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幻影  作者: 水島 佳頼
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第十四話 シークレット・ガーデン

 僕は最高権力者の権力を継いで、この研究所を統率する立場になった。

 建て直した研究所は、外装が辺りの高層ビルと殆ど変わらないようなつくりになっている。そして、最上階に第二研究所と同じ部屋を作ってそこを僕の部屋にした。

 中庭はレンティーノの要望でそのまま残すことにして、最上階に一〇六八号室と一〇二〇号室をうつした。

 ハビの部屋のドアには、会議室なんて書いてある。

 僕やマーティンやレンティーノの部屋はそれぞれ特徴的すぎるので、一番質素で余分な物があまりないハビの部屋が会議室になった。

 確かに僕やマーティンの部屋はそれぞれ違った方向に特徴的だと思う。

 具体的にいえば、マーティンの部屋にはいかがわしいポスターがいっぱい貼ってあるし、僕の部屋には芸術品がいっぱいあるから。

 何でレンティーノの部屋まで除外されるんだろうと思って彼の部屋に遊びに行ってみると、その部屋には大きな本棚がたくさんあった。そうか、これじゃちょっと四人でくつろぐには狭いかもしれない。


 表向きは製薬会社の社長として、僕は一躍有名になった。

 十六歳で社長。裏の顔は倫理観をぶっ飛ばしたとんでもない研究のプロジェクトリーダー。僕の人生は一体どこから狂い始めたのだろう。

 恐らく、生まれた時からこうなることが決まっていたんじゃないかと思う。あの父親の息子として生まれたということ自体が、僕の人生を狂わせた。

 良いも悪いもない。僕はただ、やるべきことをするだけ。

 僕は日々研究に明け暮れた。資料室に通い、部屋中の本やレポートを片っ端から読みふけった。読むのは爆破の後復元したフェイロンの部屋のデータが主だ。酷い日になると、僕は資料の上に突っ伏して資料室で眠ってしまうこともあった。

 全てはリィのため。

 フェイロンに反発する気持ちを示すためっていうのも、少しはあるかもしれない。

 彼の部下たちを乗っ取って研究所にタダ乗りしたのが悪いことだったと、僕は理解している。理解して実行したことに後悔はないけれど、僕は僕なりに責任者としてのつとめを果たしているんだ。泣かれても困るよ、と言ってあげたい。

 僕は自分の手で、リィをよみがえらせる。人手が必要な作業以外は、自分で実験したり研究したりする。

 全て、僕がやらなきゃ。


 調べた情報により、僕はひとつのことを理解した。

 それは完全に死んだ人間を蘇生させるには死滅した細胞、特に脳細胞の働きを復活させなきゃならないということ。

 せめてミンの最初の死因とそのデータが出てくればもう少し楽になるのにと思いつつ書棚を探していたら、人工魔力の研究レポートが出てきた。ちらりとマーティンの顔が浮かんでくる。

 レポートを読むと、細胞に人為的な突然変異を起こさせると人工魔力が身につくということがわかった。その構造について詳しく書かれていたので、僕は魔力が何であるのかをあらかた知ることが出来た。

 人間流の不完全な魔力がタイプAで、エルフ型の魔力がタイプBとされている。そして、エルフと人間の混合型がタイプC。

 ……ちょっとまって、エルフって何?

 僕はエルフを調べることにして、また違ったレポートを漁る。人工魔力の研究についてのレポートがあった棚に、エルフについてまとめたレポートもあった。

 添付された写真に写っていたのは十代の女の子だったけれど、目が銀色をしていて耳が異様に尖っていた。

 これが、エルフ。いるはずないと思われている、異種族。エルフの説明にはこんなことが書いてあった。

「体内の血を魔力に換えて強力な魔法を使い、その魔力で地球上にある全ての言語を解する種族。知能指数が高く、運動能力も異常に高い。特徴は、銀色の瞳ととがった耳。生息している場所によって髪の色や肌の色に違った傾向がみられる。体内の構造は一般の人間と全く同じであり、耳と目さえ隠せば人間となんら変わりのない姿をしている。通常は写真にも映らないが、一部人間化する魔法を用いることで添付資料を撮影した」

 僕は最初はこんなものなんていないと思っていたけれど、ちゃんと解剖の結果などもレポートに含まれていたから納得せざるを得なかった。

 エルフの生息地については詳しく調べられないようだった。だけど、エルフが人間界に入り込んできたという事例は結構あるらしい。

 種族を超えた恋愛、というのがエルフたちを人間界に入り込ませる原因に当たる。

 全く、信じられない。自分以外のモノをそう簡単に信じてついていっていいの?

