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ふかしぎ真霊奇譚・外伝編  作者: 猫音おる
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金色(こんじき)の切り裂き魔

ふかしぎ真霊奇譚の外伝です。

主人公以外のキャラ達の過去や本編以外での活躍を書いて行きます。

大体一話長めの完結です。

金色の切り裂き魔 ふかしぎ真霊奇譚・外伝編





 幼い頃から、得体のしれない「モノ」が見えた。

気のせいだと、言い聞かせても、どうしても見えた。

だから、小さい子供の頃は変な子だと思われた。

それが悔しくて、反骨精神で生きてきた。

だけど、それだけじゃだめだとさらに言い聞かした。

明るく生きていこう。

そう思って生きてきた。

たった、18年しか生きてないけど――。


 若い頃の方が、逆にいろいろあるのかもしれない。

そう思えると、なんだかおかしい気持ちになる。




 季節は、春。

雪も少し残る、肌寒い、春。


 芹澤護せりざわまもる――中学3年生。

15歳になったばかりの頃。

この頃から既に他の人間からも羨むようなスタイルと美貌を兼ねていた。

腰近くまで伸びた、ストレートな髪。

少しツリ目っぽく強気そうな目つきに端正な顔つき。

白い肌にスラっとして引き締まった体つき。

誰しもが振り返るような美少女だ。

護自身は自慢にはしないが、これでも何度か芸能事務所らしきものとかにスカウトされた事がある。

それだけ目立つくらい、ルックスが良いのだろう。

けど、護は別に芸能の世界とかには興味がない。

むしろ、表世界で目立つような事はする訳にはいかない理由がある。


 決していい生まれではない。

両親もいない。

施設暮らし。

受験生ともなり、そろそろ方向性を決めなければいけない。

(はぁー。高校かー。行かないで働くってのもありかな。でも…)

 なかなか、考えがさだまらない様子だった。

施設での暮らしがそろそろ厳しくなってきた。

というより早く自立がしたい。

(……この力さえあれば…いい稼ぎできるかもしれない…フフフ)

 怪しげな笑みをこぼす。

この力。

すなわち、霊気を使った力。

人より数倍もある、霊力を持つ護。


 いつのまにか、独学で力を操るようになり、自分なりの技術を高めてきた。

一定の師匠は持たず、ほとんど独自の力。

持ち前の運動能力に合わせたためか、接近戦での動きを得意とするようになっていたのだ。

街中を歩いてる途中に、丁度良く浮遊霊物質が飛んでいるのをみつける。

無論、他の人間には見えてない。

「……お前はここに居るべきじゃない。帰るといいよ」

 どこともなく護の右手から青色に輝く剣状の霊気が出てきた。

そしてそのまま横に一閃。

霊物質は見事に二つに断ち切られ、姿を消す。

「そうだよね。この力さえあれば……私は生きていける道がある」

 確信したかのように、思わず口に出して言う。



 携帯に連絡が入る。

施設の職員からだ。

『何やってるの?早く帰って来なさい!』

「ちょっといろいろありまして…もう少ししたら帰るから」

 女性の声。

若くはないと思われる声。

この人にはかなわない。

護にとってはそんな人だ。


 夜中、護はあまり人通りのないような裏道を歩く。

それは自身が生きるためのすべのやる仕事。

「退治屋」――。

あらゆるモノを退治するいわば、殺し屋みたいな事だ。

護は自分自身の力を使い、報酬をもらい指定されたモノを倒すという、物騒な事をやっていた。

そもそも、そんな頻繁に話が入るわけでもないため、時々しか動いてないのが現状だが。

基本は悪霊や妖怪などの物の怪の退治。

場合によれば人間相手もしていた。

実際殺すかどうかは最終的には護自身が判断で決めるという、どうも曖昧で気まぐれな感じなのだ。

結局は護自身が強力な力を持っているのは変わりなく、雇う側も認めざるを得ない。

今も丁度仕事のため、夜の市街へ出てきていた。

今回の依頼主は少し特殊だった。

「何々……?指定の場所は…。なんだコレ。住所によるとココだよね~…?」

 何度も携帯画面に出ているメールの内容を読み返す。

目の前にある中型のビル。

というより、何かの施設のように見える。

明らかに仏教のような飾りがされている。

何かの宗教施設のようだ。

写メの画像の建物と一致している。

わざわざ、丁寧に建物の画像も送ってくれてたようだ。

とりあえず、テクテク歩いて建物の中に入る。

自動扉が普通にガーっと音をたてて開いた。

昔からある建物らしく、古臭さが残っている。

自動ドアも派手な音をたてて開いたのだった。

そのままある程度警戒しつつ入っていく。


 妙に静けさのあるロビー。

無闇やたらと明るい金箔とでも言うのだろうか。

金色に染まるような飾りの建物。

「こりゃ~、怪しいとこ来ちゃったカナー」

 頭を掻きながらそのまま進んでいく。

本来いるはずであろう、受付のカウンターには誰もいない。

時間も時間だろうし、さすがに労働時間外なのだろう。

ふと、壁に掛かっている時計を見る。

時刻は夜の10時を回っていた。

「電話でもした方がいいのかしら…?」

 少しソワソワしながら2、3分程待つ。

突然近くのエレベーターの起動音が聞こえる。

明らかに、誰かが来る―。

そう考えて間違いなかった。


 目の前に現れたのは若い男性。

20代前半くらいだろうか?

スーツ姿で、少し男性にしては少し長い髪。

前髪は丁度七三分けみたいに分けている。

背は護より少し高いくらいで、男性とすれば平均くらいなのだろう。

護は身長はこの時は162cm。

男性は170前後といったところか。

別段、チャラい感じでもない、一見どこにでも居そうな男性。

中学生の護からにしてみればそれでも結構年上に感じる。

ただ、違うのは、何かしら不思議な霊力を感じる事。

「…あ、あんたは…?」

「やあ、こんばんは。本当に綺麗な少女だったんだね。「退治屋」さん」

「……質問に答えて欲しいんだけど?」

「ああ、ごめんごめん。僕は御衣木(みそぎ)。下の名前は(ひのえ)

