9 奴隷の扱いと実力
「あの、すみません」
「はい、ご注文ですか?」
「ええ。あと、この奴隷なんですけど」
宿についてる食堂に行き席についた。脇に座らせてるヨアンを親指で指差すと、店員はちょっとだけ顔をしかめてから、無理に微笑んだ。
「はい、奴隷飯ですね」
「いや、隣であれ食べられると食欲なくなるんで、一番安い量だけあるやつ、床で奴隷に食べさせたりできます?」
「そう、ですね。普通のお皿を床におくわけにはいかないので、普通に料金をお支払いいただけるなら、その料理を奴隷飯用のお皿に並べてだすことはできます。一皿にはなりますが、できるだけ見た目に気を使います」
「ああ、そうして。あの臭そうなのじゃなければいいから。じゃあ……私は魚定食で、奴隷はこの一番安い貧乏丼で」
「かしこまりました」
貧乏丼とかどんなのかわかんないけど、定食が700Gのこと考えると、200Gとか不味そう。
しばらく待つと運ばれてきた。貧乏丼はご飯に山盛りキャベツで、鼻くそほどお肉がのって、山ほどタレがかかって、一応香ばしい匂いはしてる。
現代の牛丼の方がましじゃね? 肉すくなすぎだろ。奴隷からしたら汚くても残飯の方がいいのかな?
贅沢させてあげるつもりはないけど、ちょっと気になってヨアンの様子を見るとばりばり食べてた。表情は、ぶっちゃけ買った時から全然動かないからわからん。
まあいいや。私も食べよう。
お昼を終えて部屋に戻る。
さて、じゃあちょっと、今後について真面目に考えよう。
とりあえず、いつまでも腰布一枚じゃちょっとね。普通にそのままのもいたけど、街を歩いてて服を着てるのも見かけるから、服を着せても普通だろう。
て言うか何が嬉しくて常に半裸の男を視界にいれなきゃならないんだ。
服を買いに行くとお金がかかるし、手持ちでなにかないかな。あ、剣道着はどうだろう。紐でしめるわけだし。
「ふむ。動きやすさはどう?」
「下は問題ない。上は破れそうだ」
「だよね」
袴はまあ、丈が膝丈になってるけど問題ない。けど上はねぇ。紐で結べないし、肩幅全然あってないわ。
ユニセックスな服はあるけど、どれも私が着てたしなぁ。サイズ……あ、そうだ。
「これは?」
前に兄がネットでサイズを間違って買ったパーカー。だぼだぼだってくれて、私は袖を捲くってワンピースみたいに下をはかずに家着としてつかってたくらいたけど。
「これなら問題ない」
前はちょっとたりなくてチャックも閉められないみたいだけど、特に腕回りがゆるーいつくりのストレッチ素材だから、ぴちっとしてるけど動きは問題ないみたい。私の膝まであったパーカーは、ちょうどヨアンの腰まである。
うーん。てか、ほんとにこいつ大きいなぁ。
私は身長が153センチだ。この世界に来て、大きい人は多いし、だいたい女の人でも私より頭ひとつは大きい。男の人で、それよりさらに頭ひとつ大きい2メートル級も珍しくない。
でもヨアンはそれよりさらに頭二つくらいでかい。街中歩かせるとそれがよくわかる。
もちろんそれに合わせて、体格もものすごい。2メートル級の男の人でも、私より肩幅が2回りくらい違って厚みもあるのに、ヨアンは私よりリアルに2倍の肩幅がある。
「巨人族って、みんなこんな大きいの?」
「!?」
あれ、何気なく聞いたのに、ヨアンは驚いてるとわかる顔をして、ペンを走らせる。
「何故私が巨人族だと?」
「え? えっと、ギルドに登録するときに、名前とか調べる機械あるじゃん? あれと似たようなの持ってるから」
「あれは魔族かそうでないかをわけるためのものだ。猫人族も巨人族も全て人族で表示される」
ええ? そんなとこまで微妙に違うとか、そう言う落とし穴やめてくれませんかねぇ?
