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ルナータイムズ  作者: 杏里
終夏
3/44

約束2

次の日の朝。

「はぁ……」

登校中、朝っぱらから深いため息をつく。

昨日はあの(あと)部屋でずっと唸っていたせいであまり眠れなかった。

おかげで目の下にはクマができてげっそりとしている。

こんな事で神梨に明日の約束を申し入れることなんかできるのだろうか。

(まあ、最悪無理なら無理でいい気もするが)

別に水奈も信じてないって訳ではないだろうし、これから先神梨と会う機会はいくらでもある……はず。

でもそれはそれで僕のプライドが許さない、というか後から水奈にからかわれそうで嫌だ。

いずれにせよ、今日中にどうにかしないと。

「はぁ……」

再びため息をつく。

「――月影君っ」

「っ!」

不意に背後から声をかけられ、心臓が一瞬止まりそうになる。

「おはよー」

寝不足で疲れている僕とは対照的に、朝から快活な挨拶(あいさつ)をしてきたのは(あん)(じょう)神梨だった。

「あぁ、おはよぅ……」

バイタリティさの欠片(かけら)もない挨拶を返す僕。

「どうしたの? なんか元気ないみたいだけど」

心配そうに尋ねる。

「いやぁ、ちょっと寝不足で」

「えっ! 大丈夫?」

「ああ、問題ないぞ……」

全然大丈夫ではないが。

明らかに元気がないことが顔に出ているのだろう。神梨がとても不安げな表情でこちらを窺っている。

こういった面でも、やはり神梨は思いやりのある優しい人間なのだと改めて思う。

(……とか考えてる場合じゃなくて、今は明日のことを伝えないと)

「な、なぁ神梨」

話を切り出した途端(とたん)に声が裏返り、挙動(きょどう)不審になる。

「ん、なにかな?」

一方の神梨は、そんなことは気にしてないといった素振(そぶ)りで言葉を返す。

「あ、あの、明日なんだけど、さ。……え、と」

(あれ、なんだ? 上手く話せないぞ? それに、心臓も異様に早く脈打ってるし)

「明日がどうかしたの?」

さすがに不審に思ったのだろう、若干眉をひそめる神梨。

だが、それでもなお目の奥は優しさを込めているあたり、僕に対して心から信頼を持っているのだろう。

(……じゃなくて。というか何でさっきから神梨の批評をしているんだ僕は)

「えと、だから……」

喉元まで出かかっているのにどうしても声に出せない。

やばい、なんだか顔が熱くなってきた。

神梨の顔をまともに見れない。

「ど、どうしたの月影君!? 顔すごい赤くなってるよ!?」

「へっ?」

そう言って神梨が僕の顔に迫り、僕の頬に手を()れた。

「うわぁっ!」

慌てて後ろに下がる。

そして、足元にあった段差に引っかかって盛大(せいだい)に転んでしまった。

「いてて……」

「だ、大丈夫!?」

起き上がって頭をさすっていると、神梨が狼狽(ろうばい)しながらこちらに駆け寄ってくる。

「あっ」

ヒラリ。

駆け寄る際、風でスカートが靡き、地面に座り込んでいた僕の目の先で神梨の股の間から白い布地(ぬのじ)が一瞬見えた。

「―――っ!」

すでに赤かった顔がさらに赤くなる。

そこから視線を上にあげると、神梨と目が合った。

見られたことに気付いてないのか、突然紅潮(こうちょう)を増す僕に小首を(かし)げる。

ぼ、僕は何も見てないぞ……。

「何も見てないからっ!」

そう叫んで、神梨を横切って学校の方へと全力で逃げて行った。



(ぐわぁぁぁぁぁ!)

学校に着き、教室に入って自分の席に着くやいなや頭を抱え込み、(うめ)き声を心の中に抑え込む。

(絶対変な奴だって思われた!)

教室で一人、奇妙に(もだ)え、ため息をつく姿。

周りから見たら明らかに変な奴に見えるだろうが、そんなことを気にする余裕なんてない。

(走って逃げたことは「急にお腹痛くなっちゃって」とか適当に言えばとりあえずは誤魔化せるだろうけど、赤面についてはなんて弁解すればいいのやら……)

思考を巡らせる。

(単純に「腹痛でキツかったから」とか? ……うーん、相当顔赤くなってただろうし、不自然だよなぁ)

あれこれ考えるが、なかなか納得のいく理由が見つからない。

そうしているうちに朝礼のチャイムが鳴った。

頭を抱えていた手を放し、顔を上げると、周りにいた数人のクラスメイトがこちらを横目で見ていた。

そして、僕と目が合うと同時に目を逸らす。

以前までは見向きもされなかった僕だが、神梨との一件以来どうにも周りからの視線が刺さる。注目されるということは友達を増やすのには嬉しいことなのだろうが、そもそも状況が違うし、人見知りの僕からすれば緊張して心臓に悪いだけだ。

これならいっそ話しかけてくれたほうがまだまし。

そうすれば友達作りのきっかけもできるし。

もっとも、僕がうまく会話できればの話だが。

そんなことを考えながら教室を軽く見渡すと、前の方の席に一人だけ、目が合ったのにも関わらずじっとこちらを見続ける生徒がいた。

頬をやや紅潮させ、心なしかおっとりとした目でこちらを見つめている。

(あれは確か、風見(かざみ)()(よい)だったか?)