「ミソギヒノエ…?なんか女みたいな名前だね」

「ハハ、よく言われるよ」

「早速だけど、用件を聞いてくれるかい?」

「……用件…」

 御衣木という男は近くのソファに手を差し出し、護を誘導するように移動する。

二人はゆっくりと座る。


「…用件の前に、聞きたい事があるんだけど…いい?」

 躊躇なく護は質問する。

「ん?聞きたい事?どうぞどうぞ」

「ここって何かの宗教施設?そしてあんたは何者?」

「宗教っちゃあ宗教かなぁ。君は聞いた事あるかい?「日本霊術会」ってのをさ。

ここはその霊術会の支部みたいなところかな。裏ではね」

「……日本霊術会……何度かそういう人物には会った事あるけど」

 護自身も日本霊術会の存在を知っている。

といえどもほとんど関わりがない。

噂程度でしかない。

「そして、僕はここの、代表…みたいな事してるのさ。ま、大した力もないんだけどね」

「そうなの…?」

「そうそう。だったら、君みたいな凄腕の人を雇わないよ。「退治屋」と「ハンター」、どっちにしようか迷ったんだけどね」

「…ハンターって…最近良く聞く…」

「でも話がすぐついた退治屋さんに頼む事になったかなっていう話さ」

「…アハハ。それはありがたい話やら何やら…」

 苦笑する護。

ハンターってのも少し気になるが、今は御衣木の話をしている最中。


「して、あたしに退治して欲しいヤツでもいるの?まあ、退治する相手によれば交渉決裂ってのもあり得るけど」

 中々の高慢さ。

それだけの自信が護にはあるのだ。

「フフ、いいねぇ。その若さ溢れる話。僕もこう見えても若いからノっちゃうよ」

(…なんだコイツ……)

「で、早速退治して欲しいのが…コイツ」

 そう言いながら胸ポケットから取り出した一枚の写真。

その写真には不気味な雰囲気をかもし出している人物像だった。

黒いコート姿に金色の長髪。

俗に言うヴィジュアル系のバンドでやってそうな姿格好だ。

護がよく目を凝らして写真を見る。

そしてある事に気づく。

「これ……妖怪?」

「正解。さすがだね」

 写ってる人物は細身の男…のように見える。

そう、普通の人間には人間のようにしか見えないが、写真ごしだから分かる妙な霊気圧。

霊感高い者にはそれが分かってしまう。

「一見人間のように見えるが、純粋な妖怪なんだ。かなり、妖力の高い、ね…」

「……コイツを、「退治」しろ…と?」

 護は御衣木の目を見つめる。

「その通りさ」

 あっさりと言う。

何やら、この霊術会の支部ではどうしようもない相手らしい。

「…その、日本霊術会とやらが、妖怪一体相手に手も足もでない…とか?」

「うーん、痛いところつくね。ま、ぶっちゃけそうなんだけど」

「ふーん……」

「いろいろ大人の事情があってね…」

「でも真相をはっきりさせてほしいんだけど…」

 しっかりとした理由を聞かせてほしい。

護はきちんとした理由がない限り「退治」という仕事を全うしようとは思わない。

普段おちゃらけてみえても、そういう部分はシビアにしっかりしている。

「簡単に言うと、ここに師事していた術者達はやられてしまったんだよね。総本山から力借りようともそう簡単にいかないし」

「…なるほど。あまり大事にしたくないためにも、外部からの手を借りようと魂胆ね」

「その通り。さすが」

「……アンタのその妙な軽さがなんか怖いよ」



 結局その妖怪が写っている写真を一枚もらいそのまま帰宅する。

なんとも怪しさがあるが、報酬のためにも今回は逃したくない一身もあった。

この仕事、そう簡単に入るわけでもない。

何もない日は一ヶ月続く時もあった。

ある種自営業なので文句も言えないのだが。

ましてや、人間の社会的ルールから外れたやり方。

仕方のない事でもあるのだ。

「金髪の妖怪ねぇ…。何の妖怪なんだろ」

 妖怪とは何度か交戦した事はある。

いずれにせよ低級ばかりであるが。

中には上級の妖怪も相手した。

こちらも傷だらけになりながらも。

これだけ若いのに幾千の修羅場を潜っては来ている。

妖怪にもいろいろいる。

人に悪さする者もいれば害のない者。

好意的な者。

いろいろいる。

「…そもそも、霊術会の人間相手にちょっかい出す妖怪なんてよっぽどの自信家なのかな~」

 何かと疑問が浮かんでくる。

あまりよろしくない頭で考えても答えは出てこない。

「あーっ、ワケわかんないや。帰って寝よ」

 そのまま護は施設へ戻り、一日を終える。



 退治屋としての行動は、必要最低限の情報。

そして見つけ次第、隠密的に始末する。

この裏世界ではよくあるといえば、よくあるやり方なのだが、決定的に違うのがある。

相手を選ぶ。

護の気分次第。

報酬は後払い。

だから、実際評判は悪いらしい。

でも、相手を確実に仕留める。

評価は高い。

こんなやり方をこれから本格的にやる。

それでいいのか護は少し揺れていた。

今回は…どうなのだろうか。

この仕事でこの先決める。

そう確信して、行動に出る。




「でも、情報なさすぎじゃない?」

 護が携帯ごしに少々きつめにしゃべっている。

『なんせ、あまりにも神出鬼没すぎてどういう妖怪なのかも分からなくて…』

 相手は御衣木のようだ。

「ようするに、この写真だけで、判断しろってことか…無茶言うわね~」

『あはは、すまないね。こちらはこちらで大変なんだよ。なんなら報酬も前払いにするよ』

「…成功したら、でいいよ。まったく…」

 護はブツブツ言いながら電話を切る。

手がかりがまるでなし。

少々、いい加減な依頼であった。

(なんだってこんな依頼を……)

 騙されてるのではないのか?

