#020 一瞬戦争
「……どういう事だ」
創造術で視力・聴力を強化したルイサは、数分前と同じ言葉を、今度は唖然としたように漏らした。
彼女の隣にいるミーナやマズルカも、目の前――視力強化で「目の前」のように感じている――の光景を、信じられないという顔で見詰めていた。
驚愕する三人の創造術師の顔は、仄かに赤く染まっている。しかし、それは恥ずかしいからとか、そんな理由ではない。夕日、というものも、世界にはもう存在しない。
彼女らの顔の赤色は、リレイズの街・北側戦闘区域の《堕天使》迎撃区域――つまり戦場に、火柱が噴き上がっている事に因るものだ。
いや、それは火柱というより、炎の柵。円状に広がった炎が煌々と輝き、その中の戦いを三人に見せるのを拒んでいた。
「凄い……広域創造をしながら、《堕天使》と戦えるなんて。それも一人で……」
「本当に一人で戦っているのかは、まだ分からないけどね」
金茶色の髪を揺らして呟くマズルカの言葉を、ミーナがやんわりと訂正する。
「ルーちゃん、あの炎の中に監視カメラ的な物、創造出来る?」
ミーナは既に驚きから立ち直っていた。さすがはリレイズの街領主にして学院長、という所だろう。
「……いや、無理だな。距離は問題ないが、炎の熱にやられて機械類は使い物にならないだろう」
少しの間があった後、ルイサはかぶりを振った。
「そっか。ルーちゃんが無理なら私達も無理だね」
「そうですね。しかし、エネディス様の創造物の強度を超える熱量ですと、あの炎の中では人間は即死の筈ですが……」
ミーナが同意を求め、求められたマズルカが頷き、新たな疑問を提示する。
「……どうやって熱から身体を守っている? 身体の周りに水のヴェールでも創造しているのか?」
「それは駄目、水なんて創造したら熱で沸騰して火傷だよ。あの中、百度は軽く超えているだろうし」
ルイサの発言をあっさりと否定し、ミーナは視力を更に上げた。聴力は切り捨て、眼だけに意識を集中する。
そうして見えるのは、やはり炎の壁だけだった。
「……はぁ。今回は、NLFのエースの正体を確かめるのは、諦めるしかないみたいだね」
「そうですね……姫様には申し訳ありませんが……」
マズルカが悔しそうな、落胆したような表情を見せる。
それから三人は、再び炎の壁の方に目を向けた。
「やっぱり、NLFのエースは格が違うって事なのかな。《暦星座》に劣らないどころか、もしかしたら《暦星座》よりも……」
ポツリ、と呟いた「天才」にマズルカがぶんぶんと首を振る。
「それはありません。創造術師の世界の頂点は、変わる事なく貴女達《暦星座》なのですから」
彼女――マズルカの仕えるディブレイク王国の王女も《暦星座》の一人である。ミーナの言葉は、王女を尊敬するマズルカにとって到底受け入れ難いものだった。
そして彼女の主張にルイサが大きく頷く。
「NLFは《堕天使》と戦い続ける組織だ。仮にNLFのエースが《暦星座》より強くても、それは経験の差で《堕天使》相手の時だけだろう――もしくは、エースも《暦星座》である場合だ」
「確か……『緑』はNLFだと記憶していますが。……まさか、彼女が?」
ハッ、としたようにマズルカが長身のルイサを見上げる。
「いや、それは無いな。彼女――ルチアーヌ・セヴェリウムは、炎の広域創造なんて出来ないし、彼女がNLFエースだとしたら正体を隠す必要など無い」
ルイサが水色の眼鏡の位置を指で直しながら言う。
結局、NLFエースの正体は分からないという事だった。
「……とにかく、NLFエースの創造術は本当に謎だらけだね。噂が本当なら、どうやったら一人で《堕天使》と戦うなんて事が……」
と、そこでミーナの言葉が途切れた。
不思議に思って、ルイサとマズルカが彼女を見、彼女の視線を辿る。
そこには、段々光の粒子となって消えていっている炎の壁があった。火力もかなり弱まってきている。
「……もう、正体を隠す必要が無い、という事? まさか……《堕天使》が現れたのは20時47分、まだ戦闘開始から五分も経ってないのよ」
元の口調に戻ったミーナの声は震えていた。
例え創造術師が百人いてもその中に《暦星座》がいても、五分で《堕天使》を倒すなんて絶対に無理だ。
しかも、今回は上位個体+下位個体。一人で、しかも五分――いや、ミーナ達の目に触れない為に戦場から離れる時間を考えれば、それ以下の時間で《堕天使》を殲滅した事になる。
「人間じゃ、無いわ……」
神の贈り物たる創造術を使える創造術師は人間なのか。ミーナは偶にその事に疑問を持つ。しかし、創造術師も人間だと思ってきた。創造術は神から人間が受け取った技術。そう、認識していたから。
しかし――
NLFのエースとは、本当に人間なのか?
もしかしたら。
もしかしたら、NLFのエースは――
ミーナは頭を振って、馬鹿馬鹿しい考えを意識から追い出した。
ふんわりとした金髪が揺れたのを見て疑問に思ったのだろう、ルイサが消えていく炎の壁を見ながら訊いてきた。
「ミーナ? どうかしたのか?」
「……いえ、何でもないわ」
世界の脅威、《堕天使》と一人で戦う。
それくらいなら、かなりの無茶だが、全力の全力になれば《暦星座》だって出来るかもしれない。
実際、レゼル・ソレイユの姉――《白銀の創造術師》レミル・ソレイユは、単独で《堕天使》を倒した記録を持っている。
だが、最強と言われた彼女にしたって、とても五分では倒せないだろう。その記録でも、確か30分以上は掛かっていたはずだ。
「……考えるのは、止めましょう」
ミーナのその言葉は、ルイサやマズルカに、というより、自分に言い聞かせるものだった。
「……そうだな」
「……そうですね」
しかし、それが分かっていても、二人は炎の消えた戦場を見ながら、そう返した。
荒廃した大地の上には、何も無かった。
人影も、《堕天使》も、無い。
ただ、地面が抉れた、戦闘の痕だけが残っていた。
本当に倒したのだ、NLFのエースは。世界の脅威を。――恐らく、本当に一人で。
まさに炎の地獄とも思える光景が溶けるように消え、彼女達は一様にある感情を抱いていた。
――「畏れ」だ。
他の創造術師から、自分も畏れられる事がある彼女達だが、そんな事は棚の上に上げていた。
彼女達は、司令室や創造術師の控え室のある作戦本部から抜け出した直後、体長五十メートルはあろうかという、間違いなく上位個体だろう《堕天使》の姿を見ている。
その下にいる筈の人間の姿を求め、彼女達は戦場に入り込んだ。しかし、視力を強化してやっとその人間が見える、という場所にまで来た時には、既に戦場は炎の地獄と化していた。
馬鹿でかい《堕天使》をすっぽりと覆い、姿を隠してしまう程の広域創造。
「……収穫は無し、か。こんな事なら学院でセレンと遊んでいたかったな」
「黙れ同性愛者」
ミーナが少し苛ついた声でルイサの言葉を一蹴する。
「……帰りましょうか。私達がNLFの意向を無視して戦場に入り込んだ事が知られないようにしなければなりません」
マズルカの沈んだ声に、ミーナもルイサものろのろと頷いた。
◆
彼女達は、気付いていなかった。
自分達の行動がNLFにとっくに知られている事を。
知られていたから、〔火焔地獄〕は創造されたのだという事を。
そして、何より。
NLFのエース、コードネーム「ブラッディ」は、ルチアや榎倉との会話プラス戦場からの離脱時間の事もあって――
――《堕天使》との実質の戦闘時間は、一分にも満たなかったという事を。
◆
時間が少しだけ巻き戻る。
空調の効いた暖かい女子寮の自室で、一人の少女が窓の外を眺めていた。
外は暗い。だが、それは何時になっても変わらない事だ。今は時間的に「夜」だが、時計の針が「朝」と言われる時間を指しても、外は暗く、夜空で星と月は輝き続ける。
しかし、今のその暗さは何時もと違っていた。
窓の外。
遠く離れた、リレイズの街・北側戦闘区域の《堕天使》迎撃区域が見える。
創造術師達が《堕天使》と戦う為の広大な荒れ地。――戦場が、見える。
創造学院の寮から少女が見詰めるその場所で、真っ赤な炎が燃え上がっていた。
その高さは六階建ての学院の本校舎よりあるだろう。まるで壁のように炎は戦場の空間を引き裂き、リレイズの街を淡く照らしていた。
「あれは……」
窓の鍵に震える手を掛けながら、少女は掠れた声で呟いた。
北側戦闘区域で現在戦っていて、あんな凄い広域創造が出来る人物。
深く考えなくても、それは一人しかいなかった。
「……ブラッディ様」
それは、憧れている創造術師の名前――いや、とある組織においてのコードネーム。
本当の名前も、素顔も、何もしらないけれど、少女にとってNLFのエースは尊敬する人で憧れだった。
そんな人がこのリレイズの街に来ている。本当は、外出規制など無視して学院を飛び出し、戦闘区域にこっそり入り込みたかった。そんな事が自分に出来るとは残念ながら思わないけれど、もしかしたら、という事もある。試すだけ、試してみたかった。しかし、外出が規制――いや禁止されれば何も出来ない。
窓からこうして憧れの人の創造術が見れただけで運が良いと思うべきだった。実際、他の生徒達はそう思っているだろう。
しかし、少女は、気付いてしまった。
少し、彼女の話をしよう。
彼女は昔から誰とでも仲良くなれる少女だった。しっかりした性格で誰とも分け隔て無く接していた事もあるかもしれないが、彼女が気遣いの上手い少女だという要因もあっただろう。
基本的に、優しかったのだ、彼女は。誰にでも受け入れられる優しさを持っていた。
それは自分の良い所だと少女も自負していた。しかし、彼女は周りの人を気遣い過ぎてしまう事で自分が疲れてしまう事が間々あった。それは、マイナスに感じていた。
少女の気遣いはお節介とかありがた迷惑まではいかなくて、周りから見れば十分「優しい」の範囲だったが、気遣いの上手い彼女は、人の顔色を窺ってしまう事が多かった。
だから彼女は、観察眼がある――というのだろうか、雰囲気というものに鋭かった。
それは、彼女の創造術の分野にも影響を与えた。
北側戦闘区域の戦場に広がる炎の壁。
圧倒的で美しく、何より目が吸い込まれるような迫力のある「創造物」。
似ている。いや、似ているどころか、一致する。
彼の「創造物」と、戦場の「創造物」の、雰囲気が。
「まさか……NLFのエース、ブラッディ様は……」
どうしようどうしようどうしよう。
辿り着いてしまったかもしれない。確証なんて何一つ無いけれど。
――「彼」の、正体に。
彼女、ではなく、彼。
そういえば「彼」は、今日の夕食の時間、寮食堂に来なかった。クラスメイトの男の子は、「腹壊したらしい」なんて言っていたけれど。
どうしよう。
「もし、私の推測が合っていたとしたら……私は、彼女の応援、出来なくなるかもしれない」
ゆっくりと窓の鍵を外す。
開いた窓から、冬の冷たい空気が雪崩れ込んできた。
[第一章 創造祭編・第一部「編入生」 終結]