 結果として、僕たちのような研究機関に捕らえられて殺される事だってあるのに。エルフって、知能指数が高いくせに馬鹿なのが多いかもしれない。

 レポートを捲っていくと、エルフと人間の混血児について研究した内容が書かれていた。

 何故か、エルフよりもエルフと人間の混血児の方が魔力が高くなる傾向にあるらしい。なおかつ銀色の目以外にはどこにも変わったところが無いので、混血児たちは人間界でも普通に暮らしているケースが多数あるという。

 言語を解す能力は最初眠っていることが大半で、何かの弾みで急に現れることが多いらしく、目覚めずに終わる混血児も過去にいたようだ。僕は手当たり次第スポーツ選手や翻訳者を探し、ついに銀色の瞳をした翻訳者に出会った。

 ラジェルナ国のある港町に住んでいる男性で、翻訳者になりたての十八歳。彼は黒髪で、エルフと人間の混血である証拠の銀色の目をしていた。

 僕は彼に会いに行った。正確に言うと、浚いに行った。

 マーティンを連れて、港町に行く。そして、マーティンが車でその人をはねた。殺しちゃおうと思ったんじゃないよ。だって、普通に誘拐したら問題になるから。

 病院に搬入された彼は意識不明ということにされたけど、本当はかすり傷だけでピンピンしてた。

 じゃあ何で意識不明ということにされたかというと、マーティンが魔法で彼の容姿を『掏って』倒れていたから。それから一定時間だけ仮死状態になる薬を飲んで、マーティンが病院のベッドに寝ていたんだ。

 そうとは知らない『遺族』たちが、死んだふりをしたマーティンに最後の別れを告げながらキスをしたりしている。

 僕はその様子を、検死担当として見ていた。白衣を着て、首から聴診器を提げて、なるべく神妙そうに見える顔で。白衣も聴診器も、研究所から持参したものだよ! 上手に騙せたよね。

「先生、この子を、生き返らせることができないのですか?」

 その言葉に、僕は一瞬全ての動作を止めた。

 愛する家族を生き返らせる。僕はそのために、ここまで来たんだ。すっかり汚れ切った手をこれ以上汚すことにためらいはない。可哀想に、この家族は運が悪かったんだ。

「お力になれなくてすみません」

 僕はそう言い、首を横に振った。ありがとう、材料になってくれて。余さず使うね。

 数時間して、僕は遺族を外に出してマーティンを起こした。遺族には、遺体を解剖に出すと言ってある。死亡診断書は僕が書いた。偽装だらけだけど、遺族はどこも矛盾に思わなかったのか泣きながら帰って行った。

 マーティンは元の姿に戻った。けれどその姿では髪の色があまりにも目立つから、僕はマーティンにラジェルナに多い金髪の青年になるように言った。

 金髪になったマーティンと一緒に、僕は乗っていた車に戻った。

 そこには拘束された混血児がいて、僕たちを恨めしげに睨み上げている。この車は盗んできたものだから、そろそろ逃げないとまずい。

「僕を捕らえて何をするつもりだ」

 両手と両脚を縛られて後部座席に寝かされた彼は、刺々しい声で僕に言う。

 マーティンが黙らせようかと申し出てくれたけど、彼にあまり恐怖心を与えたら実験に協力してくれなくなっちゃうかもしれない。僕は助手席から彼を振り返ると、笑みを浮かべて見せた。