そう勘繰る。


 それからというもの、さほど進展はなく、御衣木との連絡だけが多くなっていく。

そのまま一週間以上がが経過してしまう。

雪もすっかり溶け、アスファルトな道路も歩きやすくなっていく。

気温も先週とは随分違うくらいあったかくなっている。

「……はぁ、まさか、こんな展開になるとは…」

 予想外の時間のかかり方に、少々やる気がなくなっていた。

普通の悪霊や妖怪であればおおよその居場所は分かる。

しかし、こうも情報の無さ過ぎではどうしようもない。

「こうなったら…あそこに出入りしてるしかないかな。動いても分からないなら待つまで…ってヤツ?」

 学校終わってはあの怪しげな建物に行く毎日が増えた。



「毎日のように来るね」

「アンタらがろくな情報持ってこないからよ」

「アハハ、ごめんよ」

「………」

 御衣木はいつものように、笑い飛ばす。

どこか、こう緊張感がない。

「ねえ、霊術会って、何をしてるの?宗教的なのは分かるけど」

「宗教っていうより、悪霊妖怪など退治する専門家の集まった組織みたいなものかな。

僕はある宗派の代表なんだけどね。

いろいろな組織などが集まって出来てるのが、霊術会かな」

「…ふーん……。で、関係ない部外者の私を呼んでまで今は落ちつぶれたわけ?」

「あっはははは!痛いとこつくな~」

 いつもより大げさに笑い出す御衣木。

その大笑いに護が少し萎縮する。

「見ての通り、今は手薄な状態。そして、応援もままならない状態。ここはもう完全に捨てられた状態なのさ」

「…え?」

「霊術会ってのは、数多くある、宗門などが集まったに過ぎない、寄せ集めなのさ」

「…へぇー…」

「だから、力のない所は容赦なく切り捨てられていく。まさに、ここが今そういう状態さ」

「なるほど」

「もっとも…今は霊術会のトップが代わるという噂もあるけどね……。どこまで改善されるやら」

「……そうなの?」

 護には関係ない話。

しかしいずれにせよ接触はあるかもしれない。

もう少し詳しく聞いておいた方がいい。

そう考える。


「僕は、それを食い止めたい一心で、恥を知りつつ、外部の君に手を借りた理由さ」

 今まで見せた事のないような顔をする御衣木。

護はそれを見て少し心配になるような、複雑な気持ちになっていくのを自覚していた。

「ま、もっとも、僕がそれほど強く応援頼んでる訳じゃないからね」

「……なんで?」

「…どうせ、三下程度の術者が送り込まれるだけだろうしね。ここは弱小だから。ほとんどどうでもいい勢いだろうし」

(……う、なんて卑屈なヤツ…)

「それに、僕だけじゃなく、他に強力な術者がいれば…なんとかなるかな、と思って…ね」

 護をみて笑顔を見せる。

御衣木の笑顔に思わず照れてしまう。

「ああああ、あんたねぇ、からかうのも大概にしてよねっ。私はまだ中学生なんだし…」

「あはは、そうだったね。手をだしたら犯罪になるかな」

「…アホかっ!」




 そして、突然展開がひっくり返るコトになる。


 学校も終わり、再び街中をうろつく。

見た目もさることながら、たまに声をかけられる。

まだ中学生ながらも、他の学生とは違い、少し大人びた印象を持つせいか、ナンパという手にかかるようだ。

面倒過ぎて無視する事も多々。

この日はどこか、天気がよろしくなく、どんより空だ。

昨日とうってかわって気温が低く、寒い。

制服姿ではあるが、肌寒く、もう一枚上着が欲しいくらい。

息も白い。

(……寒っ…)

 ブルルっと体が勝手に震える。

この頃運動してないせいか、体がなまっている。

勢いよく右腕、そして左腕と順番に肩をまわす。

(…今日も手がかりなし…で終わるのかな)


「うぐあっ!」

 人通りの少ない裏路地から悲鳴のような声が聞こえた。

こんな時間だし、よくある酔っ払いとかヤンキーのケンカだろう。

そう思い、気にもしないつもりだった。

「や、やめて…やめてくれ!!」

 どうも、ケンカにしては必至すぎる声だ。

護は歩くスピードを緩め、ゆっくりと声のする場所へ引き返す。

案の定、ドカッという鈍い音が聞こえてくる。

音と共に「ぐへっ」という声も聞こえる。

(ちょっと…ケンカにしてはやり過ぎじゃないの?)

 思わずダッシュする。

近くになるにつれ、普通とは違う、違和感を感じた。

一瞬だけでも感じた、強い妖気―。

ダダッと、走った向こうの先には、護自身が目にするような光景だった。


「あ、あんた…、妖怪……だね」

 ハッキリと確信していた。

写真の妖怪と思われる人物とまったく同じ姿していた。

「ほぉ……。我が分かる人間か。しかも、幼い少女ではないか」

 悲鳴をあげていた人間は体中血まみれだった。

服装を見ると、どこかの寺の坊主のような格好をしている。

どうやら術者のようだ。

写真の人物はするどい長い爪をしている。

決定的に人間とは違う部分。

「…その爪でこの人を殺そうとしてたわけ?」

「いかにも。我の前にたてつくのは死あるのみだ」

「……はぁ?何言ってンのあんた…?」

「我が用があるのは御衣木なる男だ。女。お前も邪魔すると、この場で切り刻むぞ」

「…御衣木?あいつに用あるの?」

「……!…ほう、お前、あの人間の知り合いか」

「……だから、何?」

 護もこういう場は慣れている。

だが、この妖怪は一味違う。

経験がもの言うのか、なんなのか知らないがそう簡単にいかないと思い始める。

「ならば、殺すのみ」

「ちょ……いきなりィ?!」

 妖怪は躊躇なく護に斬りかかる。

間一髪、避けることに成功した。

バランス崩れた体勢ながらも、瞬時に片手に霊力の剣を作り出す。

「ほう、戦いを知ってるようだな」

「…これが仕事だからね」

「フン、小娘のくせに生意気な」

「生意気で結構」


 鋭い爪攻撃。

何度も何度も避ける。

こちらも攻撃を仕掛けるが、思うように当たらない。

(コイツ…素早い!)

当たったと思えば弾かれる。


 10分くらいだろうか。

何度も攻撃しては防がれ、護も攻撃されれば防ぐ。

進展のない攻防が続く。

(これじゃ、いずれ体力負けする…こうなったら…)

