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幻影  作者: 水島 佳頼
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第十三話 来客

 僕は、その人の持つただならぬ気配をすぐに見抜いた。だって、見抜こうとしなくたって否応もなく感じるんだ。

 その人は全てにおける統率者だろう。王者っぽいというか、独裁者的ななにかを持っている。

 何というかその人からは、絶対に逆らってはいけないようなオーラが出てるんだ。逆らったら容赦なく殺されてしまいそうな、そんな気がする。

 その人は僕に背中を向けていた。

 だから、まず最初にその人の顔を見て驚くということはなかった。代わりに、僕はその人の髪を見て驚いた。

 長い、とても長い髪。

 こんなに長い髪の人なんて、歴史に出てきた人くらいしか知らないよ。

 そして何より驚いたのは、その髪の色。高貴な人が身に着けるシルクのような、皇帝紫だったんだ。マーティンのような青色でも驚いたかもしれないけれど、こんな髪の色なんて見たことがなかった。

 つややかに光をはらむその髪は、無造作に、それでいて整然とふくらはぎの辺りまで伸ばされている。その人は物凄く長い髪をしているけれど、おそらく男性だと思う。腕や足、それから肩の感じが何となく女性らしくないから。

 この人、一体どうやって入ってきたんだろう?

 そう思った瞬間に、その人は皇帝紫の髪を翻してこちらに歩み寄ってきた。白磁の肌に、爛々と光る金色の目。獲物を狙う蛇を髣髴とさせる目だ。

 彼は、恐ろしいくらいに端整で美麗な顔立ちをしていた。すっきりとした輪郭に、通った鼻筋。ふたえの瞼。それは何故か、毒々しいぐらいの美しさだった。射すくめられたように錯覚するほどの眼光の鋭さに、僕は生唾を飲み下す。

 帝王は何故か捕食者のような黒く長い爪をしていて、今にもその爪で切り裂いてくるんじゃないかと思うほど物騒な目つきで僕を眺め続けていた。

「どこから出てきたの」

 ともすれば敬語を使いそうになってしまうが、僕は確信していた。この男が帝王だ。だから、下手に出てはいけない気がする。

「無礼者め。言葉を改めよ」

「人の部屋にノックもなしに入り込む人のほうが無礼だよ」

 深く響くバリトン・ボイス。心に直接響いてくるようなその声で無礼だって怒られて、本当は怖かった。だって明らかに、僕が太刀打ちできる相手ではないんだから。

 果敢に帝王に口答えしたのはちょっとした賭けみたいなものだった。こちらもこちらで今は『最高権力者』だ。序盤で対等にしておかないと、のちのち不利な条件で何かを飲まされるかもしれない。

「……うむ、成る程。そなたの意見にも一理ある」

 思ったより理屈の通じる相手で安心し、頬が緩む。それじゃあ、アイスブレイクといこう。

「髪、邪魔そうですね」

「そなたの前髪の方が邪魔であろう」

 殺されるという危機感はだんだん薄まってきたように思う。だけどやっぱり、帝王は相変わらず触れたら殺されそうなほどの鋭い眼光で僕を見やっていた。

 世界で恐れられるおとぎ話の帝王は、確かに物凄い威厳の持ち主だった。本来なら、きっとひれ伏さなければいけない存在ではあるのだろう。理屈抜きにそう思えてしまうぐらいには、威圧感がすごい。

 けれど僕は、まっすぐに帝王を見た。といっても、多分前髪に隠れて僕の目は帝王には見えていないだろうけど。

 帝王は口許を軽く上げて微笑して、僕を見て言った。

「率直に言おう。私の臣下になりたまえ」

 まさか目的はヘッドハンティング? 何を飲まされるのかと思って身構えていたから拍子抜けした。

「悪いけど、それは無理。だって僕、やらなきゃならないことがあるんだ。だから、貴方の手下にはなれない」

 帝王にならって、僕も率直に自分の考えを言った。すると、帝王の顔から表情が消えた。

 部屋の温度が一気に十度近く下がったような気がする。

 僕は怖くなったけれど、必死に帝王を見つめていた。目をそらしたら、負け。何だか、そんな気がしたから。

「ならば、死」

「死なないよ。大体、いきなり押しかけてきてそれはないでしょ。自己中だ」

 帝王の言葉をさえぎってそう言った。

 今度こそ殺されるかもしれない。そう思ったけれど、帝王はくすくす笑い始めた。思ったより面白い動物に会った時の反応。僕が簡単にひねりつぶせる下等動物だということは変わらない現実だけれど、どうも気に入られたらしい。

「……そなたのような輩に出会ったのは初めてだ」

「だろうね」

 帝王は唇を三日月の形にゆがめて笑い、それから僕の部屋を見渡した。ふうん、と唸り、帝王は再び僕を見る。

「面白い、益々そなたを手に入れたくなった。魔力を用いずに人間を洗脳する装置を作ったのはそなたなのだろう」

「大もとはさっき死んだおじさんが作ったんだけどね。僕はそれを改良したんだ」

「そうか。ならば脅して孤島へ連れ帰っても、それらを量産できる段階にないな」

「そ。残念ながらね。出来上がったら業務提携でもする?」

「良いだろう。……そろそろ活動限界であるな。また来よう」

 余裕そうに笑う帝王だけれど、何となく向こうが透け始めている。どうやら動力、おそらく魔力が足りなくなってきたんだろう。そう思うと、今後も彼を過度に恐れなくてもいいような気がしてくる。

「いつか私の臣下になりたまえ」

 無理だよ、と答えようとした瞬間、紫色の残像を残して帝王が掻き消えた。

「横暴なんだから」

 どの口が、と自分で笑いながらベッドに腰掛ける。

 帝王が去った後、僕は随分長いこと彼のことを考えていた。

 神々しくも禍々しい、神であり邪神であるあの男。否、男とか女とかそういう次元の話じゃない。性はふたつしかないけれど、帝王はそのどちらにも当てはまっていないような気さえする。

 帝王は誰にも縛られている感じがしない。

 きっと彼は全てのものから束縛を解かれ、完全な“自由”そのものになっているんだ。

 僕は考えた末、帝王をこう定義した。彼は闇の皇帝であり自由の権化で、究極の自己中。何度も考えたけど、絶対これが正しいと思う。

「よし、やらなきゃ」

 帝王に言った。

「僕にはやらなきゃならないことがある」

 僕はそういった。

 言ったことは実行しなきゃ。少しでも早く実行して、リィを早く蘇生させなきゃ。


 ――リィ、研究は一からやり直しだ。ごめんね。

 だけどね、僕はきみを生き返らせるためならどんなに辛いことでも全力で頑張るよ。

 もうすぐ、新しい世界で二人で暮らせるからね……

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