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蒼月のレゾナンス ~最弱の調律士は運命を選び直す~  作者: なるかめ
第1章 運命に従う者

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第6話 無意識の共鳴

救ったはずなのに、誰も気づかない。

派手に勝てば称賛される。

数字が出れば評価される。


けれど――

静かに崩れなかっただけの結果は、たいてい「何もなかったこと」にされる。


火乃宮凛は立ち続けている。強く、まっすぐに。

水月蒼真は、後ろにいる。目立たず、気づかれずに。


昨日、確かに何かが起きた。

けれどそれは、記録には残らない。

見えない貢献に意味はあるのか。

成果が示せなければ、存在していないのと同じなのか。


第6話「無意識の共鳴」


――静かな違和感は、

確実に、積み重なっていく。

 報告書は、三行で終わった。


 暴走未遂。

 前衛による制圧。

 負傷者なし。


 以上。


 水月蒼真の名前は、その下に小さく記されている。


 後方支援。異常なし。


 それだけだった。


 


 会議室の空気は乾いている。


 窓の外は曇り空。

 光はあるのに、温度がない。


 教官が端末を閉じ、総括を述べた。


「火乃宮の対応は迅速だった。出力管理を徹底すれば問題ない」


「はい」と凛は静かにうなずいた。


 姿勢は崩れない。

 呼吸も一定。


 だが、その指先だけがわずかに硬い。


 恒一が続く。


「乱流は想定外だったが、制御は成功だ。次は完封できる」


 自信に満ちた声。


 誰も否定しない。


 誰も、蒼真を見ない。


 


 部屋の端。


 水瀬月乃だけが、端末の波形を見つめていた。


 炎が乱れた瞬間。


 そして――


 ほんの一瞬だけ、落ちた出力。


 数値としては微細。

 誤差と切り捨てられる程度の変化。


 だが、確かに落ちている。


 まるで、音が吸われたように。


(……同じ沈み方)


 月乃の指が、静かに止まる。


 記録には残らない違和感。


 だが、消えない。


 


 会議が終わる。


 椅子が引かれ、足音が重なる。


 廊下に出たとき、透真が小声で言った。


「なあ、蒼真」


「……何」と蒼真は顔を向ける。


「昨日、前に出たよな」


「……出た」と蒼真は答える。


「なんで?」と透真が首を傾げた。


 蒼真は言葉を探す。


 止めたかった。


 それだけだ。


 だが、それは理由にならない。


「分からない」と蒼真は言った。


 


 そのとき。


 凛が立ち止まる。


 振り返らずに、言った。


「あなた、何をしたの」


 責める声ではない。


 確認だった。


「何も」と蒼真は答える。


 本当に分からない。


 透真が口を挟む。


「でもさ。蒼真が触れたあと、炎、軽くなってたよな」


 凛がゆっくりと顔を上げる。


「軽くなってない」と凛は即答した。


 迷いのない声。


「私は制御できていた。あの程度で崩れない」


 その言葉は、正しい。


 だからこそ、揺らぐ。


 凛の指先が、わずかに白くなる。


 力が入っている。


 凛は蒼真から目を逸らさない。


「強さは、借りるものじゃない」


 その言葉が、誰に向けられたものなのか。


 蒼真には分からなかった。


 


 夜。


 訓練場は無人だった。


 照明だけが、白く地面を照らしている。


 凛は一人、剣を振っていた。


 炎が走る。


 橙色。


 安定している。


 だが。


 振り下ろした瞬間、ほんのわずかに揺れる。


 白に近づく、あの危険な色。


 そして――


 背中に触れられた感覚。


 あのとき。


 熱が、抜けた。


「……一人じゃなかった」と凛は小さくつぶやいた。


 すぐに、首を振る。


「違う」


 強さは、自分のものだ。


 そうでなければ、前に立てない。


 炎が再び走る。


 今度は揺れない。


 完璧だ。


 だが。


 完璧すぎるそれが、どこか空虚だった。


 


 一方、蒼真は寮の部屋にいた。


 窓の外には、同じ曇り空。


 机の上に置かれた掌を見る。


 赤みは引いている。


 だが、あの感覚は消えない。


 凛の波。


 荒れた熱。


 そして――


 自分の内側にあった、静かな空間。


 押し返さなかった。


 奪わなかった。


 ただ、受け止めた。


(あれは、何だったんだ)


 調律士は波を整える。


 合わせる。


 均す。


 だが、自分がやったのは違う。


 ぶつかっていたものを、静かにしただけだ。


「……偶然だ」と蒼真は小さくつぶやいた。


 口に出すと、少しだけ軽くなる。


 


 翌日の演習。


 凛が前に出る。


 炎が強まる。


 その瞬間。


 蒼真の胸が、勝手に反応した。


 意識していない。


 だが、呼吸が変わる。


 空気の流れが、わずかに整う。


 そして。


 凛の炎が、すっと安定する。


 ほんの一瞬。


 誰も気づかない変化。


 教官は記録を取り、


 恒一は雷を放ち、


 演習はそのまま続く。


 凛だけが、横を見た。


 ほんの一瞬だけ。


 


 炎が消える。


 爆ぜることもなく。


 ただ、自然に。


 


 月乃は端末を見ていた。


 波形が、また落ちている。


 同じ位置。


 同じ沈み方。


 同じ“吸われ方”。


「再現性がある」と月乃は小さくつぶやいた。


 誰にも聞こえない声で。


 


 月乃は端末を閉じる。


 そして、初めて蒼真を見る。


 観察ではない。


 評価でもない。


 確定に近い視線。


(観測対象……D)


 分類不能。


 だが、存在している。


 


 昼休み。


 食堂はいつも通りだ。


 席も、距離も、変わらない。


 凛は何も言わない。


 蒼真も、何も言えない。


 報告書は更新されない。


 数値は正常。


 成果なし。


 


 見えない貢献は、存在しないのと同じだ。


 この世界では。


 


 凛が席を立つ。


 去り際に、短く言った。


「明日も来て」


 命令ではない。


 確認でもない。


 


 蒼真は、うなずく。


 


 もし自分がいなくても。


 凛は立っていただろう。


 恒一もいる。


 制度もある。


 


 それでも。


 炎は確かに軽くなった。


 


 成果が見えなければ、意味はないのか。


 


 蒼真はまだ、自分の力を理解していない。


 理解していないからこそ、否定できる。


 


「俺には無理だ」


 そう言えば、前に出なくて済む。


 


 だが胸の奥で、


 静かな何かが、確かに反応している。


 


 無意識の共鳴。


 


 それはまだ名前を持たない。


 だが、確実に形になり始めている。

第6話「無意識の共鳴」までお読みいただきありがとうございます。


今回は、大きな爆発も劇的な宣言もありません。

けれど、物語にとってはとても重要な回です。


蒼真は凛を救いました。

しかし、それは誰にも「救い」として認識されません。


報告書には残らない。

数値にもならない。

称賛もない。


では、それは“なかったこと”なのでしょうか。


この世界は、測れるものを価値とします。

見える強さ。証明できる成果。数字。


けれど本当に世界を支えているのは、

誰にも気づかれない働きかもしれない。


凛は強さを信じています。

蒼真は自分を信じていません。


それでも二人の間で、確かに何かが起きている。


まだ名前はありません。

まだ正体も分かりません。


ただ、静かに繰り返されています。


次話では――

その「静かな違和感」を、誰かがはっきりと見つめ始めます。


引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

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