 護が大技に賭ける。

利き腕でもある、右手に持っている霊力剣にさらなる霊気が集まる。

それに気づく妖怪。

「フム。何かする気だな。だが、作戦もなく闇雲に放つだけなら当たらんぞ」

「……考えるのは苦手なのよ」

霊力剣を大きく振りかざす。

そして勢いよく妖怪相手に振り下ろす。

その瞬間、まるで雷のような霊気の帯が解き放たれる。

「むっ?!」

 当然の事ながら、妖怪は回避する。

「逃がさない!」

 妖怪は突然の軌道を変更した霊気の一撃をまともにくらう。

バチィンッと、強烈な音を立てて吹っ飛んでいく。

「どうだ…?」

 辺りが静まり返る。

だが、妖怪は何事も無かったのかのようにその場に姿を現した。

「ゲッ…マジ?!」

 驚愕する護。

「フフ、人間の子供…やるではないか…さすがに驚いたぞ。だが…」

 スゥっと腕を空高くあげ、振り下ろす。

何かの塊が護に向かって飛んでいく。

なんとか霊力剣で受け止める…が、その瞬間妖怪は護の背を取っていた。

「はやっ…!!」

 一気に斬りつけられる。

「ぐぅぅっ!!」

 強烈な痛みが背中に走る。

「なめるなぁ!!」

 護も普通の人間にはできないような反応速度で振り返り妖怪を斬る。

ガキンッと、強烈な音をたてる。

「むっ!!」

 妖怪の顔を斬りつける事には成功した。

妖怪の武器として使ってる爪も折れていた。

護の霊力剣で切り裂いたのだ。

だが、護の方がダメージが大きい。

「ちぇっ…全然当たらないじゃないの…」

 足元がフラつく。

「フ、フフ、ここは身を引いておこう。我は「月鋼」(げっこう)。また会える日を楽しみにしてるぞ」

 妖怪は月鋼と名乗った。

そしてその場をあっさり後にした。

「…な、何言ってんのよ…!あ、ヤバイ…」

 出血が大きいためか、すぐに意識が遠のいた。

そのまま記憶が途絶えた。



 目が覚めると、真っ白な天井、壁。

そしてベッド。

布団も変な柄も入ってない真っ白な布団。

「…あ、れ…?ここは?」

 ガバッと大きな音と共に一気に起き上がる。

見たことも無い部屋、風景。

「あー、もしかしてあのまま気失ったのかしらね…」

 そう言いながらもどこか楽観的だ。

「アイツ強かったな~。ま、今度は負けないけど」

 どこから来るのか分からない自信。

そうでも言い聞かせないと、また負けそうになりそうで不安になるからだ。

こういう世界で居る以上、負けず嫌いになるのも当然。

生きるための口実。

「あれ、あたし……そういえばあの後…気絶して…その後がこれっていう事は…」

 全力で15分以上戦ってた疲労のせいか、斬りつけられた後一気に体力消耗して倒れたらしい。

(……背中…たしか斬られたはずだよね?痛みはないし…)

