#028 恋という感情
「……?」
観覧席に座るレゼルは、闘技場で模擬試合をしている二人から一瞬だが視線を向けられて首を捻った。
しかもミーファは顔がほんのりと赤く染まっている。
彼がミーファの創造術を見たのは今が初めてだが、その彼にも、彼女が本当の実力を出せていないと容易に分かった。
不調なのだろうか、と思っていたが、顔が赤い所を見るともしかして熱でもあるのだろうか。もしそうなら、早く休ませなくてはならない。
「どうかしましたか、レゼル」
隣に座るセレンが見上げてくるのに、レゼルは小さく頷いた。
「……ミーファの事なんだが、熱でもあるのかもしれない。今日は冷え込んだし」
レゼルはそう言って硝子張りの天井を仰ぐ。
灰色の分厚い雲からは雪が降り続いており、一向に止む気配がない。
ディブレイク王国は歴とした北国で雪国だ。その中でもリレイズの街は北にある為、一度雪が降れば、一週間一瞬たりとも途切れる事なく雪が降り続けるのは当たり前だという。
ディブレイク王国の北方に来たのは久し振りであるレゼルとセレンは、雪が降って改めて、雪国の寒さを感じていた。
「……その心配はないと思いますよ、レゼル」
ミーファは寒さにやられて風邪を引いたのではないか、というレゼルの推測をセレンは否定した。
それでレゼルは思い出す。
リレイズ家は代々、創造学院の学院長とリレイズの街の領主を務める家系だ。
つまりミーファは生まれた時からずっとリレイズの街に住んでいるのであり、冬の寒さになどとっくに慣れている筈なのである。彼女が風邪なんて引く訳がない。
「そうだな。ここはミーファのホームタウンな訳だし」
「……まぁ、そうですが、ミーファが不調の理由は他に明らかですし」
「え?」
「何でもないです。とにかく、ミーファは心配要りませんよ。段々、元の調子も取り戻しているみたいですし……あ、模擬試合が再開されましたよ」
セレンの言葉に視線を前に戻す。
第一実技棟の闘技場では、硬直状態に陥っていた模擬試合が再開していた。
◆
彼が――レゼル・ソレイユが見ている。
その事実は、ミーファの身体にも精神にも多大な緊張を与えていた。
彼に少しでも、創造術が上達した所を見せたい、伝えたい。
彼はあの頃から、何も変わっていなかったから。
いや、何も、というのは正しくない。
彼は変わった。多分、性格や考え方、生活、趣味嗜好に至るまで、変化しただろう。
髪と瞳の色はあの頃と何一つ変わっていなかったけれど、顔立ちはちょっと男性の大人っぽくなった。それだって彼は中性的な顔をしているが、ミーファが顔を見ただけでは彼だと分からなかったのはその所為だ。声を聞いた時に既視感を覚えただけだったのも、彼が六年という歳月の内に変わっていたから。
だが、ミーファは「変わっていなかった」と思った。
根本的で本質的な所で、彼は変わっていない。彼の漆黒の瞳には確かに光が宿っているのだから。
大抵の人間は《雲》の瞳を「光を拒絶する眼」というけれど、そんな事はない。ミーファの知っている《雲》はレゼルしかいないが、少なくとも彼は瞳にしっかりとした光を湛えている。
――前に進む、という確固とした光を。
だから、六年前から変わらない光を持っている彼に、ミーファは見せたいのだ。
自分の創造術を。
「……緊張してたら、駄目よね」
ミーファは自身に言い聞かせる為に囁いて、対峙するルイサと視線を交わす。
「……本気だな」
くすっ、とルイサは笑った。
「ええ、本気です」
ミーファも頷きながら微笑む。
ここからが、本当の「戦い」だ。
実技棟にいる者は皆、模擬試合用の戦闘服を着ている。闘技場で戦闘を繰り広げる《暦星座》二人は勿論、観覧席のギャラリーも授業中だから戦闘服着用だ。
この戦闘服は学院が一人一人の分を厳重に保管し、実技の授業と放課後の時だけに着用出来る。これは戦闘服が、防弾・防刃・防寒・防水などなど、科学技術がふんだんに使われている代物だからであって、学院の外に持ち出す事は余程の事が無い限り固く禁止されているからである。
こういう制度があるから、レゼルは「血塗れ」の時に使う戦闘服を隠さなくてはならなくなる訳だが、今重要なのは戦闘服がかなりの高性能という事だ。
実技授業の模擬試合中は、剥き出しの頭を狙ってはいけない。戦闘服に包まれた身体の何所かに攻撃を一発当てればそれで模擬試合は終了、というのがルール。
戦闘服は攻撃が当たってもそれを通さない。衝撃は伝わるが怪我はしない。もし戦闘服の繊維を突き破るような攻撃を放てばルール違反となり即負けだ。
この、安全に創造術の戦闘をする為のルールは、《暦星座》同士の模擬試合にも適用されている(完全に安全という訳ではなく、実際、一年間に何人も負傷者が出ている)。
だからミーファは右手の〔雹刃〕を、ルイサの腹――中心目掛けて投擲した。
「成程、投擲用……スローイングダガーという訳か」
「正解です!」
不敵な会話を交わし、ルイサは紫色の大鎌を振るう。
キンッ、という金属質な音が響き、弾丸と同じように投擲用短剣が弾かれる。
だが、そこから後は、弾丸と同じように、とはいかなかった。
ピキン、という小さな音をルイサは強化してあった聴覚で捉えた。
その発生源――両手に握る大鎌に目を向ける。
「なっ……」
ルイサは向けた目を見開いた。
投擲用短剣を弾いた部分の刃が、薄い氷の膜を張り付けて凍っていた。
「これは……」
何だ、と考え込む前に対戦相手から攻撃がきた。
ミーファが左手に構える回転式連発拳銃から、紫に発光した弾丸が飛んでくる。
――紫?
