#025 冬の祭り
NLFのエース、「ブラッディ」には様々な噂話がある。
それはどれも、誰もが耳を疑ってしまうような話ばかりだ。
例えば、「ブラッディ」は《堕天使》の群れを巨剣で一掃するとか、宙に浮けて尚且つ空中を歩けるだとか、《堕天使》の攻撃を一瞬で無効化出来るだとか。
ただそれらは、デマでもガセでも無く「本当の事」であったりする訳だが、《堕天使》をリアルに知る創造術師たちにそんな『異常』が信じられる筈もない。だから今回のリレイズの街《堕天使》討伐戦に関わった者は一人残らず、「ブラッディ」が《堕天使》を単独で倒すなど無理な話だと思っていたのだ。
しかし、それはいとも簡単に成し遂げられてしまった。だから勿論、創造術師協会の者や創造学院の教師・生徒がNLFのエース「ブラッディ」を話の種にしない訳がなかった。
という理由があって、今日は昨日より周りからの視線の数が減っている「話の種」の当人は、呑気に本校舎横の食堂で昼食を取っていた。
「あ、確かに寮食堂よりこっちのが美味いかも」
「でしょ? 調理場の設備がこっちの方が充実してるのよ」
カツカレーを食べながらの「話の種」の言葉に応えたのは、オレンジティーにマーマレードを大量投入しながらのミーファだった。
今日は寮ではなく本校舎の隣にある食堂だが、昨日と同じく、学院通りの見渡せる窓際の席だ。レゼルの右にセレン、左にミーファ、向かいに晴牙、ミーファの向かいにノイエラが座っているのも昨日と同一。周りのテーブルには誰一人座っていない所まで変わらない。
「なぁ、レゼル。朝も昼もカツカレーじゃ飽きなねぇか?」
グラスの中の氷をカランカランと鳴らして、晴牙が訊いてくる。因みにグラスには炭酸多めのソーダが注がれている。
「そんな事ないぞ? カレーなら三日はいける」
「うわ、微妙。そこは一週間と言って異常なカレー好きをアピる場面だろ」
「アピールする必要なんてないだろ。それに、寮食堂とこっちの食堂の料理の味を比べてみたかったし」
「……何て言うか、レゼル、お前ってちょっと、色々ズレてないか?」
晴牙は疲れたように言って、自分のカレーの上に乗ったカツを箸で摘まんだ。もうカレーの話は終わりという事らしい。
今日の昼食は男性陣がカツカレー、女性陣がパンと鮭のムニエルである。女性三人曰く、「急に魚が食べたくなった」らしい。まぁ、カルシウムは大切である。
「……そういえば」
ポツリ、とミーファが鮭の身を箸で解しながら呟いた。
「クラスで創造祭の準備始まるの、明日からじゃない」
「あ、そうですね。ここ二日間は何かと忙しくて忘れていました。私たちA組は和風喫茶でしたよね」
ノイエラがパンを食べやすい大きさに千切りながらミーファの話に乗る。
「そうそう、和風喫茶。明日から私たち代表・副代表だけじゃなくて、皆忙しくなるわね」
「創造祭のメインイベント、『無限の星影』の練習もしなきゃですけどね」
ふぅ、とノイエラが息を吐く。
一年代表の少女と縁無し眼鏡の少女の話に全く付いて行けなかったレゼルは首を捻った。
「『無限の星影』? というか、創造祭ってどういう事するんだ?」
「ありゃ? 教えてなかったか」
カツカレーの皿の端にある福神漬けを器用に箸で掴む晴牙。まぁ、福神漬けを単体で食べたい気持ちは分からなくない。というか福神漬けをカレーと一緒に口に入れる人の方が少ないと思う。いや、そんなことは心底どうでも良いが。
晴牙の言葉はレゼルとセレンの二人に向けられたものだった。創造祭について何かを話された記憶は皆無なので、躊躇い無く二人同時に頷く。
「ごめんね。何かレゼル君、学院にいるのもう慣れた感じだから、つい忘れちゃってたわ」
「忘れたって、代表しっかりしろよー」
「アンタには言われたか無いわよ副代表」
ギンッ、と翠色の綺麗な瞳で晴牙を睨み付け、ミーファは箸を置いてレゼルとセレンに向き直った。
「えっと、簡単に言うと創造祭っていうのは、普通の学校でいう一般公開の文化祭みたいなものよ。クラス毎に出し物やって、それをまとめるのが各学年に一人ずついる代表と副代表。四年まであるから合計八人ね。これは普通の学校で言うと生徒会みたいなもので、準備期間含め創造祭期間中は創天会と呼ばれるの。創造祭は一週間に亘って行われるわ」
「そうてんかい?」
セレンも箸を置き、ミーファの説明を真顔で聞きながら首を傾げる。
「ええ、創天会。私達、代表副代表は、学生といえども創造術師を束ねる役目にある訳でしょ? そして、創造術師は星の光を頼りにしてる。だから、星を包容する天に喩えて、創天会。天を創造する、体現する者という意味よ」
「ちょっと良いだろ。これは伝統なんだ」
ミーファと晴牙が少しだけ誇らしげな顔をする。ノイエラも控え目に微笑んでいた。
「それで、私達創天会は既に活動を開始しているけど、クラスの出し物の準備が始まるのは明日からなの。我らがA組は和風喫茶よ」
「成程」
レゼルは納得して一つ頷いた。
取り敢えず、和風喫茶というのは晴牙の発案だろうという事はそれ程考えなくても分かる事ではある。
「では、『無限の星影』というのは何ですか?」
セレンの質問にはノイエラが答えた。彼女はカモミールのハーブティーが入ったカップを置き、姿勢を正す。
「……」
レゼルとセレンに顔を向けた時にノイエラは少しだけ緊張したような表情を見せた。一瞬、口元が真一文字に引き締められたのだ。
レゼルはそれにしっかりと目を留めていたが、気にしない事にした。何と言うか、格闘訓練の授業の時といい、今日の彼女は少し変だった。ただその変化はレゼルにしか分からないようだ。セレンも気付いていないようで、何も言ってこない。ならば自分が突っ込む事ではないのだろうと、レゼルは気にしない事にしているのだった。
「創造祭期間の最後の日にやる創造祭のメインイベントですよ。学生創造術師が自分の創造術を披露する一般公開のイベントで、リレイズの街の人達は勿論、他の街や国の人々も、創造術師協会の方々だって見に来ます」
「あ、それなら知ってる。イベントの名前を知らなかっただけだ。創造術師協会が来るのは、学生創造術師のスカウトの為だろ?」
創造祭で創造学院の生徒が創造術を披露する事は知っていた。そして何故、創造術師協会の者が来るのかも。
レゼルの確認の為の質問に、
「あ、は、はい。そうです」
コクコク、とノイエラが小動物のように顎を上下させる。
そんな彼女に一瞬、ミーファが不思議そうな目を向けた。だが、すぐにレゼルの瞳を覗き込んできた。
「な、何だよ?」
「ねぇ、レゼル君、どうするの? クラスの出し物はどうとでもなるけど、『無限の星影』は全校生徒強制参加よ」
「「……あ」」
声を漏らしたのは、レゼルとセレン、二人共だった。
全校生徒強制参加。
つまり、レゼルも参加するしかない。あの学院長の事だ、変装してでも出ろと言うのは目に見えている。確か、『無限の星影』というイベントは皆正装で臨むらしいから、顔や髪、瞳を隠すことも出来ないだろう。
レゼルがそのまま『無限の星影』の舞台に上がったら刹那的にパニックになる。それはリレイズの街どころか国境を越えて、世界規模の混乱になるだろう。《雲》とは、それ程までに忌み嫌われる存在なのだから。
それは、レゼルを嫌悪しないでいてくれている者は勿論、嫌悪している者にとっても避けたい事態である。
「どうするかなぁ」
レゼルが表情を曇らせていたら、晴牙があっけらかんと言う。
「そんなの、関係ないだろ。創造術を使えばレゼルは銀髪碧眼になるんだしさ」
だが彼の考えはノイエラが首を横に振って否定した。
「それは駄目ですよ。舞台に上がる前に創造術を使ったら失格になってしまいます。それは学院長が許さないかと」
カチャン、と音を立ててジャムがたっぷり入ったオレンジティーのカップを置き、ミーファも首を横に振る。
「それに、レゼル君の容姿はもうリレイズの街全体に広まってるわ。灰色の髪と黒眼を見なくても、レゼル君が学院に入った《雲》だと分かってしまうのではないかしら。その……レゼル君を……嫌う、生徒達から、情報が出てしまっているだろうから」
「ミーファ、別に気にしないで良い。それは仕方の無い事だから」
自分は嫌われる。それは《雲》として生まれた時から分かっている事だ。そしてそれを当然だと理解している。
だからレゼルは自嘲気味の言葉を曖昧な笑顔を浮かべて言った。しかしミーファは悔しそうに唇を噛む。
「……でも」
彼女も《雲》が嫌悪されるのは仕方が無いと分かっているのだろう。それでもレゼルの言葉に反論しようとする。
そんなミーファを見て、学院に来たらセレン以外は敵だと覚悟していたレゼルは、自分は本当に幸せ者だなと思う。ミーファだけではない。晴牙もノイエラも、自分の事をちゃんと「人間」として見てくれて、心から心配してくれている。ルイサやミーナもそうだ。編入してすぐに彼らが周りにいてくれる事を、幸せだと思わずして何と思えば良いのか。
「俺は寧ろ、何でお前達が俺を避けないのかの方が不思議だぞ?」
レゼルは悪戯っぽい顔をして笑った。
すると、
「えっ? そ、それは、そのっ……」
ミーファは何に慌てたのか、きょろきょろと視線を彷徨わせ、
「あー、それはな、ちょっと個人的な事情と言いますか……」
晴牙は眉を寄せて困ったような顔をし、
「……っ」
ノイエラに至っては真っ赤な顔を隠すように俯いてしまった。
何も、変な事を言った記憶は無いのだが。
頭上にはてなマークを浮かべるレゼルとセレン。沈黙がテーブルを包む。
それを破ったのは、セレンだった。グラスに右手を伸ばしながら、横目でレゼルを見る。
「それでレゼル、『無限の星形』はどうするのですか?」
「え、あっ……そうだなぁ……」
レゼルはカレーの中のじゃが芋を見詰めながら唸る。
「ま、まぁ、レゼル君が《雲》だって判らせない方法は幾らでもあるわ。最悪、変装すれば良いんだし」
「やっぱり誰もその考えに行き着くんだな……」
ミーファの励ましを聞いて溜め息。
「変装っていっても、一体何に……」
「まぁまぁ。それは後で考えようぜレゼル」
「そうですね。説明しなければならない事はまだありますから」
晴牙とノイエラが苦笑してレゼルのやや情けない感じの声を遮る。
ミーファがハッとしたようにレゼルに目を向ける。
「そうそう。説明の続きしなきゃね。クラスの出し物の事だけど、科学技術が秘匿されている学院の敷地に一般人は入れられないわ。他国の人も来るんだもの、その人達を入れたら科学技術を秘匿しているのなんて本末転倒でしょ」
「あぁ、そうか。じゃあ何処で出し物やるんだ?」
「リレイズの街の大通りに学院所有の建物があるわ。そこよ。創造祭が普通の学校の文化祭と違うのは、学校内ではなくて学院内を除いた街全域が開催地になる事ね」
教育機関が主催するイベントにしては大規模だが、その教育機関が創造学院だとすればそんな事はない。世界の中で創造術とは、化け物から人々を守る神聖な技術。創造術師とは、一般人にとって英雄にも等しい存在なのだから。
そして、創造術師には殉職者が異常な程多い。いや、その理由を考えればそれは異常ではない。《堕天使》が堕ちてくれば命を賭けて戦うしかないのだから。勿論、それが英雄と呼ばれる所以でもあるのだが、そういう理由があって創造術の才能があっても創造術師にならないという者は結構存在する。創造術の名門にでも生まれなければ強制は出来ない。そういう者達が創造術に興味を持ってくれるように、という意図も創造祭にはある。
閑話休題。
「まぁ、創造祭の事はこれくらいかしら? あ、因みに『無限の星影』――インスタの運営は創天会よ」
ミーファが創造祭の説明をそう締め括った所で、食堂の入り口付近がざわざわと騒がしくなった。
五人全員、ざわついた方に顔を向ける。
入り口付近のテーブルに座る生徒達が一様に驚いたような表情をして三人の女性を見詰めてヒソヒソと何かを話している。
――いや、三人の女性、ではない。生徒達が見ているのは、三人の中で二番目に背が低い女子生徒だ。
彼女は二人の女性――メイド服を着た、生徒ではない大人の女性を一歩程後ろに従え、優雅な足取りで食堂の中を歩いている。
一年代表の少女や学院長よりも薄い色の金髪を縦ロールにした美しい女子生徒だ。白を基調とした女子制服のブレザーとスカートを誰よりも品良く着こなし、透き通るような白い肌が照明と天井近くに投影されるディスプレイの光を反射している。
そして彼女が歩を進める先は注文する為のサーバーでも料理を受けとるカウンターでもなく、
「初めましてですわね、レゼル・ソレイユさん」