 不思議と痛みはない。

くっきり、はっきり斬りつけられたのだ。

護は着てる上着を脱ぎ、上半身裸になる。

「うーん…この部屋鏡ないじゃん…。携帯で撮ってみれば分かるかー」

 携帯電話についてる写真機能で、自分の背中を撮ってみる。

「あらー、確かに斬られたのに傷跡あんまり残ってないー。凄いねーあたしゃ」

 などと、ゴチャゴチャやってるうちにドアが開く音がした。

「やあ、元気になったかい」

「…え?!」

「……や、やあ…」

「………んなっ……」

「あ、ごめ」

「バカァァァァァァァァッッッ!!!」


 どこからともなく、どかーんと大きな音が響いたとか響かなかったとか…。



「いや、ごめんよ。いきなり入った僕が悪かったみたいだ」

 御衣木は後頭部を擦っている。

「……私も無防備に脱いでたのも悪かったよ…。思いっきり殴ってごめん…」

「はっはっは。気にすることないよ。それにしても大きかったよね」

「………ッッ!!ば、ばかなコト言わないでっ」

 猛烈に照れる護。

上半身裸になっていたのをモロに御衣木に見られたようだった。

御衣木によると結構な大きさだと言う。

既にサイズは他の生徒より、一回り大きめに成長している護の胸。

自分でも少し気にしている事は気にしてるようだった。


「で、私をここに運んできたのはあんた?」

「僕ではないけど、助けられた同士が僕らを呼んでくれたのさ」

「じゃあ、私の怪我治してくれたのは?」

「それは、僕の治癒術で…かな」

「へぇ、それじゃ私の命の恩人ね」

「はは、恩にきることはないよ。ただ、依頼主に死んでもらうのも嫌だし…ね」

「……?何か裏がありそうだね」


 御衣木は本当の事を護に話した。

別に隠してた訳ではないが、より確かな状況を説明するために。


 妖怪の名は月鋼と名乗った。

自らの爪などを凶器に変えて戦うタイプ。

どうやら、切り裂き魔として有名になりつつあるようだ。

その妖怪がなぜ霊術会の人間を狙っているのかという理由。

おそらくは、復讐のためではないのだろうかと。

以前霊術会は大規模な妖怪討伐を行っている。

さすがの霊術会も人間などに害のある妖怪だけを倒してるのだが、それの生き残りなのではないのだろうかと。

そもそも、月鋼の一族は戦いを楽しむ、戦闘集団のようであらぬ噂が絶えなかった。

妖怪達の間でも良くない話を聞くという。

そうした経緯から、討伐された過去がある。

その月鋼が今回復讐として霊術会の人間を殺して回っているようだった。

御衣木はその面目を保つためになんとかしたいと思い、外部から助けを求めた格好だった。

「チラっと話したけどね。情けない話だけど僕達では到底勝てそうにない相手なんだ。

だから、凄腕っていう噂の「退治屋」さんに連絡つけて来てもらった訳さ」

「へぇー…」

 少し睨むような目つきで御衣木を見る。

「凄腕なのはたしかだけど、まぁ、まさかこんな可愛らしい女の子だとは思ってなかったけどね」

「うそだー」

「はは、女性、って事は知ってたよ。でも、ゴツイイメージしてたんだけどね~」

「……ゴツイ方が良かった?」

「ふふ。そんなわけないよ。君みたいな可愛い子でよかったよ」

「……あっそ…」

 顔を真っ赤にする護。

どうやら、ストレートに言われるのは恥ずかしいようだ。

「とまあ、訳でさ。結局、人間妖怪関わらず、憎しみだけの連鎖だけで、僕らの世界が成り立ってるのかもしれないな」

「…憎しみ……」

 護も子供ながらも、こういう世界に生きていて「憎しみ」という言葉の重みがずっしり届いてる。

単純な憎しみという連鎖が生まれる世界。

御衣木が言うのは、単純な破壊と再生のみの現状の霊術会の事を言ってるのかもしれない。

「…私も……」

「ん?」

 護が何やらポツリと呟いた。

御衣木は喋るのを止め、護の言葉に耳を傾ける。

「私も…何か守るものさえあれば…もっと強く生きていけるかな?」

 少し深刻風に言う。

御衣木はやれやれといったようなポーズを取る。

ベッドに腰掛けて、話を続ける。


「守るべきものなんて、作ろうとして作るもんじゃないよ。そのうちきっと出来るさ」

「そう…?」

「君はまだ若い。まだまだ未知の世界があるさ。かくいう僕もまだ21歳という若造なんだけどね」

「若っ…」

「若造でもさ、こういう世界を長年生きてると普通の人間とは違う世界が見えてるくるよ。考えもどこか冷めてくる部分あるし。でも…」

「でも…?」

「こう、ピンチな状況でもなんだか希望が沸いてきたよ。君が現れてから」

「…な、なにそれ…」

 そして、またまた赤くなる護。

「手を借りたかったけど、逆に守りたい気分にしてくれるよ。君は」

「う…何そのお姫様みたいなあたし…」

「アハハ、ごめんごめん。でも、守る部分もあるけど、君もしっかり働いてもらわないとね」

 ニッコリ笑顔ながらも、しっかりやれ!と言ってる御衣木だった。

「はぁー、あんたのその落ち着き感、長年こういう所でやってれば身につくわね」

「あ、ところで、まだ君の名前聞いてなかったな。芹澤っていう名前だけしか聞いてないな」

「…さっきから連呼してたよ。守る守るって」

「…へ?」

「だから、あたしの名前は「まもる」なのっ。芹澤護。漢字はこう!」

 そう言って携帯電話のオーナー情報を出し御衣木に見せる。

フルネームできちんと芹澤護と、登録されている。

「へぇ~、護ちゃんって言うんだー。男みたいな名前だね~」

「…よく言われるけど、それ会った時のそのまま返し?」

「まぁね~」

 御衣木に「丙」という名前を女みたいな名前と言った。

今度は御衣木が護に対して男みたいな名前と言う。

皮肉にもお互い男女逆のような名前だった。



 護は学校ではそこそこ人気ある生徒だった。

この日は学校で、クラスメイト達と昼食をとっていた。

自然と人が集まっている。

基本的には明るく人見知りもあまりしない懐っこい性格。

だからあまり親しくない知り合いも沢山出来てしまう。

施設暮らしだったので、どうもこう上辺だけでも人との繋がりを作っていくのが得意だ。

「ねえねえ芹澤さん、どこの高校行くの?」

 クラスの女子が高校について聞いてくる。

「え?高校?んー、あんまり考えてないんだけどね…どうしよっかな」

「やっぱり鞍光くらみつ高校?」

「順当に行けばねぇ~。近いし。他の学校だと学力が足りないかも…」

「あはは、芹澤さんって見た目は勉強出来そうなのにね」

「失礼なっ。こうみえても赤点はギリギリ超えてますー」

 学力には自信がないようだった。

「で、鞍光にするの?」

「でもあそこってちょっと山の方だよね?」

「ねぇー?制服は派手で可愛らしいんだけど」

 鞍光高校は古くからある学校のひとつで、通う生徒も多いそうだ。

護が今住んでるこの地は鞍光高校が近い。

他にも近い学校はいくつかある。

「考えるのも面倒だしなー。でも行きたい理由はちょっとだけあるんだけどね」

「え?何?」

「融通が利きそうだから」

「どうゆうコト?」

 融通が利く。

通ってもいないのになんでそんな事が分かるのか。

そこは裏の情報網から知り得る力。

何かを企んでるようでもあった。


(でも高校通わなくってもいいんだけどね…。じゃないとあの人うるさいし)

 あの人。

施設でお世話になった女性。

こんな「退治屋」なんぞやっているが、表ではお世話になっている施設の職員達を裏切るような事はしたくない。

筋を通す性格ではあるのだ。

(ま、仕方ないよね。学生は学生らしくしてないと…)

 あくまでも自分は一般人として普段は行動する。

そう決めている。

「最近通り魔というか切り裂き魔っていうのがいるらしいよー?」

「えー?何それー?コワイー」

「なんでも包丁とかそういうのじゃなくって…凄い大きく斬りつけられて殺されたり、重症負ったりするんだって」

「本当に?警察は何やってるの?」

 切り裂き魔の話に反応する護。

「……警察でもどうにも出来ない…とか?」

「えー?そんな事件ヤバイでしょ?」

「そうだよね~」

「……切り裂き魔ねぇ…」

 まるで自分の事を言われてるようだ。

そんな感想を抱いた。



 帰宅途中。

施設と学校をつなぐ登校の道。

近く電車が通る高架下のトンネルがある。

そこを通れば近いのだが別に通らなくても帰れる。

霊力の高い護は何かいれば幽霊などの存在を気づく。

(…嫌なのよねー。こういう高架下とかって霊がいるから…)

 余計な霊達とは関わりたくない。

それが本音。

無視をすればいいのだが、悪霊だった場合が面倒。

少しでも存在を気にすると襲ってくる。

(その辺の妖怪の方がよっぽど聞き分けいいよ)


 そのトンネルも時折いるらしい。

しかしこの日はいなかった。

霊は。

今、目の前にくっきりとした人型の姿がある。

「なんで、お前がいるの…?」

 護は鞄を降ろし、右手に霊力の剣を作り出す。

「またあったな。少女よ」

 月鋼だった。

「やめたまえ。今日はやり合いに来たのではない。忠告しに来たのだ」

「忠告…?」

「そうだ。お前、あの御衣木なる男と組んでるようだな」

「…それが何?」

「手を引け。ならば殺さずにしといてやる」

「…ちょっと待った。なんでアンタは御衣木を狙ってるの?」

「それは知る必要はない」

 そう言い残し姿を消す。

「あ、ちょっと……。消えた…」

 静寂。

近くの踏切がカンカン鳴る。

(なんなのよ…まったく)




 あれから、一週間ほど、何もなく時間だけが過ぎていく。

月が替わり、6月に入る。

日中はあったかい日が続くが、まだ夜は寒い。

こんな日常が続く。

御衣木と、より仲良くなっていくのが自分自身でも分かる。

このままずっと時が続けばいいと思ってしまう。

そんな幸せとでも言えそうな時間なんて考えた事もない。

はじめて、感じる温もり…とでも言えるのかも、しれない。

こんな時間が長く続くわけない。

ついにその日は来た―。




「大変です!!ついに、ヤツが…!!」

 慌てた術者の一人が御衣木のいる部屋へノックもせずに勢いよく入ってくる。

「そうですか…分かりました。迎え撃ちましょう」

 もう、既に状況は把握している。

ヤツ。

そう、月鋼と呼ばれた妖怪がやってきた事に。

以前も何度かこの建物へ来ていたが、なんとか撃退はしていた。

どっちかというと、月鋼は無茶をしないタイプなのようで、先日の護との一戦もすぐに身を引いた。

だが、今回は本気のようだ。

なんとなく、分かる。

雰囲気で。

たちこもる妖気で。

「さすがに、こんな弱い砦じゃあ、持たないか…」

 一応戦闘モードへ入る御衣木。

どことなく、落ち着いた表情をしているが、心の奥底では恐怖があるのが自身で分かる。

(……覚悟を決めるしかないね…)

