第15話 揺らぐ凛
第15話 前書き
信頼は、正しさよりも脆い。
善か悪かを判断する前に、
人はまず「怖い」と感じる。
それは理屈ではなく、本能だ。
第15話は、戦いの回ではありません。
力の進化でもありません。
これは――
関係が揺れる話です。
守りたい。
信じたい。
それでも、分からないものが近くにあるとき。
恐れは、静かに忍び込む。
凛は強い。
だが、強いからこそ弱さを見せられない。
蒼真は優しい。
だが、優しいからこそ自分を疑ってしまう。
信頼は壊れるのか。
それとも、揺れながら続いていくのか。
炎は灯らない。
だが、心は燃えている。
ここから物語は、
能力ではなく「関係」の重さへ踏み込んでいきます。
夜の訓練場は、昼よりも広く感じる。
灯りは最低限。
影が長く伸びる。
凛は一人で立っていた。
剣を抜き、炎を灯す。
橙色。安定している。
だが胸の奥は、落ち着かない。
――支配です。
月乃の声が、まだ耳に残っている。
蒼真の顔も。
困惑。
恐怖。
そして、どこか傷ついた目。
「……違う」
凛は小さく呟く。
蒼真は奪っていない。
助けただけだ。
それは事実だ。
だが。
あの瞬間。
炎が、凛の意思より先に“止まった”。
思い出すだけで、喉が締まる。
自分の炎が、自分のものでなくなった感覚。
それは一瞬だった。
けれど、確かだった。
足音。
振り向くと、蒼真が立っている。
「……凛」
偶然か、必然か。
二人は、しばらく何も言わなかった。
風が吹き抜ける。
凛が口を開く。
「訓練?」
「うん。……少しだけ」
蒼真は距離を取って立っている。
以前よりも、半歩遠い。
それに気づいたのは、凛だった。
「近くに来なさいよ」
凛が言う。
蒼真は躊躇する。
ほんの一瞬。
その一瞬が、凛の胸を刺す。
(怖いのは、私のほうでしょ)
凛は炎を灯す。
小さく。
制御された火。
「……触ってみて」
言葉にしてから、自分で驚く。
蒼真が目を見開く。
「え?」
「確認するだけ」
強い声。
だが、内側は震えている。
蒼真はゆっくりと近づく。
炎の熱が頬をかすめる。
凛は動かない。
蒼真の手が、空中で止まる。
触れれば。
止まるかもしれない。
自分の炎が。
自分の意思ごと。
凛の喉が乾く。
(私は……)
守りたい。
信じたい。
だが。
怖い。
その言葉が、喉元までせり上がる。
「蒼真」
名前を呼ぶ。
蒼真の手が、わずかに震える。
「私、あの時――」
言いかけて、止まる。
蒼真の目が揺れている。
自分よりも、傷つきやすい目。
「……なんでもない」
凛は炎を消す。
一瞬で、闇が戻る。
蒼真が、わずかに安堵する。
それが、凛には分かってしまう。
その安堵が、距離を作る。
「私、怖いって……」
言葉が漏れかける。
だが凛は、噛み締める。
違う。
嫌いじゃない。
疑っているわけでもない。
ただ。
分からない力が、近くにある。
それが怖い。
それは、正直な感情だ。
「……お前は、どう思ってる」
凛が問う。
蒼真は少し考えてから答える。
「俺も、怖いよ」
凛の視線が上がる。
「自分の力が」
小さな声。
「止められるかもしれないって思ったら……」
拳を握る。
「次は、誰かの意思まで止めるかもしれない」
凛の胸が締まる。
蒼真は、逃げようとしているのではない。
恐れているのだ。
自分を。
「だから、距離取ってるの?」
凛の問いに、蒼真は答えない。
沈黙が、答えだ。
凛は一歩、踏み出す。
そして――
手を伸ばす。
蒼真の肩に触れようとする。
だが。
その直前で、指が止まる。
触れれば。
何かが起きるかもしれない。
そう思ってしまった自分に、凛は愕然とする。
ゆっくりと、手を引っ込める。
その動きは、蒼真の目にも映る。
「……やっぱり」
蒼真が言う。
「俺、やばいよな」
その言葉に、凛が顔を上げる。
「違う!」
強く否定する。
だが、その声の奥に混じるものを、凛自身が分かっている。
完全な否定ではない。
恐れが、混ざっている。
透真が、ちょうどその時現れる。
「おいおい、夜中に重い空気出すなよ」
軽い声。
だが、状況を察している目。
「喧嘩?」
「違う」
凛が即答する。
蒼真は視線を逸らす。
透真が二人を見る。
「信じたいけど怖い、ってやつ?」
核心を突く。
凛が黙る。
蒼真も、否定しない。
透真はため息をつく。
「それ、普通だよ」
凛が眉をひそめる。
「普通?」
「分からない力が近くにあったら、怖いだろ」
透真は肩をすくめる。
「でもさ。怖いから離れるのと、怖いまま隣にいるのは、全然違う」
凛が蒼真を見る。
蒼真も、凛を見る。
距離は、まだある。
だが完全には離れていない。
凛は、はっきりと言う。
「私は、逃げない」
少しだけ間を置いて。
「……怖くても」
蒼真の目が揺れる。
「でも、私は強いから」
その言葉は、いつもの凛の台詞。
だが今日は、少し違う。
強がりが混じっている。
蒼真は、小さく笑う。
「ずるいな」
「何が」
「強いって言えるところ」
凛は答えない。
ただ、蒼真の前に立つ。
完全には触れない。
だが、離れない。
「信頼って」
凛が言う。
「壊れるとき、一瞬なのよ」
蒼真が頷く。
「でも」
凛は続ける。
「壊さないって決めるのは、時間がかかる」
夜風が吹く。
炎は灯っていない。
それでも、胸の奥は熱い。
信頼は、善悪より先に壊れるかもしれない。
だが。
壊さないと選ぶことも、できる。
凛は、完全には恐れを消せない。
蒼真も、自己嫌悪を消せない。
それでも。
二人は、背を向けなかった。
それが今の、精一杯だった。
第15話 前書き
信頼は、正しさよりも脆い。
善か悪かを判断する前に、
人はまず「怖い」と感じる。
それは理屈ではなく、本能だ。
第15話は、戦いの回ではありません。
力の進化でもありません。
これは――
関係が揺れる話です。
守りたい。
信じたい。
それでも、分からないものが近くにあるとき。
恐れは、静かに忍び込む。
凛は強い。
だが、強いからこそ弱さを見せられない。
蒼真は優しい。
だが、優しいからこそ自分を疑ってしまう。
信頼は壊れるのか。
それとも、揺れながら続いていくのか。
炎は灯らない。
だが、心は燃えている。
ここから物語は、
能力ではなく「関係」の重さへ踏み込んでいきます。




