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血染めの月光軌 -BLOOD ABYSS-  作者: 如月 蒼
第一章 創造祭編
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#041 戦闘者と傍観者

「――『月詠(つくよみ)』。俺の創造術は、異端なんだよ、果てしなくな」


 レゼルの声が少しだけぶっきら棒なものになった。恐らく全員気付いただろうが、そこに突っ込む者はいなかった。


「……星光の創造術ではなく月光の創造術、か。何だか、レゼル君の強さが分かった気がするわ。君、編入してきたばかりにしては強過ぎるもの」


 ミーファが何だかすっきりしたような、得心のいった表情で微笑する。


「だよなー、レゼルって何かこう、色々裏技繰り出してくるというか。お前の戦闘は見ていて楽しい」

「……それは誉め言葉なのか、ハルキ?」

「誉め言葉だって。でも、まだ(にわか)には信じられねぇな。……《堕天使》と戦ってまだ余力を残しているなんてよ。《暦星座》だってヘトヘトになんのに」


 晴牙はミーファとルイサを交互に見て言った。彼はレゼルが嘘をついていると思っている訳ではない。すぐに信じられないのは仕方無い事であり、当然の事だ。

 だが、彼の言葉には間違いがあった。というか、レゼルが話していなかっただけだ。レゼルは訂正するように説明を追加した。


「ハルキ、俺は《堕天使》との戦闘後に余力を残していると言っても、それは力をセーブして戦った時だ。全力で戦ったら俺も《暦星座》と同じくヘトヘトだよ」

「え、そうなのか?」

「ああ。《暦星座》は全力で戦えるけど、戦闘後も創造術――いや、月詠を維持しなければならない俺は全力では戦えないよ。月詠が途切れたら、一緒に戦った戦友の創造術師達に《雲》だとバレてしまうからな」


 言い終えて、レゼルは自分の気分が少し沈んでいる事に気付いた。


 月光の創造術、月詠。これは確かに本当の事で、レゼルの創造術は月詠だ。星光の創造術、星詠よりも上の(わざ)だというのも、嘘ではない。


 だがその他は全て、口からの出任せだった。四人を納得させる為の、都合の良い言葉。街の戦闘区域でなんてレゼルは殆ど戦った事は無いし、彼は無茶な数でない《堕天使》となら全力で戦ってもかなりの余力を残す事が出来る。


 悪質な嘘、という訳ではないが、決して真実ではない。

 全て本当の事を話せないのは仕方の無い事とはいえ、気分の良いものではなかった。


 だが、こんなところでちっぽけな感傷に浸っている場合でもまた、無いのだ。


「……司令室に行きましょう。現状の確認をしなければ」


 ミーファ、晴牙、ノイエラ、ルイサの四人に背を向けて、レゼルはやや速歩(はやあし)にエレベーターホールへと歩いて行った。


 その隣で緋色の髪の少女が、彼の隣にいるのが自分の役目とばかりに付いて行った。



      ◆



 半円形の司令室に三人の人間の怒号が飛ぶ。


「おい!! 創造術師協会の戦闘部隊は何時来るんだ!?」

「まだ時間が掛かります! 最低でも後二十分は……」

「何で《誘導結界》に堕天使反応が出なかったんだ! 結界師はどうした!」

「そ、それが……全員、昏倒していたようでして……」

「昏倒!? 何故だ!」


 一人は西側戦闘区域の司令官である創造術師。もう二人はその部下の創造術師だ。


 二人の部下(オペレーター)は必死極まる様子でタッチパネルに指を叩き付け、弧の形に反ったモニターを嫌々ながらも凝視している。モニターには《堕天使》迎撃区域、つまり本当の戦場である荒野が映っており、その荒野の上を――


 ――無数の《堕天使》が、蔓延(はびこ)っていた。


「……何よ、これ」


 ミーファがモニターに映った光景を見てポツリと呟いた。何時もは気高さと優しさに満ちている翠色の瞳が不安に揺れている。

 晴牙やノイエラに至っては声も無く絶句し、目の前の現状に恐怖を抱く事さえ出来ていない。

 ルイサは奥歯を噛み締め、忌々しそうに地獄絵図と化したモニターを睨み付けていた。


 ルイサの資格(ライセンス)権限と《暦星座》権限で、彼らは司令室に入れて貰ったのである。


 一昨日にレゼルが倒した蟷螂(かまきり)に似た形の《堕天使》が一匹、迎撃区域の空域を悠々と飛び回っている。サウンドを切っているのか、モニターから蟷螂型《堕天使》の五月蝿い羽音は聞こえない。

 他には下位個体と思われる蟻に似た《堕天使》がうじゃうじゃと荒野を闊歩し、砂塵を巻き上げていた。


「下位個体の群れと上位個体一匹か」


 レゼルはモニターを冷たい瞳で眺め、何でもない事のように呟いた。隣にいるセレンにしか聞こえないその声は、まるで明日の天気を確認する時のように平淡(へいたん)だ。


「し、司令、敵数確認出来ました!」

「何体だ!」

「上位個体が一匹、下位個体が百を超えています!」

「……百? おい、協会がリレイズに送れる創造術師の人数限度は約七十だと言っていたよな!? 確か他の街でも《堕天使》が堕ちたとかで……」


 司令官が部下に飛ばした言葉に、ミーファとルイサが反応した。

 二人は揃って青い顔を見合わせ、絶句する。


「……七十人? そんなの、圧倒的に足りないわ!」


 暫く二人は顔を突き合わせていたが、やがてミーファがモニターに視線を戻し、悲痛な声で叫んだ。


「……ミーファ、少し落ち着け」

「私、は……!」


 レゼルが彼女に冷静な言葉を掛けるが、彼女はそれを遮るように声を絞り出すと、毅然とした眼差しでモニターを――いや、正確にはモニターに映る《堕天使》を、だろう――見据える。