 ぐっ、と、右手を握り締める。

御衣木は部屋を出て、自ら出陣する。



「ようこそ、妖怪サン」

 御衣木が一階のロビーに自らやってくる。

その光景はあまりにも惨かった。

血が至る所へ飛び散っている。

ここに居た者が殺されたのだろうか。

倒れている者が何人か。

御衣木の表情が見せたことないような、険しい顔になる。

「これはこれは…久しぶり。御衣木」

「そうですねぇ。もう会いたくなかったんだけどねぇ」

「……我の左腕の代償…返させてもらおう…」

「…………それはどうも」



 護は、急いで御衣木のいる施設へ向かっていた。

学校の授業が全部終わるのを無視し、サボってまで向かっていた。

『今日が決着の日かもしれない』――。

そんな、メールが入っていた。

アイツがきっと、やってきたんだと。

私情抜きにしても、雇われている以上このような不憫な事で間に合わなかったら…。

護は商売人として、失格だと感じていた。

だがそれ以上に、御衣木やあの施設に居た術者達が心配だった。

「……ったくー!!」

 イライラが最高潮に達する。

自分が未熟なのが悔しかった。

雇われた身なのに、御衣木が勝手に覚悟を決めた事。

自分が何もしないうえに、手当てまでしてくれたのに…。

「…これだから、子供って……バカなのよね。結局は自分勝手に動いて…」


 所詮は子供。

突きつけられる現実。

後先考えないからこうなった、と。

後悔した。

「なんで雇っておいて自分でかたをつけようとするんだよー!!」

 叫んでいた。



 たどり着いた瞬間分かった。

御衣木がやられたんだと。

胸騒ぎは現実なモノになったんだ、と。

その場に倒れこむ御衣木達。

目にしたのは月鋼と呼ばれた妖怪が立ち尽くす姿。

手にはあの長い爪が元に戻っていた。

「アンタ……」

 ゆっくり振り向きかえる月鋼。

「これはこれは、お嬢さん。お久しぶり。ご覧の通り、ここにはもう我を楽しめる者はいないようだ」

「楽しむ…だって?」

 まるでゲームのように言っている月鋼にカチンとくる。

「そう、我は楽しむために来た。復讐?それは違う。そう、人間、妖怪関係なく、我を楽しませてくれる者を狩る」

「あ、そう。で?」

 護はついにキレた。

両手にはいつもの蒼く煌く、霊力剣。

バチバチ音がするのが静まり返った空間に響き渡る。

「ほう、早速やる気か」

「…なるほどね。アンタの一族がそういうつまらないコトのために存在してたってのがよーくわかるわ」

「……ほう?」

「とやかく、アンタは許さない」

 護から攻撃を仕掛けた。


 どちらも凄まじい攻防。

護も最初から全開の様子だった。

それでも難なく防いでいく月鋼。

名の知れた術者の護でさえ、対等以上な戦いを見せる。

(…コイツ…やっぱり強い…!気を抜くと一瞬でやられる!)

 最大限に警戒しながらも、攻撃をし続ける。

「ハハハッ!やはり、小娘!お前は素晴らしい!女の子供でありながら、この戦闘力の高さ!人間とは思えぬ動き!」

「うるさいこの変態爪男!」

「フフフッ!言うではないか!」

 月鋼は間合いを取り、攻撃を一旦やめる。

護も手を止める。

しかし警戒は怠らない。

「護とか言ったな。なぜそれほどの力を持つのに、霊術会なんぞに力を貸す?」

「はん、私はただ雇われただけ。それが何?」

「…フフ、面白い娘だ。出会いが違ったら愛せそうだ」

「……何気持ち悪い事言ってんのよ!!」

 護から再び攻撃が始まる。


「やるではないか…。我をここまで追い詰めたのはお前が初めてだ。少女よ。名前は?」

「…護。芹澤…護」

「ふむ。マモル…か。良い名だ」

「うるさいっ」

「我も本気でいかせてもらう」

(本気じゃなかっていうの?!)

 月鋼の体に模様のようなものが浮かんでくる。

紫色の…おどろおどろしい色合いの模様が。

この姿こそが、月鋼の本来の姿。

普段は人間と変わらないような姿をしている。

人型に近いという事は、それだけ優れている妖怪とも言えるのだ。

「さて、全力で行かせてもらおう…耐えれるかな?」

 一振りの太刀。

「くっ!」

 先程とは違う、重みのある一撃。

「あたしだって負けないんだからね!」

 より、強固に作り出す霊力剣。

そしてもう一つ作り出し二刀流にする。

これ以上の霊力を放出するのは危険だとは感じている。

だが、それだけやらないと勝ち目はなさそうだ。

「ほう。さすがだ」

「……あたしの本来に持ち味は二刀流、さしずめムサシってところかな…」

「面白いっ!」


 激しい斬り合いが続く。

しかし徐々に押されていく護。

経験の差なのかなんなのか分からないが、護は防御体制へ移っていく。

もっとも、元の体力の差であろう。

どうしても妖怪は人間に対して体力や筋力など上回っている場合が多い。

それに相手は全力だ。

「このままじゃ…やられるっ」

 護は一瞬の隙をついて懐に入り込む。

「むっ?!」

 見事に月鋼の顎に肘打ちが命中する。

「うぐっ!」

「続いて~」

 二刀流にした剣技で鮮やかに何度も斬りつける。

「コーラルチェイン!」

「ぐおおおー?!!」

「とどめぇ!!」

 最後の一撃を決めるはずだった。

だが、月鋼は連続攻撃を耐え、カウンター気味に護の腹に膝蹴りが当たっていた。

「…が…あ、れ…?」

「今のは効いたぞ…。だが、まだ詰めが甘いな」

 長い爪で護の体を切り裂く。

「うあっ!」

 簡単に止めを刺さない。

痛めつけるように、サドスティックに何度も護を斬りつける。

「ぐっ…う!」

 何回も何回も何回も。

致命傷にならない程度で。

「ハッハッハッハ…中々楽しめたぞ」

 爪が怪しく光り出す。

妖力を注ぎ込んでいるようだ。

止めを刺そうというのだろうか。

「遊びは終わり…というものだ。愚かな者よ、さらばだ」


(…殺される……。あたしは…こんなとこで…死ぬの…?)

