#019 紅
〔火焔地獄〕。
レゼルが大地の下に送り込んだ融合体は、巨大な火柱となって《堕天使》を取り囲んだ。
大地の下で創造したマグマが、サークル状に噴火して壁になり、戦場を灼熱の地獄と化す。
勿論、そんな場所の中心に人間が居られる訳はないのだが、レゼルは涼しい顔をしていた。
構築したマグマの熱が自分の身体に届く前に、その熱を消失させているのだ。
しかし、言葉では簡単に聞こえても、その技術は驚嘆すべきものだ。まず、現存する創造術師達の誰も、そんな事は出来ないのだから。
例えば、掌の上に炎を創造するとする。それでモノを燃やすと、当然出てくるものがある。炭素と酸素が燃焼によって化合した二酸化炭素だ。そうして放出された二酸化炭素は厳密には創造術によって生み出されたモノ――「創造物」ではない。炎は「創造物」だが、それで物を燃やした結果発生した二酸化炭素は、創造術師が構築したものではないと定義される。だから、創造物ではない二酸化炭素を創造術師が消失させる事など普通は出来ない。消失とは、創造物の元となった融合体内の星光とエナジーを引き離すことで創造物を消滅させる技術だからだ。
そして、マグマを創造した結果発生した熱も、その二酸化炭素と同じように「創造物」ではない。それを消失させる事なんて、どう考えても無理なのだ。
だが。
レゼルは、それをしていた。彼にはそれが、奇跡とも言って良い技が、出来た。
これも言葉にしてみれば簡単なことだ。
レゼル・ソレイユが創造術師として優れている点と言えば、それは第一に融合体の操作技術が飛び抜けている事だった。それは努力に裏打ちされた技量であり、天賦の才だとも言える。
エナジーとは違って、星の光と同調させた融合体は操作が難しくなってくる。
融合体を体外に放出して創造武器を創り手に握る、という『物』の創造は、自分からゼロ距離の創造で、融合体の操作はあまり難度の高くない創造と言える(距離だけを考えた場合)。だが、〔火焔地獄〕は《堕天使》を囲む為に自分から三十メートルは離れた創造、しかもサークル状という広域創造。融合体の操作難度は最高値に近い。学生創造術師でしかも本来、創造術が使えない筈の少年がそれを創造したなど、普通に考えれば有り得ない事だった。
そこから、少年――レゼル・ソレイユの圧倒的な融合体操作技術の高さが窺える。
彼は今、その技量を存分に奮い、発生した熱に融合体を注ぎ込んでいる。熱、という曖昧で実体のないものに融合体を注ぎ込むという事はどれ程の難度なのか。それを訊かれれば、大半の創造術師は震え上がってしまうだろう。
ともかく、彼は熱に融合体を注ぎ込み、その瞬間、炎から発生した熱諸共、消失させているのである。注ぎ込んだ融合体を消失する過程で無理矢理熱も消してしまっているのだ。
しかも、熱は「一つ」という枠組みに囚われない。今、レゼルがやっている熱消失は、「広域創造&多重創造」ならぬ、大規模な「広域消失&多重消失」だった。
更に、この壁がある限り外からレゼルの姿を見る事は出来ない。例え、世界の十二強とも言われる《暦星座》であろうとも。
火焔の壁は《堕天使》にも有効だ。熱をモロに受けた蟷螂は、苦しそうに咆哮を上げている。
「熱に弱いのか……」
言葉に出して確認して、レゼルは予定を変更する事にした。
最初は取り敢えず力押しで行こうと思っていたのだが、あの硬そうな体表を貫くのはそれなりに骨が折れそうだし、そうと分かれば熱に弱いという弱点を利用しない訳にはいかない。
炎の壁に急速に消費されていく空気中の酸素の代わりに自分の肺の中に酸素を創造し、身体に有害な煙内の一酸化炭素や二酸化炭素も熱消失のように消し去りながら、レゼルはそう考えた。