「私は、戦う! 司令官さん、戦闘装備一式、借ります!」


 ミーファはそれだけを告げ、くるりと踵を返した。司令室のスライドドアが開く時間も惜しいのか、扉の隙間に指を捩じ込み無理矢理抉じ開ける。

 司令室から遠ざかって行く足音を聞きながら、レゼルはスライドドアには目もくれず、モニターを見詰めていた。


「ミーファ殿、感謝致します!」


 司令官が敬意を持って司令室の入り口に頭を下げた。そこにもう彼女はいないが、司令官に彼女を追い掛けている暇は無い。


「……仕方無いな。ミーファが戦うのなら、私も久し振りに戦場に立つとしようか」


 ルイサが苦笑混じりに言って部屋を出ていき、司令官がスライドドアに向かって再び頭を下げた。

 ディブレイク王国が誇る《暦星座》二人が戦ってくれる事に、司令官とその部下のオペレーターが僅かだが安堵の表情を見せる。


「……俺だって、少しくらいなら!」


 悔しそうにモニターの中の《堕天使》を睨み付けていた晴牙も、自分に言い聞かせるようにそう言うと、司令室を後にした。

 これには流石に正規創造術師(プロ)達三人が慌てた。が、制止の言葉は掛からなかった。猫の手も借りたい状況に追い込まれているという事だろう。

 だがそれは言い換えれば、レゼルにセレン、ノイエラは別段彼の行動に慌てる事も驚く事も無かった。彼なら戦うだろうと、三人は何となく感じていた。


 そしてレゼルは、漠然とだが、彼女――ノイエラも戦うのだろうと推測していた。彼女は確かに創造術の腕はあまり無い。だが彼女には支援(サポート)の役目を負う後衛(リアガード)として、類い稀なる才能がある。それをレゼルは既に見抜いていた。


「……ノイエラ」

「は、はいっ!?」


 突然、レゼルに視線と声を向けられて、ノイエラはやや裏返った返事を返した。


「モニター越しでは分かるものも分からないだろ。ミーファのところに行ってあげてくれ」

「――! あ、えっ、何で……いえ、何でもありません」


 ノイエラは縁無し眼鏡の奥で目を見張り何かを言い掛けたが、すぐに(かぶり)を振った。


「……分かりました。あの、レゼルさんは?」

「……俺は、出られないよ」


 レゼルはフードの奥で苦い表情を作り、小さく言った。


「そう、ですよね……」


 何度も言うが、レゼルは《雲》だ。たとえ「血塗れ(ブラッディ)」だろうと、まさかフードを押さえながら戦う事は出来ない。銀髪碧眼になるといっても、もう彼の顔は気味の悪い《雲》としてリレイズ中に広まってしまっているらしいし、彼が戦闘している光景がモニターに映るのは(まず)い。それは、《雲》だという事を抜きにしてもそうだ。NLFの創造術師である彼は、出来る限り街の戦闘区域での戦いを避けなければならない。


 と、ノイエラはそんなに深い理由まで理解した訳ではなかっただろうが、《雲》だから戦争には出れないというニュアンスは伝わったのだろう。

 じゃあ私、行きますね――彼女はそう言うと、ミーファ達の後を追って司令室を出ていった。


「……レゼル」


 右下から緋色の髪を持つ少女が見上げてくる。


「……本当に戦わないのですか?」

「ああ。……俺は戦わない。命令も来ていないし」


 二人は小声で言葉を交わす。


「そうですね。命令があるなら伝える為にルチアさんも来る筈ですし」


 何だか彼女――ルチアーヌが指令の伝達役みたいになっているが、彼女も歴としたNLFの創造術師であり《暦星座》の一人でもある。

 因みに、前回の指令についてNLFの総司令官とセレンを通して連絡を取ったが、あれは此方からの一方通行だ。彼方(あちら)からセレンの無線連絡機能(・・・・・・)にアクセスするには機器のスペックが距離的な理由で圧倒的に足りない。そして、前にルチアや榎倉と通信した時のように通信機(インカム)を創造する手段も駄目だ。あれは周波数が分かっていなければ使えない為、通信一回一回に周波数を変えて通信を行うNLFとは事前に周波数を教えて貰わねば無線回線を開くことは出来ない。


「……それに」


 レゼルはセレンから視線を外し、再びモニターに向けた。

 そこでは空から――あるいは天から――堕ちて来た存在の《堕天使》が、変わらず我が物顔で荒野を街に向かって進軍、いや侵軍している。


「俺が戦わなくても、充分勝てる戦力があるよ。この街にいる創造術師を考えると、《堕天使》の強さも数もそれ程脅威じゃないしな」


 半円形を描く司令室の隅に移動して、必死に《堕天使》との戦闘準備を整えるプロの創造術師三人とモニターを見ながら言ったレゼルの言葉に、セレンは何も言い返さなかった。

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