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鉄の鳥は銛を携えて

 攻撃隊は曇天の中を、二時間近く飛び続けた。雷撃機の小隊を率いているグラハムは、僚機の様子に気を配りながら飛ぶ必要がある。すでに慣れたストレスではあるが、油断してはならない。


「そう言えばチェンバレン少尉は、今回のターゲットの同型艦を見たことがあるんですよね?」


 後部機銃手のライリーが、若々しい声で言った。グラハムは「まあな」と応じる。


「レイテ沖海戦の時にな。爆弾倉開いたら魚雷が脱落しやがって、引き返そうとしたら零戦ジークに追いかけまわされた。そのときお前の前任者が死んだ」


 雄叫びをあげながら機銃弾をばら撒いていた部下が、突然何も言わなくなった瞬間を、グラハムは今でも覚えている。自分も負傷し、血まみれになって帰投したこと、何よりも雷撃に失敗した悔しさが忘れられない。


「帰還したとき、お前は代わりの魚雷を寄こせって叫びやがった。エイハブ伝説の始まりよ」


 爆撃手のディックが、軽く笑った。彼はそのとき負傷したが、辛うじて重傷は免れ、今もグラハムと組んでいる。国の正義を語らず、昇進にも興味を示さず、頑迷な職人のごとく雷撃に執念を燃やすグラハムに心酔していると言っていい。小隊の仲間たちも、そんな彼の姿に魅かれる者が多かった。そしておそらく、イントレピッドも。


「今度こそ、白鯨に魚雷を叩き込んでやろうや」

「ああ、必ずな」



 戦いを生き抜いていくうちに、グラハムは戦う目的の変化を感じていた。彼の恋人を死なせ、裏切った日本への復讐。だがそれは敵の軍艦をいくら沈めようと、どうなるものでもない。本当に復讐を果たすなら、自分自身の手で日本の政治家を殺さなければならない。兵士の分を超えたことだし、仮に達成できたとしても、その時点で生きる意味が失われてしまう。

 復讐などしても、あの優しかった彼女が喜ぶはずがない。グラハムは最初から分かっていた。それでも、戦わずにはいられなかった。じっとしていることなど、彼の性に会わないことだった。簡単に言ってしまえば、憂さ晴らしだったのかもしれない。しかし仲間を率いるようになると、それが変化してきたのだ。


 低高度で突入し、敵戦闘機の迎撃をかわし、対空砲火を掻い潜り、魚雷を投下する。そして、攻撃の成否を見届けて帰投。グラハムは仲間たちに指示を出し、一人でも多く生き残らせなければならない。その責任の重さが、そのスリルが、グラハムの魂を奮わせた。命をすり減らす過酷な戦いに、自分の居場所を求めたのである。祖国、敵国、思想、倫理、怨恨……全ての煩わしい物から解放され、ただ生と死のみが存在する場所に。彼は軍人ではなく、まさしく雷撃屋なのだ。


 だが雷撃機は、近いうちに姿を消すだろう。

 来襲した日本軍の雷撃機や特攻機が、VT信管を搭載した対空砲弾の前にあえなく散華していく光景を見て、グラハムはそう悟った。砲弾自らが電波を出して飛び、敵機とすれ違った際に周波数の差異を感知して炸裂、敵機を破片の雨で引き裂く。アメリカ軍は原子爆弾の開発と同等の費用をつぎ込み、この対空兵器を生みだした。パイロットの技術だけで打ち破れる兵器ではない。

 対空兵器の発達によって、雷撃はどんどんリスクが高まっていくに違いない。やがて、もっと有効な対艦攻撃の手段が生まれるはずだと、グラハムは予測していた。実際1943年にはすでに、ドイツが対艦ミサイルの原型を実戦投入している。TBF『アヴェンジャー』が、艦船への雷撃を行った最後の航空機となるかもしれない。航空機によって戦艦が時代遅れとなったように、雷撃機もまた、別の兵器にとってかわられる運命なのだ。


 上等だ、とグラハムは思った。自らの手で、雷撃屋の終焉に一花咲かせてみせよう。所詮それも負の遺産として語り継がれるかもしれない。それでも特大の白鯨を仕留め、自分の爪跡を戦場に遺したい。同時に、憎しみに終止符を打とう。国へ帰ったら、恋人の墓に花を手向けよう。

 日本そのものの名を冠した、『ヤマト』という巨艦こそ、狙うべき巨鯨にふさわしい!


「見えたぞ! 敵艦隊だ!」


 遥か前方に、小さな点が数個浮かんでいた。事前の情報からして、日本海軍に違いない。


「僚機へ通達! 突撃す、我に続け!」


 グラハムは機首を下げた。機体は徐々に高度を下げ、海面を掠めるような低空で水平に戻す。

 この高度からだと、敵艦も自分も同じ目線だ。ディックに爆弾倉を開かせ、接敵する。旗艦を中心とし、円形に艦隊が形成されていた。護衛駆逐艦からの対空砲火が始まる。時限式信管の砲弾が炸裂し、破片と衝撃波を撒き散らした。第一波攻撃隊の急降下爆撃機が対空砲をかなり破壊したはずだが、それでも生き残った銃砲が必死に撃ってくる。


