#012 学院長と執事
リレイズ創造術師育成学院の学院長であり、創造術師の頂点に立つ十二人の《暦星座》の一人、ミーナ・リレイズは、少しだけ苛立っていた。
ロナウド・コバード――コバード家の長男――が《融合結晶》を使用しているのを彼女が勘付いたのは三日前の事。
創造学院は、現在世界的に必須な創造術師を育成する為の場所。
学院に所属する学生創造術師は、当たり前の事だが、《融合結晶》になど頼ってはならない。その行為は、テストをカンニングに頼って解くようなものである。
その事から、石屋が学生創造術師に《融合結晶》を売る事は違法行為と定められている。今、この世界は、創造術師が何人いても多過ぎるという事の無い状況にある。だから創造術師を育成する創造学院の生徒が《融合結晶》などに頼って弱くなってしまうなど言語道断なのだ。
だから、ミーナは気まぐれに足を運んだ第二実技棟でロナウド・コバードが《融合結晶》を使用していると分かった時、思わず頭を抱えたくなった。主に、自分の学院長としての自覚の無さと不甲斐なさに。
これでも彼女は十年以上学院長の座を勤めているのだが。いや、だからこそ余裕と油断が出てきてしまったのだ。
どうして《融合結晶》をロナウドが使っている事をミーナが分かったかと言うと、《融合結晶》にあるのはメリットばかりでは無いからだ。
まず高価だという事が挙げられるが、それの他にも、必ず創造光が発生してしまうというデメリットがある。
結晶に凝縮・凝固した融合体が《融合結晶》だ。そして、その融合体は創造術師のものでも自分のものでも無い。従って《融合結晶》の融合体を使用者が操るのはどうやったって無理な話で、結果、創造光を抑える無光創造は出来ない。
実技棟で彼の創造術をしっかりと見て、その時に発された光が《融合結晶》のものだと気付いたのである。これは誰にでも出来る事ではなく、彼女が優秀、加えて視力を創造術で強化していたから分かった事だ。
四年生の中でも実技に関して成績優秀者の部類に入るロナウド・コバードが無光創造を出来ない事はかなり前から疑問に思ってはいたが、真剣に考える事はしなかった。言い訳を言わせてもらうと、他の業務で忙しくてそれどころじゃ無かったからだ。
しかし、それは本当に言い訳にしかならない。
ミーナはロナウド・コバードに対し、もう一つ疑問を抱いていたのだから。
四年になると、殆どの生徒が自分の《星庭》を持つ。プロの創造術師の一歩手前という場所にいるのだからそれも当たり前だ。
だが、それなのにロナウド・コバードは自分の《星庭》を持っていなかった。今は冬、後四ヶ月もすれば卒業と同時、正規創造術師の資格を取る為の試験があるというのに、だ。
おかしい、と思って調査をするのが普通だった。だというのに、ロナウド・コバードが《融合結晶》を使っていると気付いたのは偶然だった。
「本当、学院長失格だなぁ……」
一部の者しか存在する事を知らない寮の地下、学院長の為だけの書斎で、ミーナは深い溜め息を吐いた。
全体的にレトロな雰囲気のある部屋で、壁に掛かる振り子時計は二時少し前を示している。ちょうど編入生の少年とその連れの少女が学院の高壁を越えている頃だったが、そんな事をミーナは知らない。
マホガニーの机の上の書類から目を外し、革張りの椅子の背凭れに身体を預ける。
創造術の『能力創造』と同一のやり方で眠気をシャットアウトしているものの、彼女は学院長の仕事以外にもある諸々のあれやこれやで昨日も一昨日もその前の晩も徹夜している。眠気は無くても、創造術を使っている疲労と寝たいという欲求は抑えられない。
ロナウド・コバードの事は後悔して反省もした。
彼女が今、苛立っているのは早く寝たいからだった。
ぼんやりと天井を見詰めていると、書斎の扉が二回ノックされた。
「どうぞ」
ミーナは姿勢を正して声を掛けた。
「失礼します」
ハキハキとした口調で言いながら入ってきたのは、分かっていた事だがスーツ姿の青年だった。
青年は机の前まで歩み寄ると、まるで執事のように恭しく一礼した。いや、彼は正真正銘、リレイズ家に仕える本物の執事だった。
切れ長の瞳でミーナを見詰め、青年は口を開く。
「奥様、ロナウド・コバードの身からも部屋からも《融合結晶》は発見出来ませんでした」
「なんですって?」
思わず、ミーナの猫被りの口調が剥がれた。
青年の言葉を信じたから、だ。
彼はリレイズ家が学院に潜り込ませた、リレイズ家に仕える執事であり一人の教師だ。そして、ミーナの腹心でもある。
ジェイク・ギーヅ。
幼い頃から隣にいた彼の言葉を、ミーナは信用している。信用出来る。
「どういう事? ロナウドは確かに《融合結晶》を所持しているはずよ」
しかし、信用出来ても、声に責めるような響きが混じってしまうのは止められなかった。
「しかし奥様、《融合結晶》は見付かりませんでしたが……」
ジェイクの顔に狼狽が浮かぶ。
因みに、奥様、と呼ばせるのは学院ではこの地下書斎だけだ。何時もは彼も普通に、学院長、と呼ばせる。
「……はぁ……」
ミーナは再び天井を仰いだ。ジェイクのせいでは無いと分かっていたが、八つ当たりっぽい溜め息が口から漏れた。
「……やられたわ」
