#027 蒼と紫の創造術
リレイズ創造術師育成学院は各学年約250人、全校生徒は250×四学年で約1000人になる。
人数はあまり多くないが、一人一人が快適に過ごせるようにする為、創造学院の建物は非常に大きい。寮に至っては一人一人が個室なのだから相当な広さになる。フロアで学年が分かれるので高さというより横幅が尋常ではなくなるのだが、その横幅が一番尋常ではないのは寮ではなく、実技棟であった。
奥行きが200メートル近くある長方形の実技棟は左右に観覧席がある。
午前中にも格闘訓練の授業で訪れた、授業時は一年生専用の第一実技棟の観覧席で、レゼルは闘技場を見下ろしていた。
入り口から見て右奥の観覧席だ。隣にはセレンが座っている。
そこから彼が見下ろすのは、一人の少女と一人の教師の、戦闘だった。
◆
金色の、束ねられた長髪が舞う。
ミーファは第一実技棟の闘技場の床を踏み締め、両手に握る青く発光する拳銃の引き金を引いた。
彼女が創造術で創り出した愛銃だ。対人用創造武器――双銃〔双星〕。
パァン、パァン、と軽快な銃声が次々に実技棟の内部に響く。排出された青く煌めく空薬莢が宙を舞う。
彼女――ミーファ・リレイズの《星庭》は〈双子座〉。唯一人しか契約者を持たない《暦星座》の一つである。
ミーファは《蒼碧の創造術師》という創造術師としての名を持ち、青を冠する《暦星座》だ。彼女自身の二つ名は「神童」。ただ、ミーファは周りに勝手に呼ばれているこの名をあまり気に入っていない。母親が「天才」と言われているし、自分はまだ若く、創造術の才能と実力も同年代の創造術師から見れば高いのも自覚している。「神童」というのはそこから来た二つ名で、それには敬意と称賛が確かにあるのだが、何だか才能だけを褒められている気がして好きになれないのだった。
だが今は創造術の対人戦中。正確に言えば、創造術の実技授業の模擬試合中。ミーファに自分の二つ名の事など考えている暇は無かった。
相手が生徒であったなら、相手には悪いが模擬試合と関係の無い事も彼女なら考えられただろう。しかし、この模擬試合は生徒との模擬試合ではない。相手は教師。それも、ミーファと同じ《暦星座》の一人だ。
ミーファの放った弾丸は、相手が手に持つ武器に易々と弾かれた。キィン、キィン、と甲高い音を響かせながら、相手は小さく微笑する。
端整な顔に浮かべられた微笑みは、男の心を簡単に絡め取ってしまいそうな妖しい魅力を醸し出している。だが、誰も今の彼女――ルイサ・エネディスには近付こうとはしないだろう。
現在、ミーファを相手に戦闘を繰り広げる彼女は、「死神」という自身の二つ名を体現しているのだから。
ミーファの〔双星〕から射出される何発もの弾丸は、ルイサの持つ巨大な鎌で悉くブロックされていた。
鈍い紫色に輝く鎌は、正しく「死神」に相応しい武器。それを振り回しながら笑みを見せるルイサは、紛れもなく「死神」だった。
対人用創造武器――戦鎌〔菫鎌〕。
長い柄に巻き付けられた、これも紫色の包帯のように長細い布が、ルイサが弾丸を弾く度に不規則に靡く。
ルイサ・エネディスの《星庭》は〈蠍座〉だ。無論これも、《暦星座》の一つである。
この模擬試合は、模擬試合にしておくには勿体無さすぎる。観覧席にいるギャラリー達は皆、そう思っているだろう。
何せ、《暦星座》である創造術師は世界中で十二人しかいない、創造術界の頂点なのだから。
《蒼碧の創造術師》ミーファ・リレイズと、
《菫の創造術師》ルイサ・エネディスの、
これは、創造術戦闘。
一発も当てられない自分の技量に、ミーファが歯を食い縛る。
ルイサと戦うのはこれが初めてではない。それこそミーファが《暦星座》となった時から、彼女には良い練習相手になってもらっている。最初は経験の差で勝てる事は稀だったが、今ではもう勝率はフィフティフィフティだ。どちらが勝っても負けても可笑しくない。
今日は調子が悪いのかもしれない、とミーファは思う。だがすぐにその思考を打ち消した。自分の不利を調子の所為にするのは最低だ。例え体調の所為でも、しっかりと身体の調整が出来なかったのは自分。それは自分以外の何か――偶々調子が悪いだとか――の所為にしてはいけない。
ミーファは途切れる事なく銃弾をルイサに撃ち込む。それをルイサは、大鎌で一弾残らず明後日の方向に飛ばしていく。
「どうしたんだミーファ、何時もの力が出ていないようだが?」
鎌を掴む両腕を高速で動かしながら、ルイサが眉を寄せた。
彼女は戦闘と会話をしながらも、その場から全く動いていない。
「どうもしてません!」
ミーファは鋭く言い返し、右手に握る拳銃を消失させた。青く輝いていた銃身が光の粒子となって虚空に消える。
ルイサが「おや?」という顔をする。だが、弾数の減ったこのチャンスを逃す彼女ではない。
一気にミーファと距離を詰めようと、脚部に融合体を供給する。『能力創造』だ。
並行創造――『能力創造』と『物質創造』を同時に行う事――を戦闘開始時から行っていたルイサが、ダンッ、と床を蹴って跳躍。
今までずっと不動だった彼女が動いた為に観覧席が多少ざわつく。
因みに、ルイサが戦闘開始時から並行創造を行っていた、というのは、最初から『能力創造』にあたる神経伝達速度向上の創造を行っていたからだ。そうでもしなければ、不調といえどもミーファの放つ高速の弾を防ぐ事など到底出来ない。
ミーファが残っている左手の〔双星〕の片方の銃口を向けてくる。
パァン、と乾いた音が響き、
「教師として、生徒の不調の理由は知っておきたいんだがなっ!」
易々と、空中にいるルイサは〔菫鎌〕で放たれた弾丸を弾いた。
これでミーファには攻撃する術がない。今まで防戦一方――いや、攻撃の機会を窺い続けていたルイサに与えられた好機だ。
ルイサは唇の端を妖艶に吊り上げながら、大鎌を振りかぶり――
「……っ?」
――見たのは、「神童」と言われる少女の、不敵な笑みだった。
左手に握られた拳銃の銃口はこちらに向いたまま。だが、先程の一発で、まだ次弾が放てる状態ではない。
それなのに。
その銃口から、来る筈のない次弾が既に放たれていた。
「――!」
何故、と思う前に行動する。
ルイサは咄嗟に鎌を身体の前へ。弾丸は紫の刃に防がれる。
弾を空中で弾いた反動でルイサの身体が後ろに流れる。
彼女が床に足を付けた時には、更にもう一発が飛んで来ていた。
それも透かさず、大鎌を振って弾く。
そうしながら、ルイサはミーファの持つ拳銃に目をやった。――いや、もうそれは拳銃ではない。まず、二丁拳銃として扱う〔双星〕が一丁になった時点でルイサはその事に気付くべきだったのだ。
――拳銃が、回転式連発拳銃に変わっていた事に。
「何時の間に?」
「〔双星〕の片方を消失した時ですよ。もう片方も部分的に消失させてリヴォルバーに必要な部位を創造して構造を変えました」
「成程」
「気付きませんでしたか?」
リヴォルバーの銃口をルイサに向けたまま動かさず、ミーファは笑顔を浮かべながら言う。
ルイサは水色眼鏡の奥の瞳を細め、
「気付かないようにしてたんじゃないか、ミーファが」
「まぁ、そうですけど」
そう言って、ミーファは小さく舌を出した。
彼女はリヴォルバーを創る為の部位を構築する時には無光創造を徹底し、実体化してからはその銃身を発光させていたのだ。
銃の構造が、普通の拳銃ではなく回転式連発拳銃になっている事を、ルイサに気付かせない為に。
光の創造は、創造術の中で最も簡単なものである。いや、光ではなく電磁波と言った方が適切だろう。
ともかく電磁波の一種である光は、最初から融合体の中にあるのだから、簡単でなければ可笑しいのだ(レゼルの〔光剣〕も同じ理屈で構築スピードが異常に早い)。
光の創造で左手の銃の輪郭を暈し、ルイサにリヴォルバーである事を勘付かせなかった訳である。
「右手の銃を消失させたのは、私の攻撃を誘う為、という事か」
「はい。距離が近くなれば銃弾は避け難くなりますし、鎌で弾く事も困難になります。エネディス先生は中距離型創造術師ですから、長い柄の付いた鎌では、小回りが利かないでしょう?」
結果的には防がれてしまいましたが、と付け足したミーファの空っぽの右手に、陽炎のような空気の揺らぎが生まれた。
それは、星光とエナジーの融合体が『物質創造』の為に外に引っ張り出された証。実体化の、一歩手前。創造術師はここから物質の成分を創り出し、形創る。
「行きますよ」
ミーファの言葉が実技棟に響いた時、彼女は左手に青く輝く銃を、右手に青く輝く短剣を、握っていた。
対人用創造武器――拳銃〔連星〕。最大で三発、と連射数は極端に少ないが、〔連星〕の特殊さはここにヒントがある。
対人用創造武器――短剣〔雹刃〕。
ルイサが〔雹刃〕をまじまじと凝視する。
「それは……見た事が無いな。新作か。銘は?」
楽しそうに訊ねてきた彼女に、ミーファは頷きと「雹刃」とだけ答えた。ぐだぐだと話している暇は無い。――彼が、見ているのだから。
ミーファは心に気合いを入れ直し、短剣を握った右手を――
「ああ、そういう事か。恋する乙女、という奴だな」
担任教師から放たれた聞きずてならない言葉に、ビタッ、と手が止まる。
そのミーファの挙動を視界に収め、ルイサは大鎌の柄で床を鳴らしながら笑った。
「成程成程。鎌を持って鎌を掛けてみたんだが……図星だったのか」
「……それ、全然上手くないですよ」
「して、実際の所、不調の原因はどうなんだミーファ? 彼がいるからか?」
「う……」
恥ずかしくて顔が熱くなる。どうやらルイサには自分の恋心を見抜かれていたらしい。まぁ、ノイエラに気付かれていた時点で母親は勿論、晴牙にも気付かれているだろうとは思っていたが。
不調の原因。
それは、とっくに――模擬試合が始まった時から分かっていた。不調である事を自分以外の所為にしてはいけないと思っていたけれど。
そして、ちょっと癪だがルイサが言った通りだった。
彼が――想い人が、この試合を見ているからだ。
六年も前からの、好きな人が。




