#022 格闘訓練
灰色の髪。
漆黒の瞳。
そこからもたらされる人間の感情は、「嫌悪感」である。
神に見棄てられた証。
創造術が使えない証。
灰色の髪と漆黒の瞳を持った者は、創造術が使えないから《雲》と呼ばれ、酷く蔑まれてきた。
才能が、適性が無ければ、創造術は使えない。創造術は誰でも使える甘ったれた技術ではない。創造術師は皆等しく、血の滲むような鍛練をして己を磨くのだ。そして強くなるためには先天的な才能も必要である。
努力しなければ埋まる差も埋まらないが、才能の差というのは、依然として存在する。それは創造術師達の中にも、創造術師と一般人の中にも。
創造術師になるには、才能が、適性が必要になる。創造術が使えないという点では、一般人も《雲》も本質的には変わらない。
では、一般人と《雲》は一体何が違うのか。
それは、一見少しのようで、しかし絶対的な差である。
一般人は、努力をすれば簡単な創造術くらいなら使えるようになるだろう。《融合結晶》を使用すれば、そこそこの創造術を使えるかもしれない。適性が無いといっても、彼らは人間であり、創造術師と根本的に同じ存在なのだから。
対して《雲》とは、努力をしても《融合結晶》を使っても、絶対に創造術が使えない者の事を指す。適性や才能などという範囲ではなく、《雲》は創造術が使えない、という事実は世界が定義したもの。
それは常識であり、世界の必然。
灰色の髪と漆黒の瞳を持つ者は《雲》である。
これも世界が定義し、必然な、常識として依然とそこにある人類の認識で、事実。
それを彼は否定していない。灰色の髪と漆黒の瞳を持ちながら創造術が使える世界の異端でありながら、彼は自分が《雲》だという「事実」を認めている。
誰よりも己のことを知っているのは、結局のところ自分自身なのである。《雲》だと理解して弁えているのは、誰より自分自身だ。
少なくとも彼はそうだった。自分が《雲》だという事は、自分が一番理解している。
だから、行動も弁えてきた。
実技試験の直前まで顔を隠していたのも、NLFのエースという名声を手に入れないのも、自分が《雲》だと分かっているからだ。
まぁ、後者はNLFのエースという名声に興味が無いという理由もあるが。
しかし彼は、自分が《雲》という事に劣等感を感じてはいない。
彼に、他の創造術師に劣っている部分など無いのだから。
それでも、《雲》だと認識している。
本人でさえそうなのだから、創造術が使えると言ったって《雲》という認識は変わらない。
彼の周りの人々は、彼の髪と瞳の色に嫌悪を感じ、蔑み、嘲り、穢らわしい人間だと断定する。――いや、人間とさえ思っていないだろう。《堕天使》のような化け物か、薄汚れた犯罪者か。そのように《雲》を見ているのだろう。
灰色と漆黒に刻み込まれた嫌悪感は、簡単に消える筈がないのだから。創造術が使えるからといって、いや、使えるからこそ、彼を気味が悪い存在だと思うのだろう。
覚悟はしていた。
蔑まれ、嘲られる事を覚悟して――といってもとっくに慣れていたのだが――創造学院に来た。
だから。
それにも例外はいる、という事は彼――レゼル・ソレイユの精神を少しくらいは支えていたのかもしれない。
◆
晴牙の左足が強く踏み込まれた。
来る。
そう頭で考えるより先に身体が動いて、レゼルは晴牙の右からのパンチを躱していた。
顔面を狙った拳は空を切る。晴牙が悔しそうに唇を噛み締めた。
レゼルが、彼に出来た決定的な隙を逃す筈がないと、分かっていたからだ。
がら空きの懐。そこに、レゼルは拳ではなく脚――回し蹴りを叩き込んだ。
「ぐっ……!」
晴牙の表情が歪む。直後、彼の身体は横に数メートル程吹っ飛んだ。
パンチ、だったら、多分――いや、きっと止められていただろう。レゼルがギリギリまで蹴りを放つ予備動作を見せないよう心掛けていたからこそ、晴牙は蹴りに対応出来なかったのだ。
しかも彼は、勝負を決めに行った右拳をあっさりと躱された事で多少なりとも焦っていたし、その所為で懐はがら空きだったから、蹴りを躱す余裕も受け止める余裕もなかったのだろう。
特殊素材の床を転がりながら受け身を取り、晴牙は立ち上がった。
「う……ごほ、がはっ」
脇腹の辺りを押さえ、彼は苦しそうに噎せている。
「大丈夫か?」
あんまり苦しそうだったので声を掛けると、恨めしそうな目を向けられた。
「……今、脇腹に直撃だったんだが」
「あー、悪い」
「お前、絶対悪いと思ってねぇだろ」
そう言われたので、正直にレゼルは頷いた。
「てめぇ……」
晴牙の頬はひくひくと引き攣っているが、目は楽しそうに笑っていた。
「再開!」
その、面白がっている表情のまま、晴牙はそう言うなり突っ込んできた。
右腕を振りかぶるモーションがレゼルの視界に映る。しかし、彼はそれに騙されなかった。それどころか、晴牙を騙し返していた。
晴牙はパンチなど放っては来ない。それが分かっていた。
実際、レゼルの視線が一瞬振りかぶられた腕に向いた時、晴牙は彼に足払いを掛け――ようと、した。
だが、腕に視線を向けた事がレゼルの罠。
軽く床を蹴って跳躍し、来るのが分かっていた――というより誘った足払いを悠々と避ける。勿論、創造術は使っていない。
隙を突いた攻撃を躱され身体を硬直させた副代表の同級生の後ろに素早く下り立ち、レゼルは振り向きざまに右脚を振り上げた。
首を狙った下からの蹴りは、晴牙の首に届くという五センチの所でピタッと止まった。
「……」
「……」
二人の間に沈黙の帳が降りた。
蹴りをガードしようと晴牙の左手がピクリと震えたが、その時、首に突き付けられた踵も震えた。
勝敗は、明白だった。
短くてごめんなさい(汗)
読んで下さりありがとうございました!