 さすがの護も死を覚悟しそうだった。

そんな瞬間だった。

御衣木が護の前に盾になるように、崩れ落ちていく。

「…み…そぎ…?」

 護の目の前で、月鋼の攻撃を受け止めていた。

よくみると、左腕が無かった。

月鋼の攻撃で、斬り飛ばされたようだ。

「やあ、護ちゃん。僕の力では大した事できなかったようだよ…」

「あ、あんた…なんで…」

「君はこんな所で死ぬべき人間じゃないよ…。こう見えても僕は、目利きが良くてね」

「何この期に及んでバカな事…ッ!」

「僕の力を、あげよう」

 血塗れになった、御衣木の右手が護の頬に触れる。

その右手に何かが当たる。

護は自分も知らないうちに涙がこぼれているのに気づいた。

涙が御衣木の手にこぼれる様に触れる。

あったかい光が護を包む。

一時的に、護の力や霊力が増大していく。


「フッ、まだ生きてたと思えば、今度は盾代わりになるか。人間とは面白いな」

「……る………い…」

「…あ?」

「…許さない…。絶対に…ッッ

 護の体からさっきとは違う霊力が溢れている。

表情も一変した。

「……な、なんだ…」

 月鋼は護の豹変した雰囲気に圧倒されるのが自分にも分かる。

お互いにボロボロの瀕死。

しかし、自分より弱いはずの人間である相手が瀕死にも関わらず、立ち上がる。

月鋼は今までないくらいに恐怖を感じていた。

先程とは、凄まじく違う気迫に。

「お前は…殺す!!」

「ぐぅ……そうはさせぬっ!!」

 焦りから出た攻撃。

護の腹部を長い爪があっさりと貫く。

斬れば良かったもの、突く事により動きを止めてしまう。

しかし、動じる事もなく護は両手に全霊力をこめた剣を作り出す。

異様なまでの、大きさ。

建物の天井を突き破るくらいの、長く伸びた巨大な剣。

「な、なんだ…それは……!!やめろ!貴様ァァッ!!」

 言葉を発することも無く、護はニヤっと笑いながら巨大な霊力剣を振り下ろす。


 真っ赤な鮮血が辺りを駆け巡った。



 月鋼の右肩付近から一気に斬り込まれ、凄まじい量の血が吹き出ている。

護も自分の血なのか、相手の血なのか、分からないくらい血塗れになっている。

それは、一気に形勢逆転だった。

御衣木から受け取った霊力で、護の霊力剣が御衣木でも防ぎきれない程の威力になっていた。

「ぐ……が……、この我が…人間の小娘などに…」

「…知らないよそんなの…」

「フフ、貴様も……もう、持つまい…」

「……」

 無言でうつむく護。

もう意識が遠のきそうだった。

だが……、


「私は、諦めないよ…基本バカだからっ!」

 護は突然顔をあげ、ニッコリと笑顔を見せる。

「…何?!」

「死ぬくらいなら、他人の血肉を奪い取ってまで生きてみせる……それが私の…生きる意志なのよ…!」

「貴様…ッ!」

 護は切り刻んだ月鋼の肩を噛んだ。

「うぐおっ!!」

 そして、まるで吸血鬼のように月鋼の血を吸い出す。

そこから、月鋼の妖気も吸収し始めた。

「うがぁぁぁあっぁぁっっ!!!」

「ぐぅぅぅ…!!」

 護の無茶過ぎる行動。

血を吸う等と、もはやとち狂ったとしか言いようがない。

月鋼はなす術もなく、動きが止まる。

「バ、バカな…そんな事すれば…貴様は…人間をやめることになるぞ…」

「…元より、人間らしい事してない…よ…」

「フ、フフフ…フハハハ!!」

「何が可笑しい?!」

「面白い……それならば、貴様を妖怪にしてやろう…」

「!!」

 月鋼自ら血を護に浴びせる。

先程貫いた腹部分からも血を、妖気を無理やり押し込む。

「がっ…ぐぎ…!!」

 拒絶反応なのか、護が悲鳴をあげる。

「フハハハハ!!人間から妖怪か…面白い!!ハハハハハ…」

 月鋼は、笑いながら、そのまま後ろに倒れる。

ドロ…と、大量の血が地面に流れる。

かなり強烈な光景だ。

「ぐぅ……」

 護はなんとかまだ意識があるようだ。

「教えておこう……、我は……金色のあやかし……月鋼…。

我が一族は……月明かりと共に生まれた…金色の妖なのだ…。殺戮の…」

 何かを言い残し、そして全て言い切れる事なく、息遣いが止まる。

月鋼はもう言葉を発する事もなくその場に倒れこんだまま。

息は、もうない。

ようするに、「死」という状態へ向かったのだ……。


 強力な妖気を体に流し込んだ護。

みるみるうちに、髪の毛の色が金色のように明るくなっていく。

何か、筋肉の流動とでも言うのだろうか、いろんな箇所が痛い。

「ぐっ……!!な…何…この感覚…!!」

 ビクンと何度も体を震わせながら、何かが変わっていくのが自分でも理解できる。

もはや、何が何だか分からない。

考えることも出来ず、護はまた意識が遠のいていった……。



 霊術会に情報が素早く伝わっていった。

各支部の驚きも隠せないと。

あの、月鋼が死んだ。

それも、一人の少女に倒された。

かつてない出来事が噂となっていった。




 とある、病院。

そこには奇跡的に生きていた御衣木の姿があった。

残念ながら、左腕をなくしたままだった。

治療する暇もなく、そのままの状態となってしまった。

斬られた腕も損傷が酷く、くっつけてもどうかという状態だったようだ。

「…暇だな」

 入院は辛くも暇で時間を持て余す。

片腕では、今まで出来た事が出来なくなってしまうケースが多々ある。

何をするにしても、苦難の連続だ。

「傷もなんとか癒えてきたし…リハビリかぁ。これからだな」

「御衣木さーん。可愛らしい方がお見舞いですよ」

 女性看護師が見舞いが来たと言って病室へやってくる。

その後ろから、ひょこって顔を出す人物。

金髪姿になった護だった。

「…や。御衣木」

「やあ、護ちゃん」

 少し怪しげな二人をニヤっとしながら去っていく看護師。


「で、どうだい、学校では」

「…不良になったーって、散々言われたよ」

「ハハハ、だろうね」

「笑い事じゃないよ…。あの妖怪のせいだまったく」

「でも、えらい災難だったよね」

「……私はいいけど、あんたの腕…」

 悔やむべきなのは、御衣木の腕が犠牲になったこと。

雇われた身として、守るべき存在なはずの御衣木をこのような目に遭わせてしまった事が悔やんでいる。

「はは、今までのツケが回ってきたのかもね。今までロクな事してなかったのも事実だし。

