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銃貸しババアの田舎飯

作者: 暇 隣人






 街でやけにかわいい娘がチラシ配ってるのを見たときから、なんとなく雰囲気で察するところがあったわけだ、俺としては。ただ当時、金に困ってるかと聞かれれば間違いなく俺は「イエス」と答えただろうし、つまり今更何をどう後悔したところできっとあの時の俺にとっては他の選択肢など無かっただろうと思う。なにしろ明日の朝飯代すら足りないような状況だったわけで、そんな時、人間って生き物は自然と羞恥心や自制心とかいうものがはたらかないように出来てるらしい。

 俺があのかわい娘ちゃんから受け取ったチラシには、何の動物がモデルなんだかよくわからん奇妙なキャラクターが一体、それから電話番号と事務所らしき場所の住所だけが書かれていて、後は白。そう、白だ。真っ白だった。会社の名前も何もない。ひたすらに白だ。せめてこのキャラクターに一言二言喋らせとけよおい、と思ったがそんなツッコミが浮かんできたのはチラシを受けとってから五分後だ。まさかまたあの通りまで戻ってあのかわい娘ちゃんに時間差でなんでやねん攻撃をくらわせてやるわけにもいくまい。そういう細かい不満が積み重なって最終的に爆発した結果、俺は携帯電話を取りだしてチラシに書かれた番号を至極丁寧に入力してやったわけだ。

 聞きなれたコール音の後に聞こえてきたのはババアの声だった。

「借りるの?」

 一言。そんで沈黙。

 いやわけわかんねーよな。俺もわからん。

 その口ぶりからして、どうせどっかのうさんくせー金貸し屋か何かなんだろーがってのはなんとなく察したわけだが――正直に言えば俺は腹が減っていた。最後に食ったのはその前日の昼、近所のクソまずいラーメン屋でのびのびとした麺をもちゃもちゃしてたくらいのもんで、だからやっぱり人はこういう追いつめられ方をするとどうも短絡的になる。つまり俺は

「借りる」

 と答えた。アホだ。

 ババアの「あいよ」という声が聞こえてきて、がさがさと何かを漁ってる音がそれを追い、五分くらい経って「じゃあ、そこに書いてる住所まで来な」とババアがリターン。そしてすぐに電話を切られた。

 俺は正直迷っていた。事務所に呼ばれるってことはつまり相手のフィールドに足を踏み入れるってことだ。一度踏み込んだら最後、法律なんてあるのかないのか、非常識な契約書に親指でしっかりとハンコ押すまでは出られないなんてことになりかねない。だいたいこっちはまだいくら借りるかも言ってねーし、というか名前も聞いてないのに電話を切るってのはほんとにわけがわからん。それからしばらく迷って駅のあたりを歩き回っていると、腹の虫が「さっさと行けよ」と本格的にごねりだしたから結局のところ行くことにした。安い決心だ。




 書かれていた住所はそれほど遠くなかった。ただ最高に気がかりなのは、そこが都会でも繁華街でもなんでもなく、明らかな田舎のど真ん中だったということくらいだ。こんな場所に店建てて誰か来るもんなのかね、と心配になったがまあこんな平和そうなところにも俺みたいな負け組人生まっしぐらな奴が少なからずいるってこったろう。他人事じゃないが馬鹿みてーだと思った。まあ都会でゴミ拾いしながら金稼ぎしてるホームレスのおっさん共よりまだましかと勝手に納得した。

 着いた場所は間違いなく骨董品店だった。

 ……さ、帰ろう、と思ったが後ろからババアの声に呼び止められた。振り返るとなるほどババア。ここまで典型的なババアがいるのかと感心すらした。まあ田舎には一人くらいこういうババアいるよな。わけのわからんことを考えながら手招きされて、俺は店の中に入った。ちなみに店内も完全に骨董品店だった。

 そのままレジまで俺を連れて行くと、ババアは店の奥に入っていった。ここで待ってろってことか。しかしまたなんでこんな店が金貸しなんぞやってんのかね、老人の娯楽か? と思ったがたぶんここは質屋みてーなもんなんだろうな。骨董を預かる代わりに金を貸す。上手いかどうかは知らんが上等な商売だ。さて俺は骨董なんて持ってないが何を担保にさせられるんだろうな。臓器はまだ売りたくねーけど、なんて思ったがそれも割と悪くねーかもなんて思った。

 店の奥から出てきたババアがレジに拳銃を置いた。

 拳銃を置いた。

 ……うわ、ヤバ。

 俺はすぐさま店から出ようとしたが背後から呼び止めババア。そのまま逃げりゃよかったものを俺は律儀に振り返ってしまった。ババアと見つめ合う一分間。ふるさとの駄菓子屋のばあちゃんがやけに万引きGメンの目つきしてたのを思い出した。

「借りるっていっただろう、お前」

 まあそりゃ借りるとは言った。それはもちろんだ。いまさら白を切るつもりはない。だがしかし俺が「借りる」っつったのは金の話であって拳銃じゃない。だいたい拳銃を貸す? ってなんだ? 拳銃貸し屋なんてものがあるとは夢にも思わなかった。チラシ配りのかわい娘ちゃんの顔からはどう想像しても出てこねー発想だ。

 だがよく考えてみたらババアも「金を借りるの?」と聞いてきたわけじゃない。ちくしょう。してやられた。俺はなんかとんでもねー事態に巻き込まれている。ふるさとの両親の顔が不意に浮かんできた。もしこの先俺が生きていられたらすぐに電話しようと思った。

 完全に固まった俺を見ながら頬杖ババア。俺はとりあえずレジまで戻って、おそるおそる拳銃を触った。BBガンやモデルガンの類にはあいにく興味がないから比較のしようがないが、重さからしてまあたぶんこれって本物なんだろうなーと出来るだけ平静を装いながら予想した。これで偽物だったらどんなにいいかって話だがババアはさっきからずっと沈黙ババアのまま、「さっさと持って行けよ」と目で語っている。ちくしょう。年の功なんて信じちゃいなかったが少なくとも目力についてはそれも真理かと悟った。俺は拳銃を出来るだけゆっくりバッグに入れてから店を出た。それから走った。とにかく走った。

 十分くらい走るとさすがに疲れた。休憩ついでに携帯で実家に電話をかけてみた。留守だった。




 そんでまあこの拳銃でどうする、といろいろ思案してみたが考え付いたどのプランも結局ブタ箱行きか死ぬかどっちかの結果に落ち着いた。拳銃で飯が食えるか。極道にでも売り飛ばそうかと思ったがそんなコネはない。というかある方がおかしい。単身で暴力団の事務所に突っ込むほどの勇気もない。腹の虫は依然として「さっさと飯食えよ」を繰り返していたのでもういっそこいつを撃ってやれば楽になれるかと思ったがそれがどう考えてもおかしいことくらい俺はまだ判別できるレベルだった。

 拳銃を使って金を生み出す、それが簡単に出来れば苦労しない。そもそもなんで俺は拳銃なんか借りてんだ? 普通は金を借りるだろうがよ。というか借りるつもりだったんだよついさっきまで。なんでこんなことになってんだ俺が知りたいわクソが。瞼の裏に微笑みババア。割と本気で撃ちぬいてやろうかと思った。

 現状があまりにファンタスティックなのも事実だが、それ以上に腹がインクレディブルなのもまた事実だ。何か食いたい。食うには金がいる。しかし金はない。さてこのサイクルのどこに拳銃をはさんでやれば俺は飯が食えるんだろうか。もう強盗でもすっか。腹と背中がくっつきそうっつーかもうすでに冗談抜きでくっついてるだろこれ状態の俺としては割と現実的な選択肢だった。強盗が現実的、な時点で俺はもうさっさと自首した方がいい。しかし飢餓感は良心に勝った。

 さっそく俺は路地裏に忍びこみ、作戦を考えた。どっかの店に押し入る? いやでもたった独りだけでそんなことが出来るだろうか。仮にやったとして最近の店といえばどこもかしこもセキュリティ万全だ。いずれ捕まるのは間違いないだろう。ということで却下。じゃあどっかの家? 古いアパートとかなら防犯もそれほどよくないだろうし、いけるかもしれない。しかし今は真昼間だ。何かしら集団のいるところで騒ぎを起こすのはまずいような気がする。やっぱりこれも難しいな。

 じゃあ通り魔するか。

 現実的だな、と思った。捕まれ俺。

 さっそく実行しよう、と路地裏から外を見てその機会をうかがう。幸いこのへんの通りは人が少ないから、路地裏からいきなり出てきてそのまま無理やり連れ込めばいけるだろう。なんかドラマみたいな展開だなと思うとわくわくしてきた。まぁたいていこういうシーンは失敗するのがオチだ。勧善懲悪万歳。

 ということで失敗した。

 すぐ近くを通ったかわいらしい嬢ちゃんを狙って襲おうとしてみたが、向き合いざま股間を蹴り上げられて俺は一度死んだ。そのまま逃げられ、周りの奴らには注目され、手には拳銃が握られたまま。明らかにまずい。俺は生き返ってすぐに逃げた。どこまでも走った。瞼の裏にはため息ババア。うるせえため息つきたいのは俺の方なんだよクソが。その後顔面からこけて全治三日のすり傷を手に入れた。




 なんかもう俺は善人として生きたくなった。ついさっきまで強盗は簡単だぜなんて思ってたのが嘘みたいだ。公園に住んでるホームレスのおっちゃん達が今はなぜか無性にかっこよく見えた。そうまでして生に食らいつくあんたらの生き様マジでかっこいいよ。俺も見習いてーなと思ったがあれほどのサバイバルスキルが俺にあるだろうか。ないな。やっぱダメだホームレス。暖かい家に帰ろう。エアコン壊れてるけど。

 だがその前にまず拳銃をどうにかしよう。握ってるとなんか心強えー安心するーとか思ってたがよくよく考えてみるとそんなわけあるか。善人になった俺の目には完全にヤバい凶器にしか見えなくなってしまっていた。あんなに軽いと思っていたバッグが鉛みたいに重い、なんて例えてみるが俺は鉛を持ったことはない。とりあえずものすごく重すぎて心が疲れた。

 着いた先はババアの骨董品店。店に入るとレジには二度見ババア。なんか付いてっかよ俺の顔によ。マヌケな配置のパーツとすり傷くらいしかねーだろがよ。

 バッグから取り出した拳銃をレジに置いた。ババアはなんだか釈然としなさそうな顔で「早かったね」と言ってきた。ふと時計を見ると拳銃を借りてからまだ二時間程度しか経ってない。腹が減ってるとこうも時間の進みは遅いのか。そんなことを考えたからか知らんが腹の虫がいきなり大声で鳴きはじめた。面喰らうババア。かろうじて戻ってきた羞恥心が「俺を撃ってくれ」とマジ懇願。なんかもう善人っつーかすべてどうでもよくて仏になりそうになった俺を見て、何を思ったのかババアは「なんか食べてく?」と言ってきた。「はい」と考える間もなく答えた。今のは腹の虫が喋りやがったんだ俺じゃないちくしょう。照れる俺に微笑みババア。駄菓子屋のばあちゃん元気してんかな。

 飯は最高に美味かった。食ってる途中に気になって、「あのチラシ配ってたかわい娘ちゃんは?」と聞いてみたらなんとババアの孫らしい。言われてみれば似てる気がした。なぜか知らんがドヤ顔ババア。「婿に来る?」と聞かれて味噌汁を吹き出した。どうせ冗談だろと思ったがちゃぶ台の向かい側には真顔ババア。「考えときます」と言っておいた。微笑みながら飯よそいババア。おい待てご飯もう三杯目だぞ。でもまだ入る。美味いよこれ。

 帰り際にババアが「またおいで」と言ってきた。二度と行ってやるかいあんなわけのわからんとこ、と思いつつ俺は元気よく手を振った。正直拳銃のことは綺麗さっぱり忘れていた。瞼の裏に飯よそいババア。俺には聖母に見える。




 家に帰ると、携帯に留守電が入ってることに気がついた。実家からだ。そういえば昼に電話したっけか。再生すると久しぶりの母さんの声。何年ぶりだろう。ガラにもなく涙が出てきた。アホか俺は。この歳になって、もう子供じゃあるまいし……でも母さんにとっちゃ俺はいつまでも子供なんだろな。ちくしょう。今度実家に帰ろうかな。

 おふくろの味ってどんなだったか。思い返すと目に浮かぶ、微笑みながら飯よそいババア。

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