#003 神様からの贈り物
ルイサとセレンが、二人共器用な身体捌きでレゼルの元に辿り着いた時には、彼は引ったくり犯に拳銃を向けていた。
そしてその後の行動は、見事、としか言い様がないものだった。
明らかに、こういう事に慣れている者の行動。しかしその『慣れている者』は、たかが十五、十六歳の少年だ。
一般人には何が起こったか、全く分からなかっただろう。きっと、何故ナイフが引ったくり犯の手から離れたのかも認識出来なかったはずだ。
認識出来たのは、多分、学院の教師である創造術師のルイサと、その隣で無表情に少年を見詰める緋色の少女だけ。
「実戦で使えるレベルの創造術か……」
ルイサはやっと、セレンが「大丈夫」と言った意味を理解して、面白そうに呟いた。
そして、彼の素顔を見る事も出来た。
まだあどけなさがほんの少し残る、どちらかと言えば中性的な顔。だが意志の強そうな瞳と、最強と名高かった彼の姉、レミル・ソレイユに似た世間的に見て整っていると言える顔が、フードの中に隠れていた。
そして、何より。《白銀の創造術師》と同じ、銀色の髪と、青い瞳。
あの顔なら隠さなくても良いだろうに、とルイサが思った時には彼はフードを被り直してしまっていた。
「銀髪碧眼……」
ルイサでもセレンでもない誰かが、唖然とした口調で呟いたのが聞こえた。声の高さから、多分女性。
ルイサは周りを見回したが、如何せん周囲は人、人、人。結局、呟いた女性は見つけられなかった。
レミル・ソレイユが銀髪碧眼だというのは誰もが――一般人も、だ―― 知っている事。レゼルが創造術を使ったと分かる者ならば、彼とレミルを繋げてしまうのも自明の理。ただでさえ、銀髪碧眼はこの世界で珍しいのだから。
「……セレン」
「……? 何ですか?」
無表情のまま、ちょこん、と首を傾げる少女に思わず笑顔になってしまいそうだったが、何とか抱き付きたいという自分の欲求を抑えたルイサは彼女に問い掛ける。
「確認の為訊いて置くが……レゼル君の使った銃とナイフは、創造術で創造した物だよな?」
「はい、そうですよ。拳銃が〔闇夜〕で、短刀が〔霞刀〕です」
創造術は、万物を創造する技術だ。
いや、万物、と言えば嘘になる。創造術で創造出来ない物の代表が、生命。植物の様な生命なら腕の立つ創造術師なら創造する事は可能だ。だが創造術によって創られた植物が枯れるスピードは自然物と比べると遥かに早い。これが動物となってくると難易度は格段に跳ね上がり、成功した者は世界でも片手で数えられる程しかいない。
――そして、人間を創造する事は、創造術師の禁忌である。
では、生命体以外ならばゼロから簡単に創造出来るのかと言えばそれは違う。
確かに、生命体創造より難易度は落ちるが、創る物の内部構造が複雑だったり精密だったりすると、植物創造より難しくなる事も多い。
そして、創造術はゼロから物を創っている訳ではない。物質的に言えば殆どゼロに近いが、創造術は星の光と人間の身体を流れるエナジーを消費する。
エナジーとは、人間の身体を血管と平行する様にある脈を流れる、生きる力――生命力の源だ。プラーナ、と呼ばれる事もある。
それを消費するのだから、創造術は使い過ぎれば術者を死に至らしめる事もある。これが、創造術がゼロから物を創るなどという万能でない事の所以だ。
創造術は、夜空から降り注ぐ星の光を体内にあるエナジーの流れる脈に取り込み、同調させ、星の光とエナジーの融合体を外に引っ張り出す事で物を創造する。この過程を構築と言う。
そして、この構築の時、何を創造するのか明確にイメージする必要がある。イメージを強固にする為に創造術師は自分で創造したものに名前を付けるのが普通だ。〔闇夜〕と〔霞刀〕も、そのセオリーに則って付けられた武器の名である。
イメージが上手か下手かで創造術師の能力が高いか低いかも決まってしまう事もある。これに至っては、経験と才能がものを言う。
その点でレゼルは創造学院受験者の平均を、比べるのがおこがましいくらい上回っているだろう。いや、もしかしたら、今年の受験者の上位者に入るかもしれない。
武器を構築するスピードも、創ったものを消す――消失させるスピードも半端ではない。(消失は霧散、ロストとも言う。)
そして、創造術は物を創るだけに留まらない。
創造術は、反射神経・身体能力までも創造するのだ。
物を創るには星の光とエナジーの融合体を外に出すが、逆に体中にそのまま融合体を取り込むのが反射神経・身体能力の創造だ。正確に言えば反射神経を上げたいなら神経系に、身体能力を上げたいなら筋肉に融合体を取り込む、といった具合だ。
レゼルが通常の人間には不可能な速さで走っていたのもこの『能力創造』のお陰で、ついでに言えば彼は状況判断の為の視力や聴力もそれで上げていた。彼が引ったくり犯に足払いを仕掛けて転倒させた時、犯人は誰にぶつかる事もなく、倒れたのだ。それはレゼルが、能力創造によって上乗せされた状況把握能力を使って人混みの少し開けた場所を狙って仕掛けたからである。
「凄いな、彼は。戦闘能力は学院の教師より上かもしれない」
ぽつり、と漏らした呟きに意外ながらセレンがこちらを見上げて話に乗ってきた。
「……それは、貴女よりもレゼルが上だと?」
「いや。私は彼より上だよ、セレン。君には悪いが《菫の創造術師》は子供の創造術師ごときに負けられないのでね」
「菫……ですか。朝があったと言われる昔に咲いていたという、花の名前ですね」
「おや、よく知っているね」
ルイサは愉快そうに笑った。そして実際彼女は愉しくて仕方がなかった。
今はもう見えないが、あの青い瞳。失われてしまった空の色。
対して、〔闇夜〕と名付けられた銃の夜空の色。今現在見上げればそこに在る、空の色。
それは、常に相反し、矛盾する色だ。
レゼルが財布を被害者の女性に返して、やっと事態を理解した周囲の人々が歓声を上げる中、ルイサは唇の端が上がってしまうのを止められなかった。
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《創造術》。それは神様からの贈り物。
そして創造術を行使する者を、人は創造術師と呼ぶ。