「知らないよ。もらいものの機械だから。もういいから」
「すまない。質問に答えよう。巨人族はみな、私よりもう一回り大きい」
「もういいよ。興味なくなった」
てか、何気なく聞いたけど失敗だよ。ヨアンの個人情報なんて聞いてどうすんのさ。情がうつって、いざと言うとき盾にしにくくなったらどうすんだ。
「すみません」
「いいよ、別に。それより、その……ごめん」
「?」
「買うとき、殴ったから。あれはまあ、その、色々あって」
「主人が奴隷を殴っても、それは当たり前のことだ。気にするな」
いや、情をうつすつもりはないけど、だからって無闇にしいたげるのは別の話だ。奴隷屋もひいてたし、私寝てなくてちょっと頭おかしかった。
「……」
「アユム様の攻撃は軽いから、大丈夫だ」
「……ありがと」
気まずくて黙ってたら励ましてくれた。
お礼を言うと、ヨアンは笑ってるのかどうか判断に困るけど、ちょっとだけ唇を震わせたから多分笑ってる。
気持ち悪い見た目だけど、見慣れたら段々感じなくて、感情がわかるように……って、なにヨアンが笑ったとかちょっと喜んでるの!?
「あ、だ、だからって別に、私が奴隷を大切にするなんて思わないでよ! ヨアンなんか、私の盾なんだからね」
「わかってる。私はアユム様の奴隷だ。気にせず、物として扱ってくれ」
従順だ。使いにくいなぁ。
○
ヨアンと言う見張りがいることで、とりあえず休息時間も得た。人間相手でも経験値が入ったのでレベルも上がったし、ここはさっさとこの街を出ていきたいところだ。
ヨアンと言う盾もいるし、今度は油断しないからまた捕まるとは思わないけど、見つかったら厄介には違いない。
だけどヨアンの実力を知らないまま、と言うわけにもいかない。乗り合い馬車に乗るにしたって、魔物はでる。
「と言うわけで、ヨアンの実力を見せてもらうね」
ヨアンはこっくりと頷いた。奴隷は持ち物なのでギルド登録の必要はない。私のカードで申請した。
ちょっとだけ、ギルドがぐるでないだろうなと思ったけど、さすがに全員がってことはないだろ。まだあの事件から翌日だし、手当てしてるころだろう。
さっさと実力見て、うまくいったら夕方にでも出よう。宿代は勿体無いけど。
さて、ヨアンの実力は……
「……」
ぶしゃあ、と血しぶきをあげて、一撃で犬ころが始末されていく。私がかつて苦戦した犬のむれを、数分で撲滅された。途中普通に噛みつかれてたけど、つかんで腕力で粉砕してた。
レベル50半端ない……スキルとるまでまだまだだし、私のが先にコンプリートするわとか思ってちょい舐めてたけど、ステータスはちゃんとレベル準拠だもんね。
複数職業を使えないとは言え、戦士以外にさせる必要もないし、これは思った以上にいいものだぞ。むしろ安い買い物だった。
「い、いやぁ、すごいね」
声をかけると、ヨアンはいそいそとポケットからメモを取り出して書き込んだ。
「すまない。実力と言うことで以前のようにしたが、これでは毛皮や肉はとれない」
「いや、それは元々とってないからいいよ」
そうか、そう言う面もあるのか。前からこん棒が武器だったみたいだし、冒険者として強いけど、毛皮や肉をとりたい冒険者には売れないわけね。
「それより、武器や防具で必要なものがあれば言ってね。そのせいで実力がだせないとかだと困るし。そうそう、食事もね、勝手に貧乏丼頼んだけど、よかった? 奴隷飯のほうが量多いかなって思うんだけど。やっぱり体が資本だから、ご飯にはある程度融通をきかせてあげるから、言ってね」
私が尋ねると、ヨアンは目を瞬かせてから、ゆっくりと書き出した。
「武器防具はこのままで問題ない。奴隷飯はくさくて不味いので、できれば貧乏丼がいい。だがもし許されるなら、量はもっと欲しい」
「あ、そっか。おっきいもんね。丼3杯くらいでいい?」
ヨアンは頷く。体重だけで5倍以上ありそうだし、そりゃ量食べるよね。
で、奴隷飯はやっぱまずいんだ。そりゃそうか。贅沢させる気はないけど、三人前なら600Gだから普通に食べさせてるのと変わらないな。
そう言う意味でも売れなかったんだろうね。でも少なくとも奴隷二人分以上の働きはしてくれるだろうし、本当に奴隷を三人買うより安いわけだし、いいか。これだけ強いなら、食事代くらいはすでに元がとれてるし。
「わかった。じゃあそうしよう。とりあえず魔石とってきて」
ヨアンが魔石をとってくれてる間にステータスチェック。よし、ちゃんと経験値は入ってるな。
「よし、ヨアン。この街を出るよ」
○