今は医療も発達してるし、義手も性能いいらしいしね。

それに頼るつもりではいるけど。

逆に、君もそんな姿になっちゃって…」

「この髪…アイツみたいになっちゃって事かな。体が妖怪みたいになっちゃって。回復力も全然違うし。アイツの特徴なのかも」

 月鋼は以前護の攻撃を何度か受けたのにも関わらず、すぐ回復していた。

こうした特徴が護に受け継がれてしまったようだ。

「でも、綺麗な髪だよ。元々綺麗な長い髪だったしね」

「…これ、残念な事に地毛みたいなのよ。元に戻らないのかな…。ま、地毛だったら仕方ないんだけどさ。

あと鏡見たら、よーく顔見たら眉毛やまつ毛も金色なんだよね~」

「外人さんみたいだね」

「んー、じゃあこれからそういう風にしとこうかな?」

 開き直る護。

金髪もまんざらでもないようだ。

「でも突然地毛で金髪になったーって言っても信じられないのでは?」

「あー、そうねー。面倒だから黒に染めてたって言ってるよ」

「あははー、それちょっと面白い」

 なんだかんだで会話が弾む。


「ねえ、あんたを狙ってたアイツって、なんで狙ってたの?」

「あー、それはね、一度戦った事あるんだ」

「それはなんとなく分かる」

「でも左腕しか封じれなかった。それでも戦力は少しだけ落とした筈なんだけどね…」

「なるほど…だから左腕を動かしてこなかったんだ…」

 それでもかなりの強さだった。

それがなかったら今頃こっちが完全に死んでいたのかもしれない。

「結局こっちが同じ左腕を失っちゃったけどね」

「………そうね…」

 沈む空気。

暗い雰囲気になってしまう。

だがそんな暗い空気を嫌う護。

勢いづけて話題を変える。

「じゃ、じゃあさ、アイツってなんの妖怪だったの?金色の妖とかって言ってたけど」

「……詳しくは分からないんだけどね。金色に輝く髪を持つ、人や妖怪などを誑かす妖怪の一種らしいよ」

「たぶらかす?」

「まあ、欺くとか、バカにするていう意味かな?」

「なるほどー」

「それがどこからか、殺戮するだけの妖怪になってしまったようだね」

「……そんな妖怪の血が…あたしに?」

 少し怖くなる。

「気にしなく大丈夫さ。妖怪の血だろうがなんだろうが、護ちゃんは護ちゃんだろ?」

「…ちゃん付けで呼ぶな」



「アンタはどうすんの?」

「僕は、今の組織を解体するよ。霊術会から脱退する。と、言っても、独立するだけで、何かあれば協力はしたいけどね。

なんだかんだ言って霊術会は大きいし、ね。繋がりあると何かとおいしいかも」

「…アンタらしいね」

「君はどうするんだい?」

「……今いる施設出て、一人暮らしする。そして高校行こうかなって」

「へぇ、そうなんだ。お金のツテとかあるの?」

「大丈夫。今まで貯めた分あるし、アンタから今回のお金もらったし」

「ふふ。お互い、今後大変だと思うけど頑張ろうか」

「……そうね。まったく。丙、アンタの爽やかさがむかつく通り越して、呆れて心地いいよ」


 病室の外は、綺麗な晴れ模様。

あの激闘が嘘のような現在の状況。

とはいっても、お互いに傷が出来たのも事実だが。

「どこの学校に行くんだい?」

「ちょっと遠くの。鞍光高校ってとこ」

「鞍光……?あそこってかなりの術者とか妖怪がいるって聞くけど」

 どうやら有名な学校のようだ。

「でしょ?そこならココより仕事沢山あるかなって思って。ちゃんと学生もやるけどね。だって、いい知り合い作りたいし」

「…君にしては考えまとまったんだね」

「何それー、私がバカみたいな言い方じゃない?」

「アハハ、ごめんごめん」


 御衣木は、どこからか何か光り輝く物を出し、護に手渡す。

「何これ?」

「特になんでもないんだけどさ、カッコイイから護ちゃんに似合うかなっと思って」

「…ネックレス…?みたいなの…だね」

 手渡されたのは、剣に翼が生えたようなデザインの装飾品。

ネックレスのようになっている。

「一応、これ、魔除け効果あるから。うちが販売してるグッズにするつもりだったけど、

そんな状況じゃなくなっちゃってね。

僕が持ってたもので悪いけど…あげるよ」

 笑いながら言う。

「なーにソレー。まるで告白みたいな」

「そう思ってもらっても構わないよ。でもまだ君中学生だし、アハハハー」

「…また、バカみたいな事爽やかに言いやがって…」

 顔真っ赤にする護。

どうも、御衣木の言動は護にとっては少々恥ずかしいものだった。


 護なりの結論。

慣れしたんだこの場所から離れ、新生活を始める。

施設を出て、一人暮らしするための安い物件もみつけた。

一応施設からの僅かながらの支給はある。

それだけに頼るつもりはない。

退治屋として、稼いでいく。


 鞍光市周辺はかなりの霊磁場が強いといわれる場所。

自分に合った所だと確信しながら、進路を決める。

一方、御衣木丙も自分の支部を一旦解体し、再構築をする事を決める。

霊術会からの独立。

腕をなくしたとはいえ、代表として実力はあった。

時間かけてでも復帰を目指すようだ。



 病院の外へ出て、綺麗な庭を歩く。

あれほどの重症な怪我負ったのに、今は無理をしなければどうって事ない状態まで回復した。

戦いから、既に二週間以上経っている。

月鋼を倒してから、何度か自分の力を試した。

どうやら、自分の意志で妖怪の力を駆使できるようだ。


「さようなら、前の私。これから新しい、「芹澤護」になるよ。丙。これから会う事も少なくなると思うけど…

私は丙に助けられた部分もある。もっともっと強くなって、「悪」を退治する退治屋目指すよ」

 腰まで伸びた金色に輝く長い髪を、自らの霊力剣で斬る。

一気に肩まで短くなる。

切られた髪は綺麗に空へ舞い上がって行った。




 約一年後、護は鞍光へと、自分の活動場を替える。

そこへ、新たな出会いが自ら望んだ通りとなる。

鞍光でも活躍の場を移し、まるで月鋼を引き継いだように、「切り裂き魔」とも不本意な通り名まで貰ってしまう。

そこが護らしいところでもある。


「さて、今日も張り切りますかっ」

 御衣木から貰ったネックレスをさっそくつける。




 ――今日も、護は真夜中に「退治」をする。



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