「怯むな、日本軍にはVT信管が無い!」


 旗艦の姿がはっきりしてきた。グラハムには見覚えのある、城郭のような巨大戦艦。雄々しい艦砲に、堂々とした艦橋。レイテ沖海戦で同型艦を見たとき、その美しさに目を奪われた。これこそ日本の象徴……いや、グラハムにとっては日本そのものだった。

 ふと、イントレピッドのことを思い出す。彼女たち艦魂が幻影でないのなら、おそらくあの巨艦にも艦魂が宿っているのだろう。それがイントレピッドのようなクソガキか、エセックスのように自堕落になった女か、あるいは亡くした恋人のように優しい女なのかは分からない。だが、いずれにしろ迷いは無い。


「……このまま終われないんだろ? 一花咲かせたいんだろ?」


 対空砲弾が炸裂する中を、グラハムは飛ぶ。魚雷は水平に投下しなければ真っすぐ進まないし、この低空では急旋回も難しい。迎撃や敵艦の回避行動には、垂直尾翼の方向舵ラダーを使った横滑りで対応するしかない。

 ラダーペダルに添えた足に、グラハムは神経を注ぎこみつつ、巨鯨に語りかけた。


「俺も同じさ……見た目は若くても、お互い時代遅れのロートルってわけだ」


 砲弾の破片が、機体に当たる。だが敵の艦にも、火を吹いて沈みかけている艦があった。グラハムが狙うは、巨鯨『大和』のみ。


 戦艦のシルエットがどんどん大きくなる。もう少しだ。敵艦の予測進路に照準を合わせ、魚雷との相対速度を計算。


「用意……投下ッ!」


 開いた爆弾倉から、魚雷が投下された。投下後、即座にラダーを切って離脱する。下手に高度を上げては、対空砲火の餌食だ。

 爆弾倉の蓋を閉じ、僚機を引きつれて加速。グラハムは『大和』の艦砲射撃が、乗組員たちの絶叫に聞こえた。近くで炸裂した砲弾の破片が機体にぶつかり、爆発の衝撃波でキャノピーに頭を打つ。自分の命が徐々に、すり減っていくのを感じる。煽られた機体を必死で立て直し、弾幕を突破する。


 刹那、『大和』の方から爆発音が聞こえた。


「命中! 俺たちの魚雷です!」


 ライリーが叫んだ。

 振りかえると、『大和』の左舷側で、巨大な水柱が崩れていくのが見えた。エイハブ船長の銛は、白鯨に届いたのである。無論、一発や二発で沈む艦ではないが。


 グラハムは操縦桿を握りながら、抵抗を続ける『大和』を顧見た。雄大な艦影が煙を吹きつつ、徐々に遠ざかっていく。あそこで、艦魂は何を思い、何を語っているのだろうか。神ならざる身のグラハムに、知るすべもない。


「……帰投するぞ」















 総勢四百機近いアメリカ軍機が、『大和』に波状攻撃をかけた。午後十四時二十三分、『大和』を転覆し、爆発。艦体が真っ二つに割れ、海の藻屑と消えた。護衛に当たった艦で生き残ったのは『雪風』『初霜』『冬月』、そして艦首に直撃弾を受けながらも佐世保に辿り着いた『涼月』だけだった。

 これに対して、米軍機の損害は十機だったという。



 夜の潮風が、グラハムの頬を撫でた。いつものように船縁で、今夜はジョッキに一杯のビールを片手に、波の音に耳を傾ける。あの後再度出撃し、『大和』の最期を見届けたのに、奇妙なほど彼の心は穏やかだった。すでに沈んだ艦の乗組員が重油だらけの海に浮いており、他の仲間たちはその頭上に機銃掃射の雨を降らせていた。日米問わず、よくある光景である。俺たちもやらなくていいんですか、とほざいたライリーに、ディックが怒鳴りつけた。お前は鯨捕りのエイハブ船長に、クラゲを捕れっていうのか……と。あいつらしい言葉だと、グラハムは思った。ディックの言うとおり、グラハムはただ浮いているだけの人間に興味はない。彼の狙いはただ、巨鯨だったのだ。


 ふいに小さな手が、ビールのジョッキを掴もうとした。グラハムは溢さないよう注意しつつ、素早く身をかわす。


「煙草の次は酒か。このクソガキ」

「むう、一口だけ!」

「コーラで酔っぱらう女の妹に、酒なんか飲ませられるか。さっさと寝ろ、クソガキ」


 二言目にはクソガキ呼ばわりするグラハム。いつも通りの彼であることに、イントレピッドは少し安心した。


「……奴らの戦争は終わった」


 視線を海に戻し、グラハムは呟く。奴ら、というのが何を指した言葉か、イントレピッドが理解するまで数秒を要した。


「だが、俺は生きてる。生きてる以上、次の戦に行かなきゃならねぇ。戦わなきゃならねぇ。だが今はまだ、それで満足だ」


 グラハムはジョッキを海に突き出し、ゆっくりと傾けた。黄金色のビールが、帯のように闇に吸いこまれていく。やがて、ジョッキには白い泡だけが残った。


「あばよ……俺の白鯨モビーディック……」



 夜空の下だったが、イントレピッドは確かに見た。


 彼の目から、一滴の滴がこぼれおちるのを……。



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