◯
「ごちでーす」
支払い後、外へ出て再び陽のもとに晒されていた。
「というか、なんで僕の奢りなんだ……」
「おにいちゃん男でしょ? 当然じゃん。うだうだ言わなーい」
「なんだその理不尽なルールは……」
いつにも増して図々(ずうずう)しい態度をとる水奈に呆れる。
「私は払うつもりだったんだけど。ごめんね。ご馳走様です」
申し訳なさそうに神梨が言った。
「いいよいいよ。水奈が無理やり払わせたんだから」
「あ、ひどーい! それじゃまるで水奈が悪いみたいじゃん!」
「実際そうだろ」
不服を全面に出す水奈を適当に流す。
「えっと、ご、ごちそうさまです!」
初花ちゃんが、僕に聞こえるようにと大きな声で言ってくれた。
「ちゃんとお礼言えるなんて偉いな〜、初花ちゃんは。水奈とは大違いだ」
頭を撫でながら褒めてやる。
「あっ……あ……」
赤らめた顔を伏せ、嬉しそうにか細い(・・・)声を上げる初花ちゃん。
「あー! ずるーい! 水奈の頭も撫でてよ! このイケズ!」
「イケズって何だよ……。というか、撫でて欲しいのなら人の役に立つことくらいしたらどうだ」
「ぶー。初花ちゃんばっかりひいきしてー、やっぱロリコンじゃん」
頬を膨らませ、不満垂らす水奈。誰がロリコンだ。
「いいもん! 明袮さんに撫でてもらうから! いいですよね、明袮さんっ」
「んー? いいよ」
そう返事をして、特に抵抗もなく水奈の頭を撫で始める神梨。
(ぐ、うらやましい……)
物欲しそうに水奈を見ると、ものすごく生意気な笑みを返された。
「ち、ちくしょう!」
相変わらず僕をからかうことに関しては誰よりも得意なやつだ。
「い、痛いです、おにいさん……」
「え?」
気付くと、初花ちゃんを撫でる手がつい力んでしまっていた。
「す、すまん!」
咄嗟に手を離す。
だが、初花ちゃんは目の端に若干の涙を浮かべていた。
「あーあ、初花ちゃん泣いちゃったー。おにいちゃんサイテー」
「わ、悪気はないんだ! 本当にすまん!」
「だ、大丈夫です……。いきなりだったからびっくりしただけで」
怒る気配はなく、僕に害意を抱く様子もみられない。
心が広いというか、根本的に優しい子なのだろう。
控えめな性格をしているところもあるのだろうが、やはり水奈とは比較にならない。
「そうだ! じゃあ、お詫びに何でも一つ言うこと聞いてあげるよ」
「えー、それだけ? せめて百回でしょ」
人が案を出しているというのに、間髪入れずに文句を挟む水奈。
「もうお前黙ってろ」
今日は神梨と初花ちゃんがいるせいか一段と絡んでくる。
「なんでも……」
一方の初花ちゃんは、顎に指を当てて何か考え込んでいる様子。
「…………じゃ、じゃあ、わたしのおにいちゃんになって欲しい、です!」
「へ?」
おにいちゃんになって欲しい?
「それって、僕がってこと……?」
「……は、はい」
「……」
「や、やっぱり、オカシイですか?」
困った表情で上目遣いをしてくる初花ちゃん。
「そうじゃなくて、どうしてまたそんなこと言うのかって思って」
「そ、それは……今は、言えません」
歯切れの悪い初花ちゃんを前にし、少し戸惑った僕は水奈へ視線を移す。何か知っているのではないかと思って。
しかし、水奈は困惑を含んだ面持ちで首を横に振った。
その隣にいる神梨も状況を把握できていない様子。ここは、僕がどうにかする必要がある。
「……わかった。初花ちゃんが言いたくないなら強要はしないよ」
できるだけ優しく諭す。初花ちゃんも僕の反応に期待を込めているようだ。
「でも、初花ちゃんのお願いは聞けない」
「え……?」
だが、僕は無慈悲にもその期待を裏切った。
「たとえ初花ちゃんがそうなることを強く望んでいるとしても、いや、本当にそう望んでいるのならなおさら、その気持ちには応えられない」
「ど、どうしてですか……!」
心から叫ぶように、その理由を問う。
何故かは分からないが、僕を兄にすることに固執する何かがあるらしい。
だからこそ、きちんと伝えておかねばならないと思った。
「だって、そんな大事なことを簡単に決められるわけないから」
「……」
「……急なことだし、僕もまだ戸惑ってるけど、初花ちゃんの真剣さはちゃんと伝わってきた。だからこそ僕は冷静に答えられる」
ファミレスの中で初花ちゃんが口にしていた『おにいちゃん』という言葉。それに、僕に対して『おにいちゃんになって欲しい』とも言った。何かないわけがない。
「誤解しないで欲しいのは、僕は別に初花ちゃんのことを嫌って言っているわけじゃないってこと。……ただ、それなりの理由がないと判断しようがないんだ」
あえて厳しく告げた。
「……そう、ですか。わかりました」
僕の意中を汲んでくれたのか、不服そうなのは否めないが一応の承諾を得る。
「気持ちの整理がついたらまた言ってくれ」
「は、はい!」
その言葉を最後に、この件については一時的に保留される結果となった。
――春咲初花。この少女についてはまだまだ分からないことが多いが、これから関わっていく中でその心中を知ることが出来れば何か役に立てるかもしれない。