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血染めの月光軌 -BLOOD ABYSS-  作者: 如月 蒼
第一章 創造祭編
33/44

#032 乱入者

 ジェイク・ギーヅは口元に笑みを刻みながら、銀髪碧眼の少年に向かって鋼鉄色のハンマーを振り被っていた。


 少年――レゼルはジェイクの攻撃を避けるだけで反撃して来ない。だが、彼の顔に焦っているような色は無い。

 まだ残っている、普段のジェイク・ギーヅという冷静な一部分は、彼が何かを企んでいるのではないかと疑っている。しかし、ただ強がっているという可能性も捨て切れない。


「オラオラァ、どォしたァ!? ビビったのかよ糞餓鬼!」


 げらげらと品の無い笑い声を上げるが、ジェイクの目は笑っていなかった。


 彼は自分の二重人格の事を既に諦めていた。この戦闘になると豹変する人格も自分の一部であると無理矢理思う事にしている。


 二重人格を直したい、と思った事は数え切れない程あるが、何をしても(ことごと)く失敗に終わっていた。

 (あるじ)であるミーナは「面白いし、別に直さなくても良いんじゃない?」と言って(くれて?)いるし、戦闘時の凶暴な人格になっても学院の模擬試合のルールは辛うじて守っていることから、普段のジェイク・ギーヅの人格は、もう一つの人格にレゼルとの戦闘を任せている。


 そして、普段のジェイク・ギーヅの人格はといえば、右側の観覧席に座る少女の事を気に掛けていた。

 ミーファ・リレイズである。

 ジェイクはミーナ専属の、リレイズ家の執事だ。勿論、ミーファは主の娘なのだから、ジェイクにとって「仕えるべきお嬢様」となる。

 この模擬試合には何が何でも勝って、彼女に情けない所は見られないようにしなければならなかった。


「死ねェェエェェエ!」


 ジェイクは高く跳躍すると、両手に握ったハンマーをレゼルの頭上に叩き落とす。

 ズドンッ、という地鳴りが実技棟内に響く。


 レゼルはまたしても身軽にハンマーの攻撃から避けていた。


 ミーファはレゼルを応援している――という事実に気が付かないまま、ジェイクは彼女に良い所を見せる為に勝とうとしているのだった。



      ◆



「どうするかな……」


 レゼル・ソレイユは鋼鉄色の撲殺武器を流れるように避けながら、ぼそりと呟いた。


 真横から脇腹目掛けてハンマーが飛んでくる。レゼルはそちらに目を向ける事も無いまま床を蹴った。後ろに跳躍した身体を、彼は脚の筋肉を(たく)みに使って音も立てずに着地させた。