「はい?」
「やられたって言ったのよ。石屋に証拠品である《融合結晶》を回収されたんだわ。これで、ロナウドに《融合結晶》を売った奴は分からなくなってしまった」
「……」
ジェイクが黙り込む。
ミーナも黙りを決め込みたい気分だった。
「違法者を逃がすなんて、屈辱だわ。くそ、どうやって《融合結晶》を回収したのよ? 学院の中に侵入るなんてそうそう出来る訳が無いのに」
今以上にセキュリティの厳重さを引き上げるとなると腰が折れそうだ。
学院のセキュリティは最新技術を使用している。その為、打つ手は警備員を増やすくらいしか無いのだが、人が関わる以上、色々な書類とか人件費とかが面倒なのだ。はっきり言うと、もう仕事を増やさないで欲しい。
「……奥様」
「何よ?」
ミーナの不機嫌極まりない声にたじろいだジェイクだが、それは一瞬の事だった。
「僭越ながら発言させて頂きます。……ロナウド・コバードが《融合結晶》を使用しているとお気付きになられたのは三日前でしたよね?」
「そうだけど、何?」
「何故、もっと早く手を打たなかったのですか?」
「……それは」
ミーナが苦虫を噛み潰したような顔をして口籠もった。
「それは、何ですか?」
静かに、話の先を促す教師兼リレイズの執事。
「……証拠品を掴む為よ。ロナウドに《融合結晶》の事を詰問してもはぐらかされるだけだもの。プライバシーっていうものを私も一応弁えてるからね、部屋を漁ったりは出来なかった訳。で、考えたのよ」
「……何をですか?」
「ロナウドに創造術を大勢の前で使わせて、その創造光が《融合結晶》によるものだとばらすの。そうしたら、優秀な生徒が確かめようとするでしょう? ロナウドは後に退けなくなって創造術を行使。そして皆にばれて抗弁も出来ないまま、速やかに退学。という素晴らしい計画だったのよ」
「……彼がその時《融合結晶》を使わなかったら?」
「それは無理よ。彼は《融合結晶》のお陰とはいえ、一応成績優秀者に入っているんだもの。急に創造術が上手くいかなくなったら、それこそ《融合結晶》使用の線を疑われるわ」
「成程」
ジェイクが感心したような、少し呆れているような声を出した。
「それにね、《融合結晶》を使わなければ恥をかく状況に追い込んだもの」
「え?」
「まぁ、彼がレゼル君と対立していて、実技試験の相手になってくれたのは偶然だったんだけどね」
「《融合結晶》を使わなければ恥をかく……」
「ええ、かくでしょうね。思いっきり」
「レゼル・ソレイユは、《融合結晶》を使わなければ勝てない相手だったと分かっていたのですか? いくらロナウドが弱かったとはいえ、彼は四年ですよ?」
ジェイクは訝し気に眉を顰める。
「分かっていたわよ。あぁ、ギーヅは実技試験を見てないんだったわね。結果として、ロナウドを気絶させたのはレゼル君よ」
「……編入生が、四年を倒したのですか? てっきり、ロナウドは拘束する為に奥様が気絶させたのだとばかり」
「いいえ、レゼル君よ。実技試験でね」
「……レゼル・ソレイユは、強いのですか? 創造術の使える《雲》だと聞きましたが?」
ジェイクの張り詰めた質問にミーナは答えなかった。
――当然。なんたってあの《白銀》の弟だもの。
口の中だけで転がした言葉は、腹心の青年には聞こえなかった。
「だけどレゼル君ったら、ロナウドに創造術を使わせる前にあっさり倒しちゃうんだもの。私の素晴らしい計画は破綻して、結局、プライバシーなんかそっちのけで部屋漁りを敢行した訳」
「それを私にさせた訳ですね」
ジェイクの声音は嫌味っぽくなっていた。
時々「コイツは私の執事っていう自覚があるのかしら?」とミーナは思う。
「だから最初から、今日の編入試験でロナウドの事は終わらせるつもりだったのよ」
「……彼と編入生が実技試験で対峙する事になったのは殆ど偶然ではなかったのですか? それに、やろうとすれば三日前、それこそ《融合結晶》の事に気付いた時、打つ手は幾らでもあった筈では?」
「……それは」
再び、ミーナが口籠もる。
だが、彼女は子供っぽい仕草でジェイクからふいっと目を逸らすと、小さな声で言った。
「仕方ないでしょ。私は昨日も一昨日もその前も徹夜だったのよ。忙しかったの」
「ロナウドの《融合結晶》の件を三日も後回しにしたのはそれが本当の理由ですね」
「……」
図星だった。
何故かは分からないが彼相手だと黙ってしまったり口籠もってしまう事が多い。
腹心としてある程度は心を許しているからだろうか。自分は口先で人を誤魔化すのが得意だとミーナは自負しているのだが。
「……まぁ、いいです。ロナウド・コバードはどうします?」
「強制退学。表側の理由は……自主退学にでもしとけばいいでしょ」
短い、即答。
「畏まりました。では、彼や彼の親族には私の方から伝えておきます」
「宜しく。悪いわね、コバード家の相手なんかさせちゃって」
「いえ、どうという事もありません。……では」
ジェイクは深く一礼して、書斎を出ていった。
しん、と静まった空間に振り子時計の音だけが響く。
ミーナは顔だけで振り返って背後の窓の外を見た。
冬の澄んだ夜空に輝く無数の星達。
だが、月はまだ、雲に隠れたままだった。