「ごめんね、ちょっと協力して欲しいことがあって。終わったらちゃんと帰してあげるから」

 彼はそれでも僕を睨みつけていたけれど、やがて後部座席の心地よい揺れのためか眠りについていた。

 車を飛ばし、港に到着する。高速船に乗り込んで、僕らは研究所を目指した。

 船の中で彼が暴れるだろうということは予測していたから、あらかじめ持っていた鎮静剤を打って黙らせた。

 数日間船に乗っていたけれど、やがて目的地にたどり着いた。僕とマーティンは棺桶ほどもある大きさの箱に彼を詰め込んで、ちょっと強引な方法で船から下りた。

 具体的にどうやったのかって? えっと、監視員が『それは何だ』と被験体が入った箱を指差すから、マーティンが強行突破したんだよ。要するに、マーティンが監視員を殴って気絶させちゃったってこと。

 多分ニュースになるだろうから、マーティンはその場で姿を変えた。彼は黒髪で肌が浅黒く、がりがりに痩せた青年になった。

 そのまま、徒歩で研究所まで戻る。港から研究所はかなり遠かったけれど、マーティンは文句の一つも言わずに箱に入った混血児を運んでくれた。棺桶サイズの箱も僕らの姿も見えないように魔法をかけながらの移動だったから、帰ってすぐマーティンは倒れて眠り込んでしまった。

 運んできた混血児はしもべたちに移動してもらい、一〇九六号室に入れてある。混血児はぐったりと力をなくし、真っ白なベッドに横たわっていた。

 そんな彼の姿を見ていると、僕が初めてこの研究所にやってきたときのことを思い出した。僕も多分、初めて来た時はこんな風にぐったりしていたんだろう。

 カードキーで扉を閉じて、僕はレンティーノやハビたちの元へ向かった。被験体を見つけたことを報告しなくちゃね。今日から、リィ蘇生プロジェクトが本格的に始動するんだから。ふたりの第一声は、共に『おかえりなさい』だった。

「目当ての方は見つかりましたか?」

 レンティーノは会議室(つまりハビの部屋)の質素なソファに座ったまま、僕を見上げて言った。僕はレンティーノを見て微笑むと、ハビとレンティーノ両方に向かって答えた。

「見つかったよ、下にいる」

 そう答えると、二人とも笑ってくれた。僕らは今後の予定を綿密に組んで、明日にもリィ蘇生に向けて実験を開始することにした。

 まずは装置をつくらなきゃね。そう思って、僕はまた資料室にこもった。

 魔力を伝達しやすい物質は、金属や有機物ではなく鉱石や宝石などらしい。俗に言うパワーストーンの類とか、あと水晶も良いって書いてあった。人工の鉱石じゃなくて、天然の方がいいらしい。

 なるほど。資料室からレポートを持ち出して、僕は第二研究室に戻る。

 それからゴム管を持ってきて、砕いた水晶の欠片をそのゴム管に詰めた。水晶の入手先がどこかって? しもべの中にパワーストーンに凝ってる人がいたから、市販品を分けてもらったんだよ。

 水晶はハンマーで叩いたら簡単に砕けた。僕は円筒形で小さめの水槽を空にして持ってきて、水槽の一部に穴を開けて水晶の欠片が入ったチューブを通した。水槽の穴とチューブの間はゴムパッキンで念入りに塞ぐ。

 そして、保存液を注ぎいれてみる。もれてこなかったから、僕は保存液の中に芸術品コレクションから選んできたウサギの死体を入れた。

 うん、まずはウサギで実験するつもりなんだ。懐かしいなあ、昔マーティンにウサギなんて呼ばれたことがあったっけ。

 蓋をして、暫くウサギを眺める。

 このウサギ、片足が無いんだ。生まれつきなかったらしい。その左右非対称さがとても芸術的で、僕はこの子に永久に保てる形を与えたんだ。

 僕は暫く赤い目をした隻脚の白ウサギを眺めていたけれど、魔力の持ち主のところへ行った。

 あの被験体のところへ行ってみようかとも思ったけれど、きっと非協力的だろうから先にマーティンを訪ねる。

 本当なら、まだ寝ているであろうマーティンに魔力を借りたりしたくないんだけど。

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