7 奴隷を買う
人間なんて信じられない。もう何も信じられない。男なんてくそだ。
バディに襲われかけた後、私は詰め所に行った。警察みたいな、自警組織が各街にはあり、同じマークの看板をだしているからすぐ分かった。
騎士みたいな鎧を着た男が一人いて、言われるまま奥の部屋で席についてその人に事情を説明すると、それは大変だったね。とりあえずこれを飲んで落ち着きなさい、と言いながらくっさい飲み物をだしてきた。
顔をしかる私に、男は同じくくっさい別のコップを飲みながら、珍しいお茶でこう言う臭いだけど、飲むと美味しいよと言った。
コップを手に取りながら、何となく調べるをしたら、睡眠薬入りだった。
あくまで警察官だから信用できると思って、何となく調べただけだったのに、そうなったから驚いて、どう反応していいかわからなくて、飲むふりをした。
コップを脇へおしやりながら、うーん何だか眠くなっちゃったむにゃむにゃと言いながら机につっぷして数秒。
全くドジを踏みやがって。どれどれまずは俺が味見を、とか言いながら男が私の肩に触れたのでぶん殴って雷球を食らわせて逃げた。
もう誰も信じられない。
泣きながら街を走り回り、町外れのくっさいゴミ箱の隣で膝を抱えて隠れて、変装がわりに帽子と上着を身に付けて、朝が来るのを待った。
「うわっ! なんだ!?」
「!?」
気づいたらうとうとしていたらしい。慌てて飛び起きると、白いエプロンをつけた女性がいた。怪しい。
「何者だ、あんた」
怪しいのは私の方だったか。
「すみません。昨日、おかしな人に襲われて、逃げてきました。すぐに退きます」
逃げた。
とりあえず、休みたい。どこか安全な場所は……さすがに、街全部の人がぐるってことはないはず。
そう、どこか、しっかりした高めの宿なら。でも、昨日の男は、自警組織なのに。街ぐるみ、ありえるか?
期せずして仮眠はとれたはずだけど、心が重い。普通ならあんな体勢では体ばきばきになってもおかしくないけど、さすがゲームの体。疲れはないし、怪我はないから痛みもない。
だけど精神的にはしんどい。苦しい。周りを歩く人全部が私の敵な気持ちになってて苦しい。
さすがにそれはないはずなのに。誰か、私の味方はいないの? 誰か助け……あ
「……」
「ほら、さっさと歩け!」
「申し訳ございません」
首輪をつけた奴隷が、主人に殴られながら道を歩いて行った。
……奴隷だ。そうだ、奴隷だ! 奴隷は魔法の首輪で支配されてて、逆らえない! 奴隷を買えば、奴隷は私を裏切らない。奴隷がいれば、眠る時に見張らせることくらいできる! 信頼できる!
私はベルとかに見つからないよう警戒しながら、奴隷屋を探した。一つ目はちょっと汚い感じでちょっと覗き見て、値段とか状態だけ見てやめた。
二つ目は高級感があって、人がきて説明してくれた。できるだけ姿を隠そうと高かった毛皮のロングコートを着てるからか、対応がよかった。
でもどうにもどの奴隷も見目がよくて、自信を持ってる感じだった。色んなことができますよとすすめてくれて、冒険にも連れていけるらしいけど、自分に自信がある奴隷なんて下克上を企てるかも知れない。
それに値段もさすがに高い。車並みだ。一番安いのなら買えるけど、無理をする必要はない。
そして三件目、割りと小綺麗だけど、二つ目ほど高級感なくてシャンデリアもないけど、普通によさそうだ。
「奴隷をお探しですか?」
「はい。奴隷を買うのは初めてですので、多少高くてもいいものを買いたいと思います」
店員の目がきらりと光る。ぼったくられるのは承知の上だ。上客だと思わせて、対応をよくしてもらうに越したことはない。
「主にどのような用途でお使いになられますか?」
「冒険者ギルドでの依頼に連れていくつもりです。その他雑用も考えてますが、冒険優先です」
「そうですか。ではこちらへどうぞ。腕に覚えのあるものを揃えております」
誘導されるまま奥へ行くと、筋骨隆々の男ばかりだ。うっ。引く。てか怖い。
「奴隷と言えど、やはり女性の方は同性の方がよいでしょう。男の奴隷よりは値が張りますが、今、いい奴隷がいますよ」
さらに奥へすすむと、同じように筋肉がついてるけど、女の人ばかりがいるエリアに入った。確かに、これならそんなに怖くない。何より私を強姦することはないだろうし。
男たちもどこか私に求めるような顔をしていたけど、女たちはよりひどく、すがるような泣きそうな顔を私に向けてるのがいる。
「あ、あの! 私を買ってください! お願いします! 何でもします!」
一つの檻にいる、私より年下だろう女の子がそう叫んだ。
可愛らしい顔立ちだっただろうに、右目のあたりから大きな切り傷があり、左側には頬から首にかけて火傷のあとが見られる。
可哀想だ、と思ってしまった。だから、駄目だ。
「駄目。あなた、可哀想だから、肉壁にしにくい」
端的に答えると、女の子はびくりとして、黙ってうつむいた。
「申し訳ございません、お客さま。こいつは最近きたばかりでして。おい! 奴隷の分際で勝手にしゃべってんじゃねぇぞこらぁ!」
「それより、肉壁にしやすい、頑丈そうなのが欲しいんですけど。男でも構いません」
「そうですか。では、男ですが、こちらはどうでしょう」
そう言って店員はさらに別の部屋に連れていく。
一つの檻の前に立った。その中には男がいた。
座っているのに、立っているのかと思わせるような体格で、立てば2メートル以上確実にあるだろう。
そして何より、顔。全て溶けていた。鼻もなく口もなく、まるで蝋人形のようだ。だけどよく見たら、穴があるし、口らしき切れ目がある。
髪の毛も眉毛もなく、頭皮は少しただれている。きっと燃えたのだろう。男は腰布しかつけていないから、体にも広範囲に火傷のあとがあるのがわかる。
「見ての通り、上半身がただれています。火事にあい、誤って薬品もあびた結果、この状態になり、喉もやられて話すことができません。しかし目も手足も無事で、元冒険者で実力はあります。何より、この化け物のような容貌、お優しいお客さまでも、肉壁にしやすいかと思います」
「……」
確かに、この体格なら戦闘には問題ないだろうし、喋れないなら私を騙すことも、悪いやつらと内通することも難しいだろう。
調べてみる。
『ヨアン・クリスティ 巨人族と人族のハーフ・男 level.50 戦士』
一時、適当に調べまくって、色んな種族の人を見てきたけど、 巨人族は見たことない。でもまあ予想はつくし、問題はない、わよね? レベルが高いのは嬉しいし。
男はじっと、私を見つめている。その青い瞳は静かで、綺麗に見えた。
「……いくらですか?」
「ありがとうございます。実は、さすがに外見が外見ですから、売れ残りです。お値段は15万と言ったところですね」
「売れ残りのわりに、平均的な男性奴隷の値段ですね」
「能力はありますから」
「いいでしょう。ただ、奴隷を買うのは初めてです。詳しいこと、注意点などあれば教えてください」
「承りました」
店員はにんまり笑って、オプションはサービスさせていただきますよ、と言った。
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