肉汁、担任、必殺技
しばらく放ったらかしになっていた三題噺を再開してみました。
売られた喧嘩は買う。それが俺の信条だ。
いつからそんなもの背負うようになったかなんて忘れた。そんなの覚えていて何いになる?
そんなだから授業自体はつまらない学校でも退屈はしない。周りには腕っぷしに自信のあるような連中が掃いて捨てる程居る。いいね、青春だね。
そういう事情だから今日も今日とて階段踊り場。サムワン海王みたいな顔した奴がつっかかってきた。
いつものことだ。どちらかがやりたいときにやる。シンプルでいい。
俺レベルになると勝つのは当然で、それよりもどうやってかっこよく決めるかという事に関心が傾く。大衆にこいつの恥ずかしい姿を見せつけてやりたかったのだが残念な事に今は授業中だ。
やりたい時にやるというのはもちろんこういう事だ。そもそも俺は授業を受けない。
サムワン海王に似た相手が二言三言何か喋っている。
こんな野暮な言葉には一切耳を貸さない。俺たちが目を合わせりゃ交わすのは言葉ではない。拳だ。
そんな奴の返事に俺はファイティングポーズで答えた。
いきなり腹にストレートをもらった。
これに気をよくしたのか奴は距離を詰めてきた。
二発三発……と滅多打ち。
時折俺も反撃はするが有効だは出ない。ほとんどかわされる。
そんな事を考えている間も奴は攻撃の手を止めることはない。まあそれは当然の事だろう。
ただ止めないのなら右手以外にも攻撃手段はあるだろうにとは思う。
せっかく顔がサムワン海王に似ているのだから足とかも使えばいいのに。
顔、胸、肩、腹。どこを狙うというわけではなく、ただただ、本当に滅多打ちという有様。
殴られた衝撃で口の中を噛んだ。
やはり俺のパンチは当たらない。
パンチが当たらない以上に口の中を噛んだことが腹立たしい。
無用の痛みを味わわさせられるわけだが何せ加害者が他ならぬ自分なので報復のしようがない。まして他人に当たるなどと著しく俺のポリシーを逸脱する。
噛むのが不可避なら噛んでも大丈夫なようにするまでなのだが、口の中までは鍛えることができない。これは酷く歯痒い。
ん?
気が付くと気持ち奴のペースも威力も落ちてきた。
人を何発も何発もぶんなぐるってのは割とスタミナ食うんだよな。
何だってそんな顔してんだ。お前のパンチぐらいでぶっ倒れる俺じゃねえよ。
何か戦意喪失してねえかこいつ? まあそろそろ潮時か。すぐ終わらせてやんよ。
人生という道を行く中で、俺には幾らかのポリシーってもんがある。
人に八つ当たりしないってのがそうだ。
それで、こと喧嘩に関しても大事なのがある。
相手の攻撃は避けない。
その程度に自分の体は鍛えているつもりだ。鍛えようのない所は気合で何とかする。口の中は例外な。
刃物や銃火器が相手だとちょっと考える必要も出てくるだろうけど、今までそんな奴らとやったことはない。何というか、世界が違うのだろう。
さっきまで威勢がよかったはずなんだけどな。だからそんな顔するなよ。
退屈しないとは言ったけどこんなんばっかだと流石に飽きも来るだろう。
ここからは俺のターンだ。
といっても一発で十分だ。俺の持つ最強の技。これを食らって立っていた奴は一人としていない。
先ほど遊びで反撃もしたがもちろん外すつもりで打った。もし当たっていたら最終奥義に傷がついてしまう。
ワンターンキルこそ男のロマン、かっこよさの究極だろう。
食らえ、破壊の極意二重のk……
「くぉるぁアアアアアーーーーーーーー何しとんじゃいいいいいいいいッ!!!!!!!」
クソッ! 最悪のタイミングだ。授業放ったらかしてんじゃねえよ。
しかもよりによって担任かよ。
俺が言っても説得力はないがあいつはバカだ。バカすぎて職員室内でも随分と浮いているらしい。
バカではあるが悪い奴ではない。散々迷惑かけた俺が言うんだ。説得力もそれなりにはあるだろう。
俺は大人しく一子相伝究極殺人術バニシュデスをお見舞いしてやることをやめた。
担任の仲裁にはそれほどでもなかったのだが、喧嘩が終わって事に胸を撫で下ろしているサムワン海王似の奴には言い知れぬ怒りを覚えたね。自分からふっかけておいてそれかよって。
しかし止められた以上殴ったりはできない。そこで奴にメンチを切って強く念じた。
オッケー、終了。
去り際に言ってやったよ。
「お前はもう、死んでいる」
ってな。
翌日。
いつものように登校すると全校集会が開かれるとのことだった。学校に着くや否や俺は保健室に向かった。もちろんそんなものに俺は参加しない。
しかしどうやら昨日の効果がさっそく出たようだった。
特等席、窓際のベッドに寝転がる。朝食に食べた肉まんで火傷した口の中がまだ痛い。これは実に腹立たしい。
電子レンジで温めたのがいけなかった。外側が適温だとあなどって大口で噛みついたら沸騰寸前もさもありなんという程にに熱せられた肉汁に口中に蹂躙の限りを尽くされた。
口内の火傷に効く薬なんてのはないのだろうか。保健室の先生は不在だ。よくある不良漫画に出てくるような肝の据わったおばちゃんあるいはお姉さんというわけではなく、俺が通い詰めているうちにいつの間にか保健室どころか学校に来なくなった。
こんな何でもない時期に開かれる全校集会といえば生徒の不祥事と相場が決まっている。
この時代加害者――特に未成年――の人権は手厚く保障されている。集会で具に罪状を述べるような晒し行為はなかっただろうが既にニュースにもなっている。
昨日俺と喧嘩したサムワン海王似の男がわいせつ物公然陳列罪で逮捕されたのだ。
何を言っているかわからないかもしれないが奴がそうするように仕向けたのは俺だ。
メカニズムに関しては一切が謎なのだが、とにかく、いつの頃からか相手を睨んでそう念じると公衆の面前に臨んだ時に勝手にズボンとパンツがずり落ちるという謎の力が身についた。
食らった相手は――社会的に――死ぬ。
これは俺の持つ数ある中でもかなりショボい必殺技だ。
こんなクソみたいな話でたかだか2~3000文字打つのに3時間かかるという効率の悪さはどうにかならないのだろうか。