ルイサは着弾するまでの刹那的な時間に首を捻ったが、弾丸はその間も飛翔を続けている。
反射的に鎌で防ごうとしたが、強烈な違和感を覚えて腕の動きを中断し、代わりに脚を動かして弾を避けた。
その後に続く二発の銃弾も一切鎌を使わずに避ける。
「良い判断です」
三発全て避け切ったルイサの視線の先には、不敵に笑うミーファがいる。
彼女は、ルイサが銃弾を弾くのではなく避けた事に、やはり経験の差はどうしても実力の差を作ってしまうものなのだと、改めて認識した。
「……だから雹、か。〔菫鎌〕が凍ったのは、スローイングダガーの表面に液体窒素を付加していたからだろう?」
「流石です、エネディス先生。〔雹刃〕は凍結し難い素材で創った剣で、表面に液体窒素を薄く纏わり付かせる事により、接触した部分を凍らせます」
「液体窒素を付加している事も、意図的に隠していたな? 短剣を発光させて」
『物質創造』で創られたものは例外なく、仄かに発光している。
融合体を身体から引っ張り出す時には強烈な光――創造光が迸るが、それは時間にして長くても精々二、三秒程だ。
創造物が淡く光り続けるのは創造光とは違い、一瞬ではない。融合体の中にある余分な星の光が『物質』の外に漏れ出している事により創造物は光るのだが、融合体のエナジーと星光の比率を全く同一にすればこの発光を抑える事も出来る。ただ、それをするには卓越したエナジー制御能力が必要となる為、《暦星座》クラスでなければ無理だ。
ミーファやルイサは発光を抑える事が出来るが、今は最初から面と向かい合って戦う模擬試合。発光を抑える意味も無いし、エナジーを精密に制御する無駄な労力も要らない。
発光は融合体の中のエナジーと星光の比率によって程度が変わるが、《暦星座》であるミーファなら、意識してエナジー制御をしなくても、発光はそれなりに抑えられていた筈だ。
だが思い返してみれば、ミーファの創造した投擲用短剣は青く輝き過ぎていた。それには必ず何かの意図がある。
では、それは何か。
ルイサの出した答えは、ハンドガンの〔双星〕がリヴォルバーの〔連星〕に変わっていた時と同じだった。
液体窒素は、冷気が白い煙のように視認出来る。勿論、それは〔雹刃〕に付加された液体窒素も同じだ。
つまり。
ミーファは視認出来る冷気を、発光の光で隠したのである。
再び彼女は、光の創造でルイサの目を誤魔化していたのだ(余分な星光が創造物から漏れる事も、定義としては光の創造となる)。
「そして相手の武器が凍った所を、炎を付加した銃弾で狙う、か。冷やされた物が急に加熱されると頑丈な物にも罅が入る、あるいは崩壊するように、武器破壊を狙っていた訳だな」
ふむ、と形の良い顎に手を当てて〔菫鎌〕の凍った部分を見詰めるルイサ。
炎を纏った弾丸が紫色だったのは、元々のミーファの「色」である青色と、炎の赤色が混ざった結果である。
「今日は随分と搦め手で攻めてくるじゃないか、ミーファ」
「今日だけは絶対に勝ちたいんです。エネディス先生に勝つには、一筋縄ではいきませんから」
闘志に燃えた瞳がルイサを射抜く。
「……凄いな、恋という感情は……」
ルイサは些か呆れ気味に呟き、一部分が凍ったままの大鎌を構えた。
一度、消失させて構築し直しても良いが、それではミーファの思う壺だ。彼女は武器破壊――ルイサの手から武器が消える隙を狙っていたのだから。
構築し直しすなどという時間を武器も無しに持ち堪えるのは、ミーファ相手では流石にキツイ。
ルイサの二つ名は「死神」であるように、それの由来ともなった〔菫鎌〕は彼女のよく使う武器だ。構築スピードは彼女の創造物レパートリーの中で最も速い。同じ《暦星座》でなければ視認する事の敵わない、一瞬よりも短い時間で鎌を創るには事足りる(ミーファの場合の愛用武器(=構築スピード一番)は〔双星〕になる)。
だが相手がミーファならば、その刹那の時間で自分に一発攻撃を当て、試合を終わらせてしまうだろう。
今日のミーファは、本気の本気だ。
後で、彼女をこんなにした鈍感少年に何かしら奢って貰わなければ、と思いながら、ルイサの瞳にも炎が灯る。
「愉しいな、今日は」
ポソッと囁いた声は、誰にも――いや、ただ一人、右奥の観覧席にぽつんと座る二人の内の一人だけが、見て取った。