薄い茶色のショートヘアが印象的で、小柄な体躯(たいく)を持つ。

クラスメイトの名前さえまともに覚えられていない僕でも、その容姿が特徴的だったので一応は知っていた。

いや、特徴的というよりも特殊と言ったほうが正しいか。

夜宵という名前に加え、女の子のような顔立ちをしているのだから。

何を言っているのかわからないだろうから言っておくが、風見夜宵は男だ。

最初に目にしたときは本当に驚いた。

なんたって、女子が男子の制服を着ていると思ったのだから。

何かの冗談かと思ったが、身体検査や体力測定などが一緒だったので間違いない。

といっても、下半身のアレを見たわけではないからまだ半信半疑だが。

ただ、肉付きが女の子そのものだから体育等での更衣の際は内心ドギマギしてならない。

――と、風見夜宵という人間について解説していると、教室の扉が開き担任が入ってきた。

その音に我に返ったのか、風見はまるで僕に見られていることに今気付いたかのようにして慌てて前を向く。

(まさか本当に気付いてなかったのか?)

小首を傾げながら、いつのまにか朝の件も忘れて風見夜宵という女の子……じゃなくて、男について思考が移行していた。


昼休みになり、神梨に今朝(けさ)のことを説明しようと思ってその教室を覗いたのだが、姿が見られなかった。

きっと何か用事でもあったのだろう。

放課後になったらまた()ればいいと考え、僕は自分のクラスへと戻った。


そして放課後。

改めて神梨のクラスへと向かった。

教室の中を覗くとまだ人が残っており、知らない人ばかりで少し緊張してしまう。

そんな中、その姿を視認することが出来た。

そしてほぼ同時に神梨もこちらに気付く。

やわらかく微笑み、控えめに手を振った神梨は荷物をまとめ、教室から出てきた。

「どうかしたの、月影君?」

まるで朝のことを気にしていないといった素振りで聞いてくる。

「えっと、あ、朝のことなんだけどさ」

相変わらず神梨を前にすると上手く話せなくなる。

友達になったときは普通に話せていたのに、水奈が連れてこいなんて言うから妙に意識してしまっているようだ。

「朝?」

何のことだっけと言わんばかりの反応を示す神梨。

「学校行くときに僕いきなり走って行ったじゃん」

「あぁ、そうだったね。どうしたのかなって思ってたんだ」

唇の下に指をあて、小さく首を(かたむ)けながら言う。

「あれさ、急にお腹が痛くなって我慢できなかったからで」

別に気にしなくていいよ、と続ける。

「そういうことだったんだ。私何か悪いことしちゃったかなって心配したよ」

「ごめん、これからは注意するよ」

「謝らなくていいよ。それより、なんであの時顔赤くしてたの?」

聞かれたくないことをあっさりと聞いてきた!

「あ、あれは、…………神梨のパンツが――」

「え?」

「あ」

しまった! つい本心を……!

「聞こえなかったからもう一回言ってくれる?」

「い、いや、えっと……」

よかった、どうやら聞かれていないようだ。

ふぅ、と胸をなでおろす。

「月影君?」

直後、神梨が僕との距離を()めて上目使いで僕の表情を窺った。

(ち、近い……)

緊張が走り、鼓動(こどう)が徐々(じょじょ)に加速する。

このままじゃ朝の()の舞だ。ここは落ち着いて対応しないと。

小さく深呼吸しながら、神梨に真剣な顔を向ける。

「なあ、神梨」

「なに?」

「明日、なんだけどさ」

えっと、と言葉を溜めながら少しずつ声を吐き出す。

「僕の家に……さ」

駄目だ。

緊張が強まってうまく言葉に出せなくなる。

「……」

ふと、思った。

別にこんなに頑張らなくても良いのではないかと。

たかが友達を家に誘うくらい誰にでも出来るようなことだろうが、僕にとって神梨は人生において初めての友達の上に、そうなってまだ二日だ。

何も焦ることはない。

所詮(しょせん)僕にはその一言を言うことさえ叶わないのだ。

水奈に馬鹿にされるだろうが、仕方がない。

「いや、やっぱりなんでもない」

はっきりと、簡潔に告げる。

今回は(あきら)めよう。

また今度機会があるはずだ。

神梨から目を離し、窓から差し込む夕焼けの光を眺める。

そして。

「また明日」

そのまま振り返り、神梨に背を向けて歩き出した。


「――待って!」


次の瞬間、その腕を後ろから(つか)まれる。

首を回すと、あのとき屋上で見た、不安そうで、それでいて優しさの(こも)った神梨の表情があった。

沈みゆく夕陽に照らされながら、僕の目をただ見据えていた。

「……月影君がさっき何を言おうとしていたのかわからないけど、それを話さなきゃいけないっていう強い気持ちは伝わってきたよ」

「……」

「まだ出会って二日だし、遠慮してしまうのも仕方がないと思う」

ひたすらに、吐き出すように、自分の気持ちを言葉にする。

「でも……」

少し俯き、間を置く。

次に口にする言葉を、その気持ちが正確に伝わるように選ぶ。

やがて顔を上げ、神梨は告げた。

「もう、私たち友達だよ? ……たった二日だけど、私は単なる友達だなんて思ってない。他の人とは違う。月影君だけは私のこと、私の本当の気持ち、話したよね」

屋上で話してくれた神梨の過去と今のことを思い出す。

「だから、私にもちゃんと話してよ。月影君の言いたかったこと、言葉にしてよ」

切ない表情で、今にも泣き出しそうな声で、そのすべてを伝えた。

僕はなんて馬鹿(ばか)なのだろうと思った。

神梨がこんなに僕を想ってくれているのにも気付かず、一人で勝手に判断して、自分のことだけを考えていた。

ごめん、と言ってしまいそうになる。

だけど、口に出す前に飲み込んだ。

今謝るのは違うと思ったから。

神梨が望んでいることはそんなものではない。

さっき僕が伝えようとしていたこと、それを素直に言えば良いのだ。

目の前にいる女の子を真っ直ぐに見据えて。


「――明日、僕の家に来て欲しい」


ただ、それだけを――


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