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血染めの月光軌 -BLOOD ABYSS-  作者: 如月 蒼
第一章 創造祭編
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#043 モラトリアムⅡ

 視界の端に開いたスライドドアが閉まるのが映って、司令官は一瞬だけモニターから目を外した。だがすぐに戻す。


 フードで顔を隠していた少年と、人形のように綺麗な少女が出ていったのだろう、と彼は司令室に二人の姿がなくなった事から推測した。

 結界師の事前感知が無い《堕天使》の襲撃という危機的状況。ただの学生創造術師(アマチュア)に構っている暇は無い。


 それにしても、と彼は思う。

 ミーファ・リレイズとルイサ・エネディスがここにいて良かった、と。


 彼女達がいなければ、リレイズはきっと壊滅していた。史上最悪と言われる第二次堕天使侵攻戦争のように国が無くなる程のものではないが――


 そこまで考えて、司令官は頭を振って思考を掻き消した。

 あの戦争は、何物とも比べられない程「最悪」なのだから。


 オペレーターの一人が怪訝そうな表情で通信機に手を伸ばしたのは、彼が再び今の戦争に集中し始め、それから五分程経った時だった。


「司令官、通信です」

「何? 何処からだ?」

「はい、えっと……南側戦闘区域から通信です」

「南? ……私の通信機に繋げ」

「はっ」


 すぐに彼が懐から取り出した通信機が震える。


「西側戦闘区域司令官、ジーレンだ」

『此方、南側戦闘区域!』


 司令官――ジーレンは眉を(ひそ)めた。相手の声には全く余裕が無い。

 その理由はすぐに判明した。


『報告する! 南にも《堕天使》が堕ちた! そちらの戦闘が終わり次第、創造術師を此方に向かわせてくれ!』

「……な、何だと……」


 西と南、二つの《堕天使》襲撃。過去にリレイズでこんな事があったのは、もう二十年近くも前の事ではないだろうか。そう、今の学院長、ミーナ・リレイズがまだ学生だった頃の――


「……了解した。そちらの状況はどうなっている」

『感謝する! 此方の状況は――』


 そこで通信にノイズが(はし)った。

 鼓膜を刺激するそのノイズに、ジーレンは一瞬だけ通信機を耳から離す。


「――!? おい、どうした!?」


 慌てたジーレンは通信機に呼び掛けるが、一向に返事が返って来ない。

 だが通信自体が切れた訳ではないようだ。微かにモニターの起動音が通信機のスピーカーから聞こえている。


 もし《堕天使》が南の司令室にまで入り込んだとしたら悲鳴や轟音が上がるし、戦闘区域のオペレーターは正規創造術師(プロ)だ。《堕天使》以外の理由で通信が続けられない状況になったと考えた方が良い。南側戦闘区域が落ちたと見るのは性急過ぎる。


 やがて通信機の向こうから、微かな息遣いが聞こえてきた。


「無事か、良かった! 何があっ――」

『此方の事は何も考えなくて良い。支援も要らない』


 だが、通信機から返されたぶっきら棒な声は、先程のオペレーターとは違って、まだあどけない少年のものだった。


 ジーレンは思わず緊張に身を硬くした。コイツは誰だ?


 彼が困惑している内に、プツン、と呆気ない程の小さな音を立てて通信が途絶えた。



      ◆



 時間はレゼルとセレンが司令室にいた頃まで遡る。

 部屋の隅で、二人は会話を交わしていた。


「《堕天使》が堕ちるのは何処だ?」

「南です。……どうしますか?」

「……どうするかな。学院長もウィスタリア様ももうここに向かっているだろうし。それにしても、成程、南が本命って訳か」


 レゼルは口の端を持ち上げ、苦い笑みを浮かべた。


 これは創造術師の中にもあまり知られていない事だが、《堕天使》には「知能」も「意思」もある。いや、あまり知られていないというより、これはレゼルとセレンの二人しか知らない事だ。NLFの総司令官にだって全容は伝えていない。


 リレイズに連続して《堕天使》が堕ちてきた事といい、やはり《堕天使》は活性化してきているらしい。


「西は(デコイ)。知能も発達してきたという事だろうが……」

「面倒ですね」


 レゼルの心中をセレンが一言で体現した。


「……で、どうするか、だよな……」


 彼は大型モニターに目を向けた。

 そこでは異形の怪物と、彼の友達と先生が戦っていた。


「……戦うしか無いだろうな。《雲》だからと迷っている時間は無い」


 司令室の出入口に向かうレゼルの言葉に、セレンは力強く頷いた。

 彼はそれを視界の端で確認すると、彼女に告げる。


「セレンはミーファ達のところへ行ってくれ」

「……え?」


 思わずレゼルを見詰める。前を行く背中は、少し苦笑したようにセレンには見えた。


「……それでは私の事がバレてしまいます。そうしたらまた、嘘をつく事になります」

「気にするな。……俺には迷っている暇なんて、猶予なんて無いんだ、セレン」


 彼女は無表情のまま、深い溜め息をついた。


「分かりました。――貴方に猶予が無いのなら、私にも猶予時間(モラトリアム)はありませんから」


 溜め息に反して、その声は少しだけ嬉しそうに聞こえた。


「迷っている時間なんて、ありませんね」



      ◆



 レゼル・ソレイユは雪降るリレイズの街の郊外を疾走していた。

 今彼は、西側戦闘区域から南側戦闘区域へと向かっている。


 戦闘区域は街の外れの外れと言っても良い場所にあるので、特に広い街面積のあるリレイズだと西側から南側まで行くのに一般人の足だと一時間半以上、創造術師の足でも三十分強は掛かる。


 実際問題として、創造術師は機巧車――科学技術でいうところの軍用車だ――を創造出来るから所要時間は自分の足で走るほども掛からないが、彼はそういう訳にもいかなかった。

 機械系の創造は得意な彼だ、機巧車の創造なら本領発揮というものだ。しかし彼には一瞬たりとも外れる事のない《雲》という名の鎖が絡み付く。

 まさか、街の中を目立つ機巧車で走り回る訳にはいかなかった。

 まぁ彼の場合、機巧車など創造しなくても視界に映らないくらい速いのだが。


 創造術の『能力創造』で強化した脚力と元々の身体能力に物を言わせて、たった一分ちょっとで南側戦闘区域にまで辿り着いたレゼルは、馬鹿正直に正面から突入などせず、側面に回ってフェンスを飛び越えた。


 フードを手で押さえた恰好(かっこう)のまま、フェンスには一切手も足も触れずに戦闘区域内に着地する。


 再び疾走開始。


 遥か遠く後ろに見えるリレイズの街並みが見る見る小さくなっていく。戦闘区域を囲むフェンスと街の間には農耕地や荒野が広がっていたり森があったりと様々だが、リレイズの街は農耕地に囲まれていた。太陽の光が無くても育つ「現代種」の農作物は冬の今では流石に実ってはいなかったが。


 そしてフェンスを越えてからも司令基地までは結構な距離があるので、今もリレイズの街の中心部とは距離がどんどん開いている。


 正面から普通に入れば機甲車――ややこしいが此方は機巧車と違って創造物ではない――で基地まで警備員が乗せてくれるのだが、ミーファが隣にいない今のレゼルでは勿論無理な話であった。


 そして彼の隣には、緋色の髪の少女も今はいない。彼自身が、自分の方ではなくミーファ達の方に加勢してやってほしいと言ったからだ。

 正直言えば、彼女を戦わせたくはなかったし、離れたくもなかった。


 ――だが。

 同時にセレンには、ミーファ達を助けてやってほしいという気持ちがあった。


 何だかもう懐かしくさえ感じるが、実技試験の時の彼女らの対応にレゼルは驚いていた。

 灰色の髪と漆黒の瞳。《雲》の証であるそれを見ながら、ミーファも晴牙もノイエラもルイサも、彼がまるで普通の人間のように接した。表情や言葉には出さなかったが、それは彼にとって驚愕すべき事だった。


 驚いたという他に、嬉しかった、というのもある。


『黙りなさい!!』


 実技試験でそう叫んでくれた彼女が、自分の中で大切な存在になっているのも分かる。

 リレイズの街に来て、創造学院に編入して、まだたった四日なのが信じられない。それ程までに、彼がこの街で出会った友人や教師達は、彼にとって大切な存在になり始めていた。


 だから、セレンには彼女達を守って欲しかった。


 世界から排除される為に生まれてきたような《雲》であるレゼルでは、モニターに監視された西側戦闘区域で戦う事は出来ないし、彼女達にでさえ彼の本当の力を明かす事は出来ない。

 ならばレゼルは南側戦闘区域で戦い、ミーファ達の事はセレンに頼むしかないのだった。


『迷っている時間なんて、ありませんね』


 西側戦闘区域を出る前に(混乱していたので脱出は容易かった)、セレンが言った言葉だ。

 それにレゼルは、走りながら苦笑した。


 全くその通りだったからだ。


 今、空に波紋が広がり、《堕天使》が堕ちてきているように――

 彼には迷っている時間も暇も、無い。


「――猶予時間(モラトリアム)を与えられる資格が、俺には無いからな」


 呟いて、レゼルは自嘲気味に苦笑する。

 冷たい風にコートの裾を靡かせ、フードを片手で更に強く押さえ付けた。


 セレンがいてくれたら、センサー類を誤認させて楽に進入――正確には侵入――出来たのに、と思いながら司令基地内部に突入、人間は勿論、監視カメラの類にも見られないように一瞬でエントランスを駆け抜ける。

 街の中を疾走していた時とは比べ物にならないスピードだ。多分、視力を強化した創造術師でも《暦星座》クラスでなければ姿を捉えるのは難しいだろう。


 まぁ、エントランスには西側と同じように誰もいなかったのだが、要心する事に損は無いし、カメラに映ればデータを破壊――消去、ではない――するのは面倒だ。


 此方でも結界師による《堕天使》感知は無かったのだ、基地に人の姿は殆ど見られなかった。恐らく司令室に数人戦闘区域常駐の創造術師がいるだけなのだろう。


 だがそれはレゼルにとって好都合極まりない。


 NLFによる情報規制が無い分、司令官やオペレーター達に対してちょっと荒っぽい手段を取るしか無くなるが、レゼル・ソレイユは既に、容赦なく暴れさせて貰うつもりだった。

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