#030 好敵手
2013/03/28 第27話のサブタイトルを変更
「お疲れ様」
今、そう言ったレゼルの前には、満面の笑顔を浮かべた女子生徒と、憮然とした表情を浮かべた女教師がいた。
勿論、ミーファとルイサである。
右側奥の観覧席。ミーファがレゼルの隣に座り、ルイサが彼女の隣に腰を下ろす。
「見事だった」
「はい。凄かったです」
レゼルとセレンが口々に言うと、
「ありがと、二人共」
ミーファは素直に礼を言って嬉しそうな顔をし、
「私は負けたがな」
ルイサは眉を寄せながら顔を逸らした。
彼女の横顔は悔しそうだった。やはり、生徒――それも自分の教え子――に負けるのは悔しいのだろう。
だが、正直レゼルとしては、あまりウジウジされるのは面倒と感じるのである。それに彼女は自分より遥かに大人なのだから放って置いても良いだろう。
レゼルは少年らしくないドライな思考でそう判断すると、ミーファに会話を振った。
「それにしても、最後は凄かった。二発同時発射の回転式連発拳銃か。銘は何て言うんだ?」
「〔連星〕よ」
「〈双子座〉の二つの星の内の一つだな。成程、銃の機能と星の特徴が一致する」
ミーファ・リレイズは《暦星座》の一人である。彼女の《星庭》が〈双子座〉である事は、レゼルもセレンも創造学院に来る前から知っている。
レゼルが感心して言うと、ミーファはとても嬉しそうに笑った。
「まさか、あの銃が二発同時発射などという機能を備えているとはな……」
苦々しげに言ったのはルイサだ。
「隠していましたから」
ミーファがさらりと言うと、ルイサは何故かレゼルを睨んだ。
「は?」
何故俺を睨む? という意味のそれに、ルイサは意味不明な事を言った。
「ミーファに隠し技まで出させるとは……レゼル君、後で食堂の高級Aコースを奢れ」
「……いきなり何ですか。て言うかあれ、一万ソル以上しませんでしたっけ?」
「するわね。一万二千ソルよ。私は一回しか食べた事無いわ」
「一番高いのは高級Fコースで、三十万ソル近くするそうですよ」
「……セレン、それ本当なのか? そんなの誰が食べるんだよ」
三十万ソル。それだけあれば大きな宝石が二つは買えるだろう。
セレンの言葉だから本気で疑ってはいないが、信じられないという気持ちはある。
「ウィスタリア様よ。王族の方々の食事って、私たちが想像するよりずっと凄い豪華らしいから」
だが、ミーファから明確過ぎる答えが返ってきて、
「……あ、成程」
すんなりと納得出来てしまった。
因みに、普通の食堂の料理は四百ソル前後といった所である。
「……しかし、教え子に負けるのは悔しいな。授業の時だと尚更だ」
ふぅ、とルイサが溜め息を吐く。
「授業の試合で私が勝った事なんて結構あるじゃないですか」
何を今更、というようにミーファが首を傾げる。ちょっと容赦の無い言い方に聞こえるのは、レゼルの気の所為だろうか。
「そうなんだが、レゼル君が見ている訳だし、今日は久し振りに本気だったからな。本気と言っても、ルールに引っ掛からない範囲でだが」
「何でレゼル君が見てると負けられないんですか?」
ミーファの声が鋭さと冷たさを帯びた。――気がしたのは、こんどこそレゼルの気の所為ではない筈だ。何でかは分からないが。
「レゼル君は編入生だからな。最初くらいは担任として勝っておきたかったのさ。決して、ミーファのような理由では無いぞ」
「「怪しい……」」
「何でセレンまでそこでハモるんだよ」
目を細め訝し気な顔をする二人に、レゼルはけらけらと笑ってツッコむ。
「「「この鈍感男」」」
「……」
二人がハモったと思ったら三人でハモられ、レゼルは言葉を失ってしまった。
困惑する彼に、女性陣が呆れた顔を浮かべる。セレンは無表情だったが、雰囲気で彼女も呆れていると分かった。
「何なんだよ……」
レゼルは憮然として三人から目を逸らす。
「……エネディス先生」
レゼルの機嫌が悪くなったので、セレンが話を変えようとルイサに話し掛けた。
「何だね、セレン?」
話し掛けられた彼女は嬉しそうで、抑え切れないというようにニヤニヤと笑みを漏らしている。
「その顔気持ち悪いですよ同性愛者」
「流石、親子だ」
ルイサから放たれた意味不明の台詞にミーファが眉を顰めた。
「で、何だね?」
ルイサが自身の補佐である少女に視線を送り直す。
「大した事ではありませんが、今月は第十一の月、つまり〈双子月〉ですよ。時期からしてミーファが有利でしたから、エネディス先生が今日負けたからといってあまり悲観する必要はないかと」
「「……あ」」
ルイサとミーファがハッとしたように微かな声を漏らした。
そんな二人に小声で「忘れてたのかよ」とレゼルはツッコんだが、幸い(?)彼女達は聞こえなかったようだ。
今は〈双子月〉と呼ばれる月である。《星庭》を〈双子座〉に契約しているミーファにとって、双子座が夜空の天頂に昇るから最も戦い易い時期なのだった。――戦い易い、というより創造術が行使し易いと言った方が適切だろうか。
「まぁ、今日は雪が降っていて星は雲で隠れていますから、ミーファとエネディス先生にあまり差は無かったでしょうが……どちらかと言うとミーファの方が有利でしたね」
雲が星光を満足に地上に届かせていない今日は、創造術が行使し難い日だ。
そんな、夜空のコンディションが最悪な日にミーファとルイサの二人はあれだけの創造術戦闘を繰り広げたのだから、流石は《暦星座》といえる。
レゼルが僅かに苦笑しながら発言すると、ルイサが硝子張りの天井越しに雲に覆われた空を見上げた。
「……次は負けないぞ、ミーファ」
「私も負けません、エネディス先生」
教師と生徒。
だが、好敵手でもある。
不敵に微笑む彼女達の姿を、レゼルは眩しそうに目を細めて眺めた。
彼女達は彼にとって、あまりにも遠く、違い過ぎる存在だった。
「ソレイユ、ちょっと良いか」
レゼルが自分の異端さについてふと考え込みそうになった時。
誰か――いや、ジェイク・ギーヅが声を掛けてきた。レゼルの身体の上に影が落ちる。
「ギーヅ、どうした?」
レゼルの前に立つジェイクに質問を投げたのは彼の同僚であるルイサだった。
「少しソレイユに話……いや、提案があってな」
ジェイクは切れ長の目をルイサに向ける。するとルイサは、何故か納得したような顔になった。
彼が近付いて来るのは分かっていたが、まさか話し掛けられるのが自分だと思っていなかったレゼルは、「意外だな」と思いながら立ち上がった。
「何でしょう?」
「もし模擬試合の相手がいないのなら、俺と戦ってみないか、ソレイユ」
視線をレゼルに戻して率直に言ったジェイクに、レゼルは瞬きをしながら半ば強制的に頷いた。
――ジェイクの目が、獰猛な肉食獣さながらに鋭い光を持っていたからである。
突然ですが、作中ではストーリーの関係上、双子座が11月に天頂に昇ると書かれていますが現実世界ではそれは誤りです。正しくは3月初旬の夕暮に南中する星座です。ややこしくて申し訳ないです。
読んで下さってありがとうございます!