蟷螂が唾液塊を飛ばしてくる。それを避ける為に跳躍。唾液塊もやろうと思えば融合体を送り込んで消失してしまえるのだが、熱消失を並行して行っている今は素直に避けた方が賢明だ。
まるで重力の鎖から解き放たれたように空中を舞うレゼルは、放物線の頂点で既に武器を抱えていた。
それは、レゼルの身長を超す大きさを持つ、巨大な機関銃。いや、機関銃というには口径が大き過ぎる。差し詰め、機関砲といった所か。それも、円筒型に束ねた多数の銃身を回転させながら次々と弾丸を発射する仕組みの機関砲――ガトリング砲だった。
熱に弱いなら、火力で勝負。つまりは、そういう事だった。
対《堕天使》用の創造武器――ガトリング機関砲〔滅光〕が火を噴いた。
対人用創造武器である〔闇夜〕、〔霞刀〕、〔光剣〕などとは比べ物にならない大きさを持つ漆黒のガトリング砲は、レゼルが創造して装填した弾丸を止まる事なく射出していく。
ドドドドドドドドドドドドドッ!! と。
怒濤のような轟音が、戦場を、世界を震わせる。
空中に留まる身体の周りには密度の高い空気の層を形成。勿論これも、創造術によるもの。
これにより、発射の衝撃で身体が後ろに吹っ飛ばされる事もなければ、轟音に耳がやられる事もない。高密度の空気がレゼルの身体を受け止め、音は空気を震わせて伝わるから今のレゼルの周囲の空気は密度が高過ぎて震えない為、音が伝わらない。
毎分10000発以上という弾丸が《堕天使》の硬い体表を貫き蜂の巣にしていく。
幾ら何でも無理のある射出スピードが〔滅光〕の銃身をギチギチと軋ませる。だが、創造武器は使い捨てだ。耐えられなくなっても、再度創れば良い。ただ、構築を最初からやり直すのにはそれなりの労力が必要だが。
レゼルの創造武器の強度はトップクラス。少しくらいの無茶は平然と受け止めてくれる。
ガトリング砲の銃身の回転は止まらない。弾丸を創造し続け、銃身には融合体を供給し続ける。
再装填動作が無いのは創造銃器の一番のメリットだろう。まぁ、弾丸を創造する為には当然だが生命力を消費するので、今のレゼルのように連発しまくるとかなり危険な状態になる。彼のようにエナジーの量に恵まれた創造術師でなければ、とてもガトリング砲を創造しようとは思わないものだ。
眼球や腹、羽に穴を空けられながら、蟷螂は悲鳴のような苦鳴のような咆哮を上げた。
前足の鎌を物凄い速さで横薙ぎに振ってくる。その鎌の攻撃線上にはレゼルの脇腹があった。
だが。
彼の身体が呆気なく二等分される事はなかった。
その前に、二つの鎌は落下を始めていた。
右腕でホールドするように抱えていたガトリング砲〔滅光〕を消失させたレゼルは、巨大な双剣で前足の付け根を貫いていた。
赤く、紅く、朱く、緋い、両刃の双剣。
対《堕天使》用の創造武器――双剣〔灼光〕が、無慈悲に《堕天使》の躰まで届いていた。
長さが二十メートルはある刃を両手に握り、高密度空気層を消失させたレゼルは、音も立てず地面に着地した。
ドォォォン、という地響きと共に鎌も地面に着地し、砂を巻き上げる。その上空では前足を失った《堕天使》が六枚の羽を激しく震わせている。
ギィィヤァァァ! と甲高く鳴く蟷螂は、穴を大量に空けた眼球でレゼルを捉え――
一閃が、奔る。
銀髪碧眼の少年は、左手に握っていた紅く輝く巨剣を消し、右手の剣で《堕天使》の躰を真っ二つに割った。
羽を殆ど使い物にならなくさせられていた為、《堕天使》の飛行高度が低くなり、空中から攻撃する必要が無くなったのだった。
本来、〔灼光〕は双剣として使用する対《堕天使》用創造武器だが、勿論片方だけでも使える。