「その剣はただの飾りかァ、あァ!?」


 一旦距離を取ったレゼルに真っ正面から対峙して、ジェイクは眉を吊り上げている。

 レゼルが本気ではないと思っているのか、彼は怒っていた。


 確かに、レゼルが本気でなく全力でもないのは事実だが、それは仕方の無い事だった。

 レゼルに言わせれば、「出来る範囲で避ける事に本気」なのであった。

 しかし、取り敢えずはジェイクの質問に答えなければならない。


「飾りなんかじゃありませんよ、ギーヅ先生」


 と、笑みを浮かべてレゼルは言った。

 明るく無邪気な笑顔だった。


 次の瞬間、彼の姿はジェイクの前から消えていた。


「――!?」


 ジェイクが慌てて周りを見回す――必要は、無かった。

 彼の目の前に、レゼルはいた。右腕と、右手に握る〔光剣(ライトセーバー)〕はだらんと垂らしたままだが、そこから振り上げてくるのは容易に理解出来た。


 ジェイクの予想通り、レゼルは右腕を左下から斜めに振り上げた。

 逆袈裟斬りの形の細く青い斬線が、鋼鉄色のハンマーに刻まれた。ジェイクが咄嗟にハンマーで防御したのだ。


 対人用創造武器の光の剣は、ハンマーを切り裂く――のでは無く素通りして、光の粒子に変えた。


「なっ……」


 ジェイクは目を見開き絶句した。

 それはそうだろう。

 自分(プロ)が創造した武器が、生徒(アマチュア)に強制的に消失(バニッシュ)させられたのだから。


 薄々予想はしていたが、彼はルイサ達から〔光剣〕の事を何も教えてもらっていないらしい。


「な、何だと……」


 空っぽになった自分の両手を見下ろしながらジェイクは固まってしまっている。


 今はチャンスだった。

 レゼルは鋼鉄色のハンマーの名残である光の粒子が舞う中、手首を返して振り上げた〔光剣〕を振り下ろす――


「ここに(けが)らわしい《(クラウド)》はいるか!?」


 第一実技棟の入り口であるセンサー感知式強化ドアが開いて、一人の男性が憎悪を含んだ怒鳴り声を上げながら入ってきた。


 穢らわしい《雲》――紛れもなく自分の事だ。

 レゼルは「しまった」という顔をしているジェイクの肩を狙った一撃を寸止めして、〔光剣〕を下ろした。


「何でしょうか?」


 振り向いて問う。

 若干置いてきぼりにされたジェイクが、入ってきた長身の男性を見て少し嫌そうに呟いた。


「副院長……」


 それを聞いて、レゼルも眉を(ひそ)めた。

 そういえば何時だったか、副院長の事は、ルイサがボロクソに罵っていた気がする。

 何か恨み妬み嫉みでもあるのか、と思ったものだが、ジェイクの反応を見る限り、ルイサ以外の人物にもあまり好意的には思われていないようだ。


 ちら、と右側の観覧席を見ると、案の定ルイサが視線で「死んでしまえ」と語っており、それはずれようも無く副院長だという男性に向かっていた。彼女の隣ではミーファやノイエラ、クラスメイトの女子生徒二人も彼に対して不快な視線を飛ばしている。

 因みに、ノイエラと女子生徒二人がミーファ達の近くにいたのは、模擬試合中もセレンを気に掛けていたレゼルはとっくに知っていた。


 今までは、何故ルイサ達が副院長をそんなに嫌うのか分かっていなかったレゼルだが(会った事が無かったのだから当然だ)、彼が自分に近付いてきて、まるでゴミ溜めにいる羽虫に向けるような顔をされた時、何となく理解出来た気がした。


 歳は四十代前半といったところだろうか。端的に言って、彼は美形だった。その端整な顔立ちに優しげな微笑みを浮かべられたら、男女問わず誰もが魅力的に感じるだろう。

 後ろの低い位置でゆったりと一つに束ねた金茶色の長髪が、知的で仕事が出来そうな印象を思わせた。


「貴様が《雲》か。醜い髪と瞳だな」

「俺は何でしょうか、と用件をお訊ねしているのですが」


 明らかな嫌悪の表情はまあ、当然としても、高圧的な態度で初っ端から「醜い」などと言われて、レゼルは彼に対してお世辞にも友好的にはなれそうに無かった。

 冷静だが喧嘩を売るような台詞を返され、副院長の男は蟀谷(こめかみ)を震わせた。


「……自分の立場が分かっていないようだな。流石は神に見放された者だ。知能まで見放されているとは……」

「副院長。ソレイユに何か用があるのでしたら、手短にお願い出来ませんか。今は模擬試合中ですので」


 元の人格に戻ったらしいジェイクが何の感情も(こも)っていない声で淡々と口を挟んだ。


 副院長は眉を寄せて彼を一瞥すると小さく舌打ちした。

 だが何も言わずにレゼルに向き直ると、


「用件は場所を変えて話す。付いて来い《雲》」


 副院長は名乗りもせずに言うとレゼルに背を向けた。

 少なくてすいません!


 読んで下さりありがとうございます。

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