#029 連星
「あの人、ちょっと戦闘狂の気があるよな……」
ルイサのとても上機嫌な言葉を見たレゼルは、少し醒めた表情をして呟いた。
彼はルイサの声を聞き取った訳ではない。言葉を見、理解したのだ。
一言で言うと、「読唇術」である。
読唇術は、唇の動きを読む技だ。
これはルイサと同じ(?)戦闘狂――NLF創造術師、通称「切り裂き魔」こと(レゼル曰く)、サーシャ・ディメイオンに習ったものだった。因みに、セレンも読唇術を習得しているが、ルイサの呟きは見ていなかったようだ。
閑話休題。
見下ろす闘技場では、再び戦闘が停止していた。
「ミーファが戦術を駆使しているから、それの説明をしていますね」
「ああ」
短く返事をして頷くと、セレンが周りを見渡して言う。
「それにしても、見事に避けられていますね、私達」
「正確には、俺が、な」
彼らの周りの席には誰も座っていない。どころか、右側の観覧席には彼らの他にもう一人しかいなかった。
晴牙は男子に、ノイエラは女子に連れて行かれて、左側の観覧席でミーファとルイサの模擬試合を観戦している。
実はセレンも男女問わず幾度となく声を掛けられ(レゼルが傍にいない時だ)、一緒に観戦しようとも誘われていた。だが彼女は一向に首を縦に振らず、観戦するならレゼルも、という意志を示し続けた事で、生徒達には諦められたようだ。
セレンの気持ちは嬉しいが、そんな事で彼女が嫌われでもしたら、と思うと複雑な心境である。セレンが自分の巻き添えになるのは、何をしても避けたい所だ。
「……見られてますね」
「ああ、見られてるな」
「何でですか?」
「分からない。……まぁ、予想はつくが。どうせ俺の創造術が気になるとかだろう」
そして、彼らは避けられると同時に視線を浴びてもいた(正確には避けられているのはレゼルだけ)。
レゼルは《雲》、セレンは超の付く美少女なだけあって、創造学院にいる間で彼ら二人が注目されない理由はない(一人は嫌な意味で、もう一人は良い意味で)。
だから今も大多数の生徒達からチラチラと窺うような目を向けられている。《暦星座》同士の、悪い例えになるがお金を取れそうな試合が行われているにも関わらず、である。
しかし、レゼルとセレンの会話の「見ている」は、生徒達からのものではない。
唯一一人、右側真ん中の観覧席に座っている実技授業担当の教師のものだった。
「名前は確か、ジェイク・ギーヅ先生でしたね」
「ああ。昨日の格闘訓練の授業には来なかったけど、今日の格闘訓練の授業は来た人だ」
「どんな覚え方ですか」
レゼルはセレンの呆れ顔に、だって事実だろ、と目で語り掛ける。
「……実技担当だけあって、視線を隠すのが上手いな」
「私達には通じませんでしたが」
「そうなんだが、この視線の隠し方……ただの教師ではないだろうな」
レゼルもお返しとばかりにジェイクの方を見る。
目が合った。
ジェイクがぎょっとしながらも然り気無く目を逸らす。
視線を隠していた訳だから、まさかそれに気付いていて見返されるなんて思っていなかったのだろう。
レゼルは吹き出してしまいそうなのを堪え、目が合っていないような振りをして視線を闘技場に戻した。
「……レゼル、あまり遊ばないで下さい」
「べ、別に遊んではいないぞ?」
セレンに窘められながら視線を向けた闘技場では、「神童」と「死神」の模擬試合が再び火蓋を切ろうとしていた。
◆
ルイサが鋭く床を蹴る。
彼女は一瞬でミーファに肉薄した。
ブンッ、という風切り音を立てて紫色の大鎌が横薙ぎに振られる。
脇腹を狙ったその攻撃を、ミーファは後ろに飛び退いて避けた。
足が少し浮いた空中で左手の〔連星〕の引き金を一回だけ引く。
それをルイサは余裕綽々の表情で、連射によって襲い掛かってきた三発とも鎌の「柄」で防いだ。
炎を纏った弾丸は、凍った刃の部分に掠る事もなく弾かれて、一発は天井に、後の二発は床に突き刺さって、消失した。
女性の手で持てる細い柄で銃弾を防がれ、ミーファは舌を巻いた。弾道を完全に見極められている。それは、彼女も本気モードに移行している証だ。
と、ミーファが攻撃のタイミングを図っていた時だった。
「縛!」
「――っ!」
ルイサの声と共に、ミーファの目の前に陽炎のような空気の揺らぎが発生した。
ミーファが「何か創造される」と感じた時にはもう、陽炎は実体を持ってそこにあった。
大鎌を片手に持ち直して、空いた右手を、ぎゅっ、と力強くルイサが握り込む。
「くっ……」
ミーファの喉から苦々しげな呻きが零れた。
彼女の身体の周りに螺旋を描いて顕現した「鎖」は、ルイサの右手の動きとリンクしてミーファを縛り付けようとしてくる。
離れた所――いや、自身の身体に接触しない所に創造された創造物を、実体化させてから操る技術は、《暦星座》レベルでもかなり困難な技術である。
理由は、融合体制御の能力が異常な程必要になるからだ。ルイサが掛け声と手の動きを使って、よりイメージを正確にしようとしたのも、それが無ければ創造が成功しないからである。
紫色に発光する鎖が身体を締め付けてくるのは、彼女が高度な技術を使った結果。融合体を鎖に送り込み操っている、ルイサの実力。
まさか、彼女がこれ程の力を注ぎ込むくらいの本気を出していたとは予想していなかったミーファは、狭まってくる鎖に対抗するのが一瞬だけ遅れた。
「対人用創造武器――縛鎖〔菫鎖〕」
ルイサが満足そうな笑みを浮かべ、鎖に捕らわれたミーファを見る。
鎌の柄を握る手に力を込める。このまま、動けないミーファに一撃を与えれば、彼女には悪いが自分が勝つ。
ルイサはミーファの事を好敵手だと思っている。彼女は若いながら《暦星座》であり、自分と並ぶ創造術師で、試合に負けた所で恥ずべき事ではないし、実際ルイサは恥ずかしいと思わない。創造術師に歳の差など関係無いのだから。
だが、自分と彼女は教師と生徒という関係にある。一人の創造術師ではなく、教師としての自分からミーファに負ける事を考えると、出来れば避けたい――というより負けたく無かった。
放課後なら良い。一人の創造術師として自分を考える事が出来る。
しかし今は実技の授業中。疑う余地もなく、ルイサ・エネディスは現在「教師」だった。
拘束しただけでは勝ちにはならない。一撃を与える為に、ルイサは〔菫鎌〕を構えて脚の筋肉に融合体を注ぎ込む。
「……っ」
ミーファの表情に苦し気な色が過る。
身体が、動かない。腕さえも鎖に縛り付けられた今の状況では、ルイサの攻撃を素直に受けるしかない。
空いた右手に武器を構築するとしても、腕が動かないのでは剣も銃も使えない。それに、ルイサの攻撃が届くまでの一瞬で『物質創造』をするとなると、その創った物質に満足な強度は望めないだろう。仮に腕が動いたとして攻撃を防ごうとしても、ルイサの鎌に接触した時点で破壊されてしまう事は明らかだ。
対抗する手段は、左手に握られた一つのリヴォルバーしかない。
どうする、とミーファは無理矢理冷静な思考を保たせている頭で考えた。
「……一か八か」
紫色の鎖に身体の自由を奪われたまま、彼女はポツリと呟いた。
ルイサはもう、目前にまで迫っている。
大鎌を構え、眼鏡の奥の瞳に真剣な光を宿らせて。
あれを使おう、と決めた。
他ならぬ自分自身と、母親であるミーナしか知らない、〔連星〕の本領を見せてやろう。
本当に負けられない戦闘の時に使おうと隠していたもの。練習だって母親以外には見せなかった。
だが。
今は、個人的にだが決して負けられない。
正直、一瞬に等しい時間でそれが正確に使えるかは分からなかった。だからこその「一か八か」という台詞だ。
ミーファは唯一動く手の指を握り込んだ。
と同時に、銃口が下に向いたリヴォルバーの引き金も引かれる。
ミーファの契約した〈双子座〉の二つの星の一つ、カストルは三重連星である。計六個の星が集まって一つの星のように見えているだけだ。
連星とは、二個あるいはそれ以上の恒星が比較的近距離にあって、互いに重力による起動運動を行うものを言う。
カストルは二個ずつの連星が三つ集まって出来た星系の総称で、実際には六個の星から成るのである。
もう一度言うが、カストルは三重連星である。
その特徴は、今ミーファが握る創造武器、〔連星〕にも現れているのだ。
銃口から、同時に二つの弾丸が連なって発射された。
だが、排出される空薬莢は――唯、一つ。
床に当たった青く輝く銃弾が、強化素材のそれを削る。同時二発発射だからこその威力。
ルイサはそれを悪足掻きと取ったのか、空薬莢を一瞥しただけで鎌を振り被っている。
それは、ミーファにとって好都合だった。
ルイサは気付いていない。今の発射が、二つの弾丸によって成された事を。
もう一度引き金を引かずとも、連射性能によって連星の弾丸が射出される。続けてもう一発――いや、二発の一発か。
二つの空薬莢が舞い、削れた床が、本来床に当たって消える筈だった銃弾を――
「防げるものなら、防いでみなさい」
――ルイサの元へ、高速のまま誘う。
ミーファの口元が不敵に弛む。
ミーファ・リレイズの本領は、緻密なまでの「正確さ」にある。
それは銃の扱いにしても、創造物の構造にしても、当て嵌まる。
「――!」
床から跳ね返って、まるでビリヤードの要領で向かってきた二つの弾丸を、ルイサは「面白い」と思いながら、易々と鎌で弾いた。
――別方向から飛んでくる、伴星のもう二弾に気付かないまま。
読んで下さりありがとうございました!
ミーファの使う銃はかなりインチキ設定なので、構造は気にしないで下さい(笑)