ズズッ、と蟷螂の躰がずれる。左下から右上に剣を振り上げた証に、斜めに切れた躰の下部が、地面に落下した。直後、羽の動きを停止した上部も落ちる。
何故、長さ二十メートルの〔灼光〕で全長五十メートルの蟷螂型《堕天使》を真っ二つに出来たかと言えば、それは剣の長さを増長したからである。
物理的には何も無い所からあらゆるものを創造する創造術師だ。剣の長さを増長する事が出来なければおかしい。
だから今、〔灼光〕は六十メートル近い長さを誇っている。
ガトリング砲の〔滅光〕にしても巨剣の〔灼光〕にしても、人間の力ではとても持ち上げられるものではないが、創造術師には関係ない。筋力を創造してしまえば良いのだから。というより、『能力創造』がある程度出来なければ、《堕天使》とは戦えない。
前足の二本と躰を切断された《堕天使》は、断末魔の悲鳴を上げる事も無いまま、その体躯を光の塵に変えた。まるで、創造物を消失させる時のように。
砂を含んだ風が、幾つかの光の塵を運び、〔火焔地獄〕の火壁に当たって儚く消える。
『ブラッディ君、《堕天使》は二匹いる筈です』
右耳の通信機から榎倉の冷静な声が届いた。
「分かってます」
素っ気なく答え、レゼルは〔灼光〕の長さを十五メートル程に変えた。
蟷螂型《堕天使》は間違いなく上位個体。だが、最初から姿を現していない下位個体の方が、厄介な能力を持っていたらしい。
夜空を見据える。
光を身体に――エナジー脈に取り込み、全身に融合体を行き渡らせる。
ザッ!
大きく踏み込んだ左足が、砂と擦り合って音を立てる。
右腕を振りかぶり、握っていた紅い巨剣を投擲した。
夜空をバックに一直線に飛んでいった剣は、ステルス性能を持っていたらしい下位個体の《堕天使》を、易々と貫いた。
『お疲れ様だね? ブラッディ君?』
相変わらず疑問符をくっ付けた口調で、ルチアが労いの言葉を掛けてきた。
巨剣に貫かれた、蟷螂型と比べれば明らかに小さい蜂に似た《堕天使》は、儚く散っていく。
〔灼光〕も消え、レゼルは〔火焔地獄〕に融合体を供給するのを止めた。
『ブラッディ君、早くそこから離れて下さいね。〔火焔地獄〕が消えてしまって姿を見られる前に』
創造物は融合体の供給を止めても少しの間は消えない。
前述の通り、消失というのは、創造術師が創造物の元となる融合体の二つの成分――星の光とエナジーを引き剥がす事で意識的・瞬間的に消す行為を言う。だから、融合体の供給が止んでも創造物内の融合体が使い果されるまでの時間はその場に残り続ける。
因みに、何故榎倉がレゼルが〔火焔地獄〕を使っている事を知っていたのかと言うと、超能力――などではなく、通信機が小型のカメラを搭載しているからだ。
「分かってますよ、榎倉さん。それに、セレンが待ってますから」
そう答えて小型カメラ付き通信機を消失させ、レゼルは強化した身体能力を使って戦場からの離脱を開始した。
◆
『――それに、セレンが待ってますから』
創造した通信機から聞こえてきた少年の言葉に、ルチアーヌ・セヴェリウムは唇を尖らせた。
何か、何でも良いから彼と話をしようと思ったのに、通信機からはブツッという無骨な音。
「あっ……」
思わず漏れる声。
『ルチアーヌさん? どうしました?』
「何でもない!」
何時もの口調を止めて榎倉に怒鳴り、ルチアは通信機を消失させた。
「昨日――いや、今日だけど――は、《融合結晶》の事とかレー君の任務とかがあってあまり楽しく話せなかったし……」
はぁ、と溜め息を吐く。
「鈍感にも程があるよ、この鈍感男……」
リレイズの街の一画にある宿屋の一室で、恋する女性の沈鬱な声が